2025年注目の経営人事キーワード...共通テーマは「トランプ2.0時代の人事」
2022年より毎年末、注目の経営人事キーワードを各種メディアで発表してきました(2022年のキーワードはこちらで、2023年のキーワードがこちら、2024年のキーワードはこちら)。
今年も巷のメディアで気になったニュースを参照し、その中から潮流と思われる2025年の注目キーワードを4つ選んでみましたので本稿でご紹介させていただきます。
今年のキーワードの共通テーマは「トランプ2.0時代の人事」です。
1. 面従腹背で生き残るD(E)&I
DE&I(ダイバーシティ、エクイティ アンド インクルージョン)先進国である米国ではトランプ2.0が始まる前に、バックラッシュ(揺り戻し)が顕著となっています。
ウォルマート、フォード、ハーレーダビッドソン、ロウズ、スターバックス、ボーイングといった有名企業がDEI施策の変更や取りやめを発表しています。
私のクライアントでグローバルなオペレーションを持つ日系企業は来年3月に予定していた国際婦人デーのイベントを取りやめる方向で検討しているとのことでした。
今月11日には、米連邦巡回区控訴裁判所が米大手証券取引所ナスダックが上場企業に女性やマイノリティー(少数派)の取締役選任を求める取締役会多様性ルールを無効と判断しました。Law & Regulationsでも揺り戻しが見られます。
トランプが大統領に就任すると同時に、保守的な政策提言である「プロジェクト2025」のDEIアジェンダを大統領に実施するよう大きな圧力がかけられるとも言われています。
個人的に最も驚いたのは今年の7月に米国の人事ネットワークであるSHRM(Society of HR Management)が”IE&D”からEを除き”I&D”にすると発表したことでした。これは象徴的なBacklashと言えるでしょう。
また企業の商品開発においてもDEIが売上にネガティブに直結する事例が出てきました。
新型コロナ禍の間は、BLM(ブラックライブズマター)や#Metooといった運動とともに大きく進展したように思われた米国のDEIですが、最高裁が昨年大学入試などで人種的少数派を優遇する「アファーマティブアクション」を違憲とする判断を下したことをキッカケに、保守派は左派の運動を「Woke(社会正義に目覚めた人々)」といった表現で皮肉り、彼らにとって進み過ぎたEquityの撤回を求める声を強めていることが原因と言われています。
それでは日本ではどうなっていくのでしょうか。そもそも日本では米国のようにBLMも#Metooも盛り上がりませんでしたし、実際今年は私のところに思いの外DEI研修の引き合いが多くありました。
また米国では同様に退潮傾向にあるESGも、日本では退潮するような兆しは現時点では見えていません。
こういった中、先週の日経新聞ではESG投資について面白い分析が掲載されていました。
モルガン・スタンレーサステナブル投資研究所が世界901社の機関投資家を対象に調べたところ、「今後2年間にサステナブル運用の資産配分が増える」と予想する声は、資産運用会社などのアセットマネジャーが78%、年金などの同オーナーでは80%に達しており、そういった投資家行動の仮説原因として、一つはESG/サステナビリティーの諸問題が企業業績に強く影響するという認識が広がっていること、もう一つは投資家が面従腹背の戦術をとっているを挙げています。
DEIを積極的に推進してきた企業がトランプ2.0の4年間を生き残っていくには、DEI施策の変更や取りやめを発表することで多様なステイクホルダーをガッカリさせるよりも、DEIを推進すると決意した時の志を大切にし、DEIのEは前面に出さずに、面従腹背で目立たないように配慮しながらも、継続的な対話を続け、フォーカス領域に絞りインパクトのあるものに注力するなど、着実に計画を進めていく方が信頼性のある企業としての評判を維持できるのではないでしょうか。
2. 対話的プロセスの重要性
人的資本経営という言葉が日本企業の経営に定着すると共に、本来の人的資本経営の主旨を十分理解せずに、人的資本経営=エンゲージメント重視と誤解して、「とりあえず」エンゲージメントサーベイを実施し、そのスコアの右肩上がりの上昇をKPIに据えている企業が増えてきているようです。
さらには役員報酬にエンゲージメントを組み込む企業が増えています。
こういった企業はサーベイの結果を「客観的なデータ」として金科玉条のように妄信しているようですが、果たして本当にサーベイだけで「従業員の本当の声」は聴けていると言えるのでしょうか。
実は今年偶然読んだ「社会学をはじめる」という入門書に社会学の観点から示唆に富む指摘がありました。
