【短編小説】カンヅメの歌(6)
話の通じないもどかしさに、ソネンはテーブルに片肘をつき、首を大袈裟に傾げてみせる。
「センセイ、分かりませんか。ご存知でも、なかったんですか?『君が代』は、天皇をたたえる歌でしょう。戦争で日本から侵略されて、とんでもない被害を受けた韓国の人間からすれば、それは、聞きたくも、歌いたくもないものです」
そこでようやく、寺崎はソネンの言いたいことが分かったらしい。彼は平身低頭、テーブルの向こうのソネンに向かって謝った。
「そういうことでしたか……すみません。こちらの、考えが至りませんでした」
リナンは両手のひらを椅子の座面に突くと、軋んだ椅子の背もたれに体重を預けて、寺崎の謝罪を突き放さんばかりに言った。
「正確にいうと、私は歌ってなかったんです。光村先生から、歌わなくていいけど口パクするように、って言われたんです。ギャルの生徒が来賓の前で歌わないのは、あまりに見た目がよくないから、って」
ソネンは気がふれたよう、隣のリナンに振り向いて、顔をみるみる強張らせた。
「光村先生って、あんたの担任よね?彼女は、事情、分かってたの」
その問いに、リナンは寺崎を見据えたまま、こっくりうなずいた。
「光村先生、社会科担当のくせして、ものすごく卑怯よ。クラスのみんな、日本と韓国の問題、ぜんぜん知らなかったし、教えられてきてもなかった。それは、みんながみんな悪いわけじゃないとは思うけど、なんで、いままで、学校も光村先生も、教えなかったの?日本が反省するべき話なのに」
寺崎はリナンを懐柔するよう、目尻を下げて口元を和らげ、妙になさけなく笑って言った。
「キム、それは確かに、日本が悪い話だ。だけど、日韓問題は『学習指導要領』っていう、学校で教えるべき内容から、もう削除されてるんだ」
ソネンが立ち上がって叫んだ。勢いにさらわれ、緑色のカーペット敷きの上で、白い綿ぼこりが舞う。
「無責任でしょう、それ!」
恥ずかしげもなく「いい歳をした」「日本人」が見せた汚さに、リナンも聞こえよがしに舌打ちした。そして、太ももまで上がったスカートの裾がずれるのも構わず、脚を組んだリナンは、ひきつる口元を感じつつ、白けきった気分で寺崎に言った。
「学校も学校だし、みんなもみんなよ。意味分かってから『君が代』歌え、って話なのね。最悪じゃない、あんたらも、あいつらも」
言い返す材料が見つからなかったのか、寺崎はおとなしく席を立った。それから彼は、リナンとソネンに背を向け、まるで目の前にある本棚と喋るかのよう、うなだれてひとりごちた。
「そのこと、申し訳ありませんでした――キム、お前はホームルームに行きなさい。クラスのみんなとは、もう最後だろう?」