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#22 「野球以外にもセイバーメトリクスのような勝利の方程式のような指標はあるか」

前回のエピソードのおまけ話です。スポーツ観戦をしない私が、本を読んで、調べて書いた内容なので、各スポーツの掘り下げはあまりできておりません。。

進化し続ける勝利の方程式

野球の世界で「セイバーメトリクス(Sabermetrics)」という分析手法が本格的に活用されて久しい。打率や本塁打数といった従来の数字だけでは捉えきれない選手の貢献度を、より正確に評価しようとする取り組みだ。私が面白いと感じるのは、こうした高度なデータ分析が、実は野球以外のスポーツやビジネスの世界にも大きな影響を与えているという事実。

NBAやNFLで使われる貢献度評価指標。サッカーでの期待値分析。広告業界のアトリビューション分析。そして企業内の人材戦略への応用。いずれも「限られたリソースで勝利(成果)を最大化する」という共通テーマを持っている。なかでも、データ指標が変わったことで実際にチームの戦い方や勝利の法則が塗り替えられた例は特に興味深い。ここでは、野球以外の球技で起きた大きな戦術変化と、それがもたらした勝利の方程式の進化を中心に据え、ビジネスとの関連性や人材評価への応用可能性を考えてみたい。


1. 野球のセイバーメトリクスがもたらした変化

まずは原点ともいえる野球のケース。ビル・ジェームズらが生み出したセイバーメトリクスは、「打率や打点だけで選手の真の価値は測れない」という問題意識から始まった。OPS(On-base Plus Slugging)やWAR(Wins Above Replacement)といった複合指標を用い、「得点力」や「勝利貢献度」を可視化する手法が急速に普及した。

1.1 極端な守備シフト
打球方向や打者のクセを徹底的に解析し、極端な守備シフトを敷くチームが増えた。伝統的な二遊間の配置を崩し、一塁側や三塁側に内野手を極端に寄せたり、外野手を4人にするなど、打者の長所を封じ込める配置を実行。この結果、打者はゴロを転がしてもヒットになりにくくなり、チームが被安打を減らす成功例が相次いだ。近年ではシフトを制限するルールまで検討されるようになり、セイバーメトリクスが野球戦術を大きく動かしてきたことを痛感する。

1.2 フライボール革命
守備シフトへの対抗策として打者側もフライボール革命(Fly Ball Revolution)を起こした。ゴロを打ってシフトの網にかかるくらいなら、打球角度(Launch Angle)を高めてフライを狙うほうが長打や本塁打につながりやすい。長打率が上がればOPSも上昇し、チームの得点力が大幅にアップする。セイバーメトリクスで明らかになった「フライのほうが得点期待値が高い」という事実が、打撃スタイルそのものを変えた。


2. NBAと3ポイント革命

バスケットボールの世界でも、データ分析が戦術を激変させた。かつてはペイント内での攻防やミドルレンジ・ジャンプショットがスタンダードとされていたが、効率性に着目するチームが増え、3ポイント革命が起きた。

2.1 モリーボールの発想
ヒューストン・ロケッツのGMだったダリル・モリーが提唱した「Moreyball(モリーボール)」は、2点シュートより3点シュートのほうが一回あたりの期待得点が高いという効率性を徹底した考え方。ディフェンダーが1~2人いる程度なら、3ポイントの期待値は十分に高い。ロング2を打つくらいなら、もう少し後ろからでも3ポイントを狙ったほうがリターンが大きい。さらに、ゴール下までドライブして高確率なレイアップやダンクを狙う。結果として、ショットセレクションの概念が一変し、アウトサイド主体のオフェンスが注目されるようになった。

2.2 ゴールデンステート・ウォリアーズの成功
ステフィン・カリーとクレイ・トンプソンを擁するゴールデンステート・ウォリアーズは、この3ポイント重視の戦術を究極まで高めたチームだ。スペーシングを徹底し、コートを広く使い、パスワークとスクリーナーの動きを駆使してシューターをフリーにする。3ポイントで一気に点差を広げると同時に、ディフェンスも高い強度を保つ。結果的にNBAのチャンピオンシップを何度も制覇し、リーグ全体が3ポイントゲームを重視する流れへと移行した。


3. サッカーにおけるポジショナルプレーとゲーゲンプレッシング

サッカーもデータ分析の進歩により、「ただボール支配率を高めればいい」という単純な理屈から脱却した。細かな位置情報やパス成功率、相手守備組織の分析を取り入れ、ポジショナルプレーやハイプレス戦術が生まれている。

3.1 ポジショナルプレー
ジョゼップ・グアルディオラはバルセロナを率いた時代から、ポジショナルプレーを磨き上げた。選手がどのポジションでボールを保持すれば効率的にゴールへ近づけるか。そのために必要なパスコースはどれだけ確保できるか。ビルドアップの段階で相手をどう動かし、スペースを作るか。これらをデータで裏打ちし、選手の配置を理詰めで決める。結果としてティキ・タカ(短いパスの連続で崩すスタイル)が進化し、世界的な成功を収めた。