社会学ではインタビュー、観察、資料・文献、統計、地図、アンケート調査など雑多な調査を駆使します。そしてすべての調査方法において対話的に集め、読み、分析します。その際に問題設定、データ集めと分析は同時並行的に行われます。分析は圧縮し、データ化し、図式化によって行われ、それらの結果を「(1)分類・類型化し、(2)傾向を見て、(3)比較し、(4)関係をさぐる」プロセスを行ないます。
社会学は、アブダクション、すなわち「何等かの事実を前に、それについてさまざまな考察をしながら、合理的と思われる仮説を発見する」推論方法をとっています。
そして、社会学の世界では「根拠」とは決して「客観的なデータ」という意味ではなく、対話的なプロセスを経たデータを得ているかという意味なのです。
エンゲージメント・サーベイの担当者は、本来サーベイは課題調査の一手法でしか無いことを改めて認識すべきでしょう。エンゲージメント・サーベイは質問設定によって得られる結果が大きく異なります。サーベイの結果だけを妄信するのではなく、インタビュー、観察などの対話的手法と組み合わて仮説を検証しないと、効果が望めないアクションのオンパレードとなってしまうリスクを常に留意して欲しいと思います。
3. リベンジ退職
2022年頃、Quiet Quittingから始まったQuietブームはその後Quiet Firing、Quiet hiringと続き、ついにはQuiet PromotingやQuiet Leadingまでといった具合に、Quiteブームは留まるところを知らない勢いでした。
この中でも特にQuite Firing(あるいは「ステルス解雇」、Quite Quitting(「職場で最低限の仕事しかしない」「仕事に生きない」)への雇用主の反撃で「「窓際・閑職に追いやる」「大した仕事をさせず飼い殺しにする」という意味で、「自分だけ会議に呼ばれない」「自分だけ仕事関連のメールから外される」なども含まれる」)という企業側の悪しき慣行に対して、働く人側から復讐をしようというのが「リベンジ退職」です。何か終わりなき子どもの喧嘩のようでもあります。
社員から企業への「復讐」リベンジ退職が2025年に急増する可能性 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブスジャパン)
米国では「社員の65%は現在の役職に行き詰まりを感じている」ため、「こうした不満に対処しないかぎり、鬱屈した負の感情が噴出し、2025年は「リベンジ退職」の大波が押し寄せるだろう」といわれています。日本でも労働需給バランスは明らかに供給不足の方向であり、Z世代やα世代を中心に、まずはQuite Quitting、次にQuite Firingがあって、そして「リベンジ退職」が多く見られるようになるかもしれません。
それではリーダーはどうしたら良いのでしょうか?
エンゲージメント・サーベイのスコアを通じて、受け身の姿勢で状況を把握してからアクションするのでは、とてもこの突然の退職には間に合いません。日頃から積極的な対話を通じてその予兆を敏感に察知し、従業員エクスペリエンスを高めていく努力がより一層求められていくことになるでしょう。
4. モビリティ・オーナーシップのシフト
2021年のNTTによる転勤・単身赴任の廃止発表以降、転勤や単身赴任を廃止する企業が増えています。これは転勤や異動といったモビリティに関するオーナーシップ(主体性)が会社の専権事項から従業員の選択事項へシフトしているということだといえるでしょう。
コロナ禍でのリモートワークの浸透、働き方改革、そしてこれから労働年齢でマジョリティになっていくZ・α世代といった若い労働層のワークライフバランス重視がその根底にあります。
リクルートワークス研究所の調査によると、「望まない勤務地変更では30%以上が「退職を考える」」とあり、特に相対的に退職する可能性は次のような属性を持つ人が高いという結果が出ています。
企業側にとってすぐに転勤を廃止することのデメリットもあることから金銭的な報酬で解決しようと一時金や手当を見直す企業もあります。しかしこれらの施策の効果性も限定的では無いでしょうか。
転勤・異動(ローテーション)維持派に多く挙げられる理由が、転勤や異動が無くなるとキャリア開発のためのジョブローテーションが疎外される、部門間異動が昇格ポイントになることから必要だ、人事の停滞やマンネリ、コンプライアンス上のリスクを招くなどがよく挙げられます。
しかしこれらは昭和の人事では尤もな意見だったかもしれませんが、キャリア自立が叫ばれ、ジョブ型雇用が拡がり、企業が「選び選ばれる」関係になり、人材が企業をまたがって流動化しつつある現在、転勤や海外赴任を本人の意向を無視して会社主導で行うことには無理があるでしょう。
日本の常識は世界の常識ではありません。従業員個々人のモビリティ(転居可能性)の判断(モビリティオーナーシップ)はキャリアの自立と相まって会社から従業員へ一層シフトしていかざるをえないのではないでしょうか。
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