文体の舵をとれ:練習問題3 追加問題

## 前提

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』(フィルムアート社)]の練習問題3の追加問題の回答をここに書く。

今回は前回と同じ題材の文章をお題に沿って改編したものになる。

前回:文体の舵を取れ:練習問題3 長短どちらも|平田凡斎|note

制限時間は指定通り1問30分。原文で指定がなければ、1段落は160~240文字、1Pは500~800文字として扱う。

## 問1

### レギュレーション

前回と同様、1段落の語り(200~300字)を15字前後の文を並べて書くこと。前回作者自身の声や改まった声で書いたのなら、今回は口語らしい声や方言で書くこと。同じ題材でも違う題材でも良い。

### 回答

328文字

古ぼけた駅のロッカーを漁る。どれを選ぼう? これでいいかな。ドライバーを隙間にねじ込んでやった。広がった隙間にゴリ押しで指を突っ込む。ロッカーがお指に噛みつく。いってえよ畜生が。何やってんだ俺? もう家に帰りてえよ。いや落ち着け俺? ここで諦めたら人生おじゃんだ。クールになるためのルーチンって奴をやろう。おててでほっぺをべしべしするだろ? お鼻でお息を吸い込むだろ? ……錆くせえな空気。ロッカーは絞り込めてはいる。ここのどれかにあるのは確かなんだ。隣をこじ開けると、天板の裏にテープで鍵が止めてある。テープを剥がしてブツを裏返してやる。シールになんか書かれてるな。今日の日付と……俺の名前がある。セーフ、ほっとしたぜ。三日は延びたな、寿命。ゲーム続行だ。

### 解説

砕けた口調にすると文字数が膨らんでしまうので、同じ題材で同じ文字数制限を守ることが難しいことに気づいた。300字以内にしたかったがこれ以上削れないので妥協。

## 問2

### レギュレーション

700文字に達するまで語りを1文で書くこと。前回が接続詞や読点で繋げただけの簡単な構造であれば、今度は変則的な節や言葉遣いを試すこと。

### 回答

715文字

ふたりっきりの夏の教室で抱き合ったあと、りえが細っこい指先であたしの耳の裏をなでると、触れられたところから首筋、胸、お腹にかけてびりびりと電流が走ったようになって、思わず甘い声が出てしまい、顔が赤くなるのをごまかすように額をりえの肩に乗せると、りえがくすくすと笑うのが見なくてもわかる、マリは耳が弱いんだ、なんてりえが調子に乗ったことを言う、こんなナメたこと言われたら普段のあたしならぶっ飛ばすところなんだけど、あの甘い声のせいで今はもう体も心も芯からふにゃふにゃになってしまっていて、黙ってうなずくことしかできないあたしはもうどうしようもなくりえに落ちてしまっていることを自覚させられたから、もういいやと思ってりえの胸元に顔をうずめると、夏の汗と女の子の匂いがして、心拍数も記録更新、これがあたしの降伏宣言:応えるようにりえが背中に腕を回すと、触れたりえの手のひらからまたあのびりびりした感覚があたしのお腹にますます集まってくるのが感じられるから、無理、無理無理、と快感の電流を無理矢理アースで逃がすみたいにあたしの背中が無意識に丸まっていくのがわかって、その背中をりえがまた撫でるものだからかえって指数関数的に増えるお腹の甘さ:こっちも抱き返す腕に力が入ってしまう、うう、こんな露骨に発情したような、前のあたしなら一番嫌っていたはずのムーブを決めてしまうなんて心の底から情けなくなるけれど、でもやってしまったからには、あたしの理性はもう使い古しのスポンジみたいにグズグズになってしまっていることを認めるしかなくて⇔でもミルクを染み込ませたシフォンケーキみたいに素敵なあまい味がしているようにも思えて、これが恋なんだと思った。

### 解説

 前回が接続詞や読点で繋げただけの簡単な構造であれば、今度は変則的な節や言葉遣いを試すこと。


前回避けた体言止めや終止形が解禁されたと解釈したのでその通りにした。でも思ったより変わらない。コロンやセミコロンは日本語でも活躍の余地があると思うので積極的に活用していきたい。