3.2 ゲーゲンプレッシング
ユルゲン・クロップがドルトムントやリヴァプールで用いたのがゲーゲンプレッシング(Gegenpressing)。ボールを失った瞬間に高い位置から即時奪回を狙い、相手のカウンターを未然に防ぐと同時に、崩れた守備組織に素早く攻め込む。このハイプレスが効果的かどうかは、プレーエリアや奪取後のシュートまでの秒数、相手のポジショニングなど詳細なデータ分析で検証されてきた。結果的にクロップ率いるチームは欧州を席巻し、同様のスタイルを模倣するクラブが増えた。サッカーの戦い方が一段と攻撃的かつ高度なものになっている。


4. NFLでの4thダウン戦略の変化

アメリカンフットボールで顕著なのは、4thダウンでのギャンブルプレイが増えたこと。かつては4thダウンで攻撃し続けるのはリスクが高いとされていたが、詳細なデータ解析によって「残り数ヤードが短ければギャンブルしたほうが勝率が高い」ケースが多いと判明。

ボルチモア・レイブンズやニューイングランド・ペイトリオッツなどがこれを果敢に採用し、成功率を高めてきた。以前なら常識外れと思われた決断が、むしろ理にかなっていると示され、戦術が大きく変わった。プレーコールの期待値や勝率を数値で裏付けるアナリティクスが、攻守両面の意思決定に影響を及ぼしている例だ。


5. ビジネスの世界とアトリビューション分析

スポーツだけでなく、ビジネスでも類似の発想が根付いてきた。特に広告業界でのアトリビューション分析(Attribution Analysis)は、ユーザーが商品・サービスを購入するまでに接触する複数のチャネル(検索連動広告、ディスプレイ広告、SNSなど)がどれだけ成果に寄与しているかを数値化するもの。

従来の“ラストクリック主義”だけでは不十分であり、ファネルの入り口から出口まで段階を追った評価が必要とされてきた。データ分析や機械学習の進歩により、広告費をどこに最適配分すれば効率が上がるかが可視化される。セイバーメトリクスが「勝利への貢献度」を測ろうとしたように、広告も「購入・契約への貢献度」を多面的に捉えることで、最終成果を最大化する戦略が立てやすくなった。

少ない予算であっても、アクセス解析ツールやSNSインサイトを掛け合わせれば、どの施策がどれだけ効果を上げたのかおおよその見当はつく。データ量が小規模でも、分析のプロセス自体が大きな学びになると私は感じている。


6. 人材評価への応用 —— アトリビューションインデックス

私が注目しているのは、このような貢献度分析を企業内の人材戦略に応用する可能性だ。プロジェクトの進行ログや社内SNS、会議での発言などをデータとしてとらえ、「誰がどのタイミングでどれだけ成果に寄与したか」を可視化できれば、公正な評価制度につながるはず。

6.1 見えない貢献を拾い上げる
大きなプロジェクトが成功するとき、途中の地道な作業やピンチを救うアイデアがあったかもしれない。上司の目が届かない部分で、大きな価値を生んでいる人がいるかもしれない。そうした「見えない貢献」を拾い上げる指標があれば、野球やバスケのように“MVP”以外のキープレーヤーを正当に評価できるだろう。

6.2 アトリビューションインデックスの提案
ここで私が提唱したいのがアトリビューションインデックスという概念。広告業界のアトリビューション分析を人材評価にも当てはめ、「プロジェクトの成功という最終成果」に至るまでの接点を多角的に数値化するイメージだ。
企画初期のブレインストーミングで画期的なアイデアを出したのか。中盤で顧客折衝をまとめ上げたのか。最終段階でバグやエラーを潰して納期を守ったのか。こうした“シーンごとの貢献”にスコアをつけ、積み上げていくことで、誰がどれだけ組織に勝利をもたらしたかが分かる。定性的なリーダーシップ評価も、社内SNSや他部署からのフィードバックデータを集約すればある程度数値化できるだろう。


7. 結論 —— 進化し続ける勝利の方程式

セイバーメトリクスが野球の戦術を変え、守備シフトやフライボール革命をもたらした。NBAでは3ポイント革命が定着し、サッカーではポジショナルプレーやゲーゲンプレッシングが隆盛を極める。NFLでも4thダウン戦略が大胆になった。いずれも「勝利の方程式」がデータによって書き換えられた好例だと私は思う。

ビジネスの広告業界ではアトリビューション分析が進み、企業は限られた予算で最大の売上・成果を狙う。さらに、この分析ノウハウを企業内の人材戦略に応用することで、公正で透明性のある評価が可能になるはず。アトリビューションインデックスといった指標を設計すれば、個々人の努力が見落とされにくくなる。それがモチベーションを高め、新しいイノベーションを呼び起こすきっかけにもなる。

もちろん、どんな指標も完璧ではない。野球の打率やWARが万能でないように、広告や人材評価での数値化にも限界がある。最終的には人間の洞察力やチーム内のコンテクストが重要になる。だからこそ、「複数の指標を併用し、総合的に見て判断する」姿勢が必要だと私は考えている。スポーツもビジネスも、データをどう使いこなすかで世界が変わる。勝利の方程式は、技術の進歩とともに常に書き換えられていく。

そのダイナミックな変化を楽しみつつ、適切な指標づくりと活用に知恵を絞る。セイバーメトリクスの進化が、私たちにそう示唆しているように思えてならない。



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