【短編小説】カンヅメの歌(9)
「ね、リナン。記念だから、一緒に写真撮ろ?」
芽衣子の声がいきなり降ってきて、驚いたリナンはとっさに顔を上げる。芽衣子は、泣きそうに赤く充血した目を光らせ、スマホを片手に持っている。
「……ごめん、今、そういう気分じゃない」
中学最後のホームルームが終わった教室は、別れを惜しむ泣き声と、スマホのシャッター音とフラッシュがうるさくてしょうがない。それらが煩わしくて、教室の前方すみっこにいたリナンは、わざわざ自分のところまでやってきた芽衣子の申し出を、自分でもひどいと思うほど、あっさり断ってしまった。
自分の頼み事をいつも受け入れてくれていたリナンが、この期になって冷たく対応してきたことが、芽衣子にとってショックだったらしい。校則通りに膝下丈のスカートをはいた、野暮ったい見た目の芽衣子は、きっちり結んだ胸元のリボンを見つめるよう、あごを深く下げてしょげてしまう。
ああ、もう、めんどくさい。気に入らないなら、気に入らないって言えばいいのに。
リナンは「地味」な芽衣子の、ごく「控えめ」な自己主張がまたもや気に入らず、苛立った。すると、雄太郎が珍しく心配顔で、リナンのもとへ寄ってきた。
「卒業式、大丈夫だったか?あれは、リナンのお母さんだったろ。その、」
「リナンを平手打ちしてた人、でしょ?」
いきなり口を開いた芽衣子へ、リナンと雄太郎は同時に顔を向けた。二人の視線を受けた芽衣子は、顔をそろそろ上げると、リナンを見ないようにしながら、苦手にしていたはずの雄太郎に同意を求めるよう、横目で嫌みったらしく語った。
「リナンのお母さん、やばいと思わない?いくらなんでも卒業式、しかも、みんなの前で娘を叩くって。頭、どうなってんのかな」
写真撮影の頼みをあしらったリナンに、どうやら芽衣子は怒ったらしい。いつもゆっくり喋るはずの彼女は、どもり、つっかえながらも、早口で続けた。
「いったいリナンのお母さん、自分の娘のこと、なんだと思ってるんだろうね。私、あの様子見てて、関わりたくない、って本気で怖くなった。リナンって、母子家庭でしょ。ああいうお母さんと、ずっと一緒に暮らしていくの?それって、きつそう。私は心配だな」
雄太郎は、芽衣子のみせたいきなりの変貌ぶりに、ついていけていない。リナンは芽衣子の発言の裏にある、「敵意」をまともに受けてしまい、熱を吹き込まれたよう、胸の中で「怒り」がわっと膨れ上がった。