## 両問共通

### レギュレーション

二種類の文の長さでそれぞれ別の物語を綴ったのなら、今度は同じ物語を両方で綴って、物語がどうなるのか確かめてみよう。

問1と同じ物語を問2のような長文形式で、問2と同じ物語を問1のような短文形式で再度書くこと、ということだろうか。

### 回答 問1→問2

286文字

古ぼけた駅、ロッカーはどこだ、あった、バカでかい看板、【コインロッカー】、どのロッカーだ、これだ、こじ開けるぞ、ドライバーを突っ込む、指も突っ込む、ガチリ、いってえ、もういやだ、帰りてえ、いや落ち着け、てめえの命だぞ、クールになれ、例のルーチンだ:1.頬を打つ・2.息を吸う・3.錆の匂いでむせ込む、OK、俺は正気だ、絞り込めてはいる、ここのどこかのロッカー、右だ、開けるぞ、方向確認:1.奥・2.↓・3.→・4.←、あとは、5.↑、ビンゴ、テープを剥がす、鍵だ、シール、シール、シール、裏返し、2021/08/30、今日、山崎藤吾、俺の名、セーフ、三日稼いだ、寿命、次!

### 回答 問2→問1

598字

ふたりきりの教室で抱き合う。りえの細い指があたしの耳の裏をなでる。触れられた所からお腹に電流が走る。思わず甘い声が出てしまう。顔が赤くなる、ごまかさなきゃ。額をりえの肩に乗せて隠す。りえがくすくすと笑う、見なくてもわかる。「マリは耳が弱いんだね」。りえが調子に乗っている。いつものあたしなら殴る、ナメたセリフ。なのに今は身も心もふにゃふにゃ。殴る気なんて起こらない。黙ってうなずくことしかできない。あの甘い声のせいだ。りえに落ちてしまっている。どうしようもなく自覚させられてしまう。だから、もういいやと思って。りえの胸元に顔をうずめる。夏の汗と女の子の匂いがする。脈も心拍も記録を更新する。あたしの降伏宣言にりえが応える。あたしの背中に腕を回す。触れた所からお腹にまた集まってくる。無理、無理無理、快感に耐えられない。あたしの背中が丸まっていく。電流をアースで逃がすみたいに。りえがまた背中を撫でる。容赦がない。お腹の甘さが雪だるま式に増える。こっちも緊張して抱き返してしまう。こんな露骨に発情したような仕草。前のあたしなら絶対にやらなかった。こういうの嫌いだったから。なのに今はやってしまっている。心の底から情けなくなる。でも、もう認めるしかない。あたしの理性はもうグズグズ。まるで使い古しのスポンジ。りえへの気持ちはもうびちゃびちゃ。まるでミルクの染みこんだシフォン。これが恋なんだと思った。

### 解説

ええ……どうするんだこれ?

問1→問2は簡単だった。「主題とそれに対する陳述/叙述をセットにする」という制限が外れたので、文として成立していない断片でもよくなった。1文で書けという形式を守ればよい。ルーチンや方向を並べ立てるためにコロンや中黒(・)を活用できるし、むしろ問2の形式にこそ相性の良い題材だとわかって面白かった。

問2→問1は迷った。『ふたりきりの教室で抱き合う』『これが恋なんだと思った』は「主題とそれに対する陳述/叙述をセットにする」という制限に沿ってるのだろうか? 原文ではそこまで詳しく指定されていない。短くすればいいんだろうか。句点が強制されるのも痛い。読点で繋げるのに比べて乾いた印象になってしまう。百合でこのレギュレーションを遵守するのは難しい気がする。自我に目覚めたAI視点とかならまだやりようあるけど、人間だものな。

さらに言うと、この部分を短文で表現するのが非常に難しいと感じた。

でもやってしまったからには、あたしの理性はもう使い古しのスポンジみたいにグズグズになってしまっていることを認めるしかなくて、でもミルクを染み込ませたシフォンケーキみたいに素敵なあまい味がしているようにも思えて、これが恋なんだと思った。

マリは客観的に自分を見つめようと努力している。そういう性格だ。冷めた目で見つめれば、今の自分の脳など使い古しのスポンジのように当てにならないものだと理解している。でも主観的には、同じグズグズの物体でもシフォンケーキのように甘く感じてしまっている。このギャップを表現すれば百合として強い印象を与えると狙ったのだが……短文ではこのニュアンスがどうしても抜け落ちる。極めて難しい。おそらくそれを発見させるのがグウェン先生の狙いだったのだろう。

あと1日経ったあとのイチャイチャシーンに手を入れるのめちゃくちゃ恥ずかしい。一節ごとに死にそうになりながら変換していた。短文に切り分ける作業そのものが意識を冷静にさせる作用がある。句点を打つたびに強制的に我に返る。甘い、甘すぎる。助けてくれ。

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