人間中心設計の導入に向けて ~HCDのサイクルとキャズム~
HCDのサイクルとキャズム
ユーザーが満足する製品やサービスを提供するためには、「人間(ユーザー)中心」の考え方を徹底することが重要です。これは、HCD-Net副理事長として何度もお伝えしてきたことですが、下図に示すHCDのサイクルを実際に回してみると、②から③の間にキャズム(深い溝)が存在することに気付くはずです。
ユーザー調査を行い利用状況を把握し、要求事項を明確にしたとしても、そこから実際にどのような解決策を考え出し、具体的なデザインに落とし込むのかについては、属人的になっていると感じませんか?
属人的で良いという考え方
解決策を考えることは、技術者やデザイナーの腕の見せ所であり、属人的だからこそ差別化の要因になり得るでしょう。ただし、120点のデザインが生まれる可能性がある反面、20点程度のデザインにとどまるリスクも存在します。企業として20点の製品やサービスを提供してしまうと、ブランドイメージを損ねる可能性があります。
絞り込み思考という考え方
私の恩師、山岡俊樹先生の著書より引用します。
確かにその通りだと思います。「何をしてもいい」と首輪を外されると、逆に何をすれば良いのか分からなくなってしまうことがあります。よほどセンスのある人であれば別ですが、普通の人は道に迷ってしまいがちです。首輪でつながれているからこそ、つまり制約があるからこそ、その中で工夫が生まれ、面白いアイデアが生まれるのではないでしょうか。また、制約があることでアイデアを絞り込みやすくなる点もあると思います。
OOUIという考え方
上野学氏の著書の概要です。
要求事項を明確にした際に、ユーザーの「~したい」がたくさん抽出されると思います。それをUIデザインに展開する際、単純に「~ボタン」や「~アイコン」としてデザインしてしまうと、タスクを起点としたUIになり、その結果、使いにくくなるケースが多くあります。OOUIという考え方を知っているかどうかで、デザインへの展開方法が大きく変わります。すべてをOOUIにするべきだとは言いませんが、OOUIを理解している方が、より良いUIデザインが実現できるのは確かです。
人間工学という考え方
ソフトウェアのUIデザインにはOOUIという考え方がありますが、ハードウェアのUIデザインにはどのような考え方があるのでしょうか。ハードウェア以外のデザインにも、UI以外のデザインにも適用できる基本的な考え方として、人間工学があります。人間工学は、人間の特性(心理特性・生理特性・身体特性)や、人間を取り巻く環境・利用状況に合わせた設計をしようという考え方です。たとえば、人間の可動関節の可動範囲がこれくらいだから操作盤はこのあたりに配置しよう、触覚識別能力がこれくらいだからレバーの形状はこうしよう、などといった基本的な知識です。しかし、最近ではこのような知識を学ぶ機会が減っているのではないかと懸念しています。
デザイン思考という考え方
人間中心設計とデザイン思考は目的は同じですが、特にデザイン思考の特徴として挙げられるのは、プロトタイプとテストを繰り返しながら最適な解決策を見つけようという考え方です。人間中心設計はプロセスに重きを置きすぎているきらいがあり、HCDのサイクル①で「ユーザー調査結果報告書」、②で「要求仕様書」というアウトプットを出した後、それを基に解決策の「設計仕様書」を作成するといった流れになってしまう恐れがあります。しかし、要求仕様を机上で固めることができるでしょうか? そのため、固まりきる前の段階からプロトタイピングを始めることが重要です。ただ、単純にコストや期間がかかりますし、また、何度も試行錯誤を繰り返すことができない製品やサービスもあると思います。
HCDシステムを作ろう
デザインシステムは、一貫性と効率的なデザインを実現するための基盤となります。同様に、HCDシステムを作ることで、ユーザーのニーズに応じた一貫した設計プロセスを確立し、より優れた製品やサービスを提供できるようになると考えます。では、HCDシステムとは何か?ということになりますが、HCDは特別なものではなく、ユーザーの声を聞いたり、ユーザビリティの評価を行ったりといった、普通にやるべきことを普通に実行しましょうと改めて言っているに過ぎません。各社、ユーザー調査やクレーム分析、出荷前検査などを行っているはずです。それらの活動を尊重しながら、抜けている部分を補ったり、より良いやり方に改善したりすることで、おのずと各社なりのHCDシステムが出来上がっていくと考えます。
おわりに
私は複数の会社でHCDを導入してきた経験がありますので、人間中心設計推進機構(HCD-Net)のイベントで「HCD導入ノウハウ」を何度かお話させていただいています。その中からノウハウの一つを紹介します。もしあなたが、自分の会社でHCDを導入しなければならないと気づいた最初の1人だったとしたら、HCDを一歩でも進めるためには誰を仲間にすれば良いかを考えましょう。トップダウンの機会を狙うのももちろん良いですが、足場を固める活動が最も大切です。もう一つノウハウを紹介すると、前述しましたが、HCDは改善であるということです。あなたの会社でもHCDに近いことを実施しているメンバーがいるはずです。自分はHCDに出会った、いままでの古いやり方ではダメだ、一新しなければならないというスタンスでは、仲間になってくれる人を見つけるのは難しいでしょう。
HCDに関わる皆さんを応援しています。一緒に、利用者に喜んでいただける製品やサービスの開発に貢献し、「心地よさ」にあふれた社会を作り上げていきましょう。