P11
薄暗い階段の、すり減った滑り止めの溝やコンクリートのひび割れを見ているとだんだん寂しい気持ちになり、明るいところに飛び出して行きたくなった。ふわふわと明るい日なたの空気を吸いたい。
P20
私の頭の中だけにあるものを、パン生地みたいに伸ばしたりこねたりしていると、本当のことだったのかどうかも自信がなくなってくる。
P39
ぱあっと目の前がひらけて、黒く尖ってつめたい感じがしていた二本の針が、急に優しいものに感じられた。
P51
あてのない約束なら、学校の友達ともする。いつかお泊まりしようね、とか、一緒にテーマパークに行こうね、とか。本当にならなくても、言い合うだけで楽しい。
P60
この子が悲しいのなら、それだけでだめなことだ、と私は思った。
ママのルールよりももっと強く確かな「だめ」がそこにある気がした。
P128
ひょっとしてわたしは、悪い人間なんだろうか。無関心やからかいより、善意の方が鬱陶しいと感じてしまう。
私の事情をちゃんと踏まえた上で、近寄り方を知ってほしい。ーそんなの単なるわがままで、私だってこの人のことなんか何も知らないのに。
P148
自業自得、というお母さんの言葉が突き刺さる。せっかく大人になったのに、幸せなほうを選べないなんて、選ばないなんて、そんなことがあるの?
わたしは、そんなのいやだ。
P379
私は送り出すだけだったのに、この子は瞬時に「一緒に行く」と言う。私がお通夜に行く側だったら果遠ちゃんは当たり前みたいについて来たんだろう。私たちは全然違って、だからお互いが必要だった。
P392
周囲がやけに静かだと思ったら、自分の心臓がうるさいせいだった。
P431
直は私の家族だけど、だからって私の人生について何もかも打ち明けようとは思わない。それはママも同じだろうし、あなたにもあなただけが大切に思うものや秘密があって当然だよ。心の中の家に誰をどこまで入れるかは直が決めていいの。