三途の川への卒業旅行
友達やバイト先の同級生が、1週間、10日間かけてアメリカやヨーロッパ巡りだのを楽しむ中、僕の卒業旅行はたったの2泊3日、行き先は三途の川だった。
大学卒業前、もう授業はなく卒業を待つだけの身だった僕は、内定をもらっていた企業でインターン生として働いていた。2019年2月12日、その日はたまたま普段より2時間早く出社する必要があったので、早起きをして通勤ラッシュの電車に詰め込まれながら会社へ向かっていた。
向かっていたはずだったのに気がついたらベットにいた。それも全身に管がつけられ、医療ドラマでもなかなかみたことない数の機械に囲まれながら。
ベットの横に座りこっちを見ている母に話を聞いてみたところ、会社の最寄駅に着いたタイミングで急に倒れたらしい。それも貧血などではなく、心臓がまともに動かなくなって。
たまたま、すぐそばに救命措置ができる方がいて迅速に対応してくれたこと、そして駅に着いたところだったのでAEDがすぐに用意できたことなど、予想外の運の良さを発揮したおかげで病院まで生きた状態で運び込まれたとのこと。
さすがに心臓が止まりかけたのですぐに意識が戻ることはなく、倒れてから数日眠り続けた。そして目が覚めた時には2月15日になっていた。目が覚めた時の第一声は覚えてる。「仕事…」だった。とんでもない寝坊をしたと勘違いしてたのか、本能からその言葉が出るほど仕事熱心な男だったのかは、はっきりしていない。
まさか自分が22歳で生死の境をさまよう羽目になるとは考えたこともなかったので、正直いまだに自分の心臓が止まりかけたことにはピンときてな行けど、体の中にはそれが事実だったと証明するものが埋め込まれている。
目が覚めてしばらくは、再発の可能性があるため、常に看護師さん付きっきりの生活を送ることに。もちろんそのままでは退院はできないので、手術をすることになった。主治医から説明された手術の内容は、体内に機械を植え込むというものだった。
心臓病の人が植え込む機械というと、ペースメーカーが一般的だけど、僕のはS−ICD(除細動器)と名乗るものだった。これは常に心臓を助けるようなものではなく、発作が起きた時、自動で心臓に電気ショックを与え、脈を正常に戻すことができる機械、らしい。
つまり万が一がまたきたとき、自動でザオリクをかけてもらえるようになったということ。ザオラルなのかもしれないけど、それは考えないようにしている。怖いから。
普通、手術というと病気を治すことが目的になると思うけど、僕の場合は原因がわからないこと、その上、常に症状がある病気ではなく突発的に発作を起こす類の病気だったため、そのものを治療することはできないらしい。
そのため、発作そのものを無くすのではなく、発作が起きた時に死なないための対策として、その機械を植え込む必要があると伝えられた。
三途の川ツアーでの時差ぼけが残ったぼやぼやした頭で説明を聞いたので「つまりサイボーグになるってことか」と緊張感の無い感想を抱いていたが、次に主治医から伝えられた内容で、ぼやぼやは吹っ飛んだ。
「この手術が終わったら、宮﨑くんは障害者という扱いになるからね」
完全に予想外の一言だった。まさか自分が障害者として生きることになるとは。この10日間ほどまさか続きだったが、一番のまさかがここに待ち構えていた。
「障害」というものについてろくな知識はなく、心臓機能障害なんて初耳すぎるものだった。主治医からこの事実を伝えられたこの時、自分が障害者になることにも驚いたが、それ以上に「障害」がこんなに身近にあるものだったことが何よりもの衝撃だった。
もちろん手術をしないなんて選択肢は最初から存在していなかったので、すぐに手術、そして2週間後に退院。そこからさらに数週間実家で赤ちゃん時代の倍ほど丁寧に扱われながら療養して、無事に3月末の卒業式にも参加した。
大学の友達内では、一部で僕の死亡説が流れたらしく、せっかくの卒業式なのに4年間の思い出話はできず、倒れたことやサイボーグになったことへの質問責めで終わってしまった。ちなみに74歳を迎えたゼミの教授には「僕より先に君が死んじゃうのかと思ったよ」と、誰もがリアクションの取りづらいお言葉をいただいた。
大学卒業後は、のっぴきならないほどでもない事情で新卒で入社した会社を10日で退職。その後、障害者雇用専門の転職エージェントサービスを立ち上げるという会社に出会い、そこでエージェント兼メディア編集長として働くことに。
そして今は、フリーライターとしていくつかの会社さんとお仕事をさせてもらいながら生活している。
旅行から帰ってきて4年ほどがたった。一度だけ、除細動器の誤作動で意味のない電気ショックを受けたりもしたけど、心臓は毎日休まず、元気に動いてくれている。
まだまだ、これからの人生は長いと思う。心臓にとってブラックな仕事で申し訳ないけど、動き続けてください。そして、もし万が一がきちゃった時は、ザオリクをお願いします。