見出し画像

#36「物流DX最前線──トラック運転手を“救う”データ活用の可能性」

デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第23回「物流2024年問題に立ち向かう:トラックドライバーの働き方改革を支えるテクノロジー」の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。podcastで興味を持った方により、理解していただくために一部、リファレンスをつけています。


ここでは、「2024年問題」と、物流業界で進行中のDX(デジタルトランスフォーメーション)にまつわる話題をまとめる。トラックの運転席に取り付けられた先端技術や、ドライバー不足を解消するための取り組み、そしてデータサイエンスがどのように活躍しているかを再構成して紹介していく。

私自身、データサイエンスを武器に多様な社会課題を解決したいと思い、物流の現場をじっくり見てきた。その視点から、2024年以降に加速する労働環境の変化と技術の進歩をひも解いてみよう。


■2024年問題の衝撃

2024年問題とは、トラックドライバーの労働時間を規制する法律が本格導入されることを指す。具体的には、時間外労働の年間上限が960時間(1か月に割り戻すと80時間)に設定される。月80時間の残業といえば、ホワイトカラーの一般的な会社員であれば「過労死ライン」のレベルだが、物流の現場ではそれを越えて働くドライバーが決して少なくない。

人手不足がすでに深刻なうえ、輸送需要は増加傾向にある。そこに時間外労働の上限規制が追加されると「14%程度の輸送能力不足に陥る」という試算もあるのだ。結果として、遅延や配送カットなど、社会生活に直接響く影響が拡大する可能性が高い。コンビニの棚に商品が届かない、ネットショッピングで荷物が届きにくい──こうした事態が身近な問題として表面化している。

今回の物流問題も同様に、さまざまなDXが参入し始めているが、やはりドライバーをどう救うかが根幹にある。データサイエンスの視点から言えば、「倉庫内の自動化」「配送の最適化」といった二軸でアプローチする姿が多い。


■倉庫と配送──2つのDX

物流のDXを大きく分けると「倉庫内DX」と「配送DX」がある。倉庫内は大手ECサイトがロボットを導入して積載や搬送、ピッキングを自動化する例が増えている。人手による作業が大きかった部分を機械化すれば、熟練が必要なフォークリフト操作などもロボットが担えるようになる。アマゾンのような先進事例では、無数のロボットが効率よく稼働し、倉庫全体を制御している。

ただし、倉庫の自動化が進む一方で「配送」、つまりトラックによる輸送の自動化はまだ難しい段階にある。自動運転レベル5(完全自動運転)が実用化するには最低でも10年はかかると見られている。しかも、地方の狭い道や山岳部などはハードルが高く、すぐに全エリアで導入できるわけではない。そのため、配送の現場では「ルート最適化」「配車計画」「マッチングの高度化」などが注目されている。

私が特に注目しているのは「トラックドライバーの働き方改革」だ。自動運転がない以上、人がハンドルを握ることはしばらく不可欠になる。その人材不足を少しでも緩和し、かつドライバーが魅力を感じられる仕事にするためには、テクノロジーを使って安全性と効率を高める必要がある。


■トラック運転席に搭載されるテクノロジー

「トラックドライバーを救う」という観点で、すでに多くの機能が車両に導入されている。国土交通省の基準として自動ブレーキが義務化されていたり、フリートマネジメントシステム(FMS)やスマートタコグラフが運行実態を可視化している。以下に主なテクノロジーを整理する。

1. スマートタコグラフ

走行データ(運転時間・休憩時間・速度など)をデジタルで記録する。これにより、労働時間管理や法規制遵守のサポートが可能になる。クラウドにデータが上がるため、管理側はリアルタイムにドライバーの状態を把握できる。

2. フリートマネジメントシステム(FMS)

複数車両を統合的に管理し、位置情報、燃費、メンテナンス、運行ルートなどを一括で最適化する。運行管理者の負荷を減らしつつ、車両ごとのトラブルを早期に検出する仕組みだ。

3. テレマティクスシステム

各トラックがリアルタイムで自社センターや他車と連携し、道路情報・エンジン状態などを共有する。事故や渋滞の発生を早期に把握できるため、ルート変更などの素早い意思決定が可能になる。

4. Mobileye(先進運転支援システム)

高性能カメラとAIを組み合わせ、衝突回避や車線維持支援を行う。歩行者の検知や警報機能も備えており、ドライバーの安全を守る要として機能する。

5. 自動緊急ブレーキ(AEB)

トラックでは2014年から段階的に義務化され、2021年以降は新車で販売される3.5t以上のトラックに標準装備されている。前方との衝突リスクを検知すると、自動でブレーキを作動させるため、事故を大幅に減らせる可能性がある。

6. アダプティブクルーズコントロール(ACC)

前走車との距離を一定に保ち、車速を自動調整する機能。隊列走行を可能にする重要技術でもある。ドライバーの疲労軽減だけでなく、渋滞の緩和にもつながると期待されている。

7. 車線逸脱警報システム(LDWS)

車線からはみ出した際に警告を発する。深夜走行や長時間運転で起こりやすい「うっかりミス」を防止する効果がある。

8. 360度カメラシステム

周囲の死角をカバーし、バックや車線変更時の安全性を高める。特に大型車はミラーでも見切れが生じやすく、事故のリスク低減に寄与する。

9. タイヤ空気圧監視システム(TPMS)

米国や欧州では義務化されているが、日本ではまだ義務化されていない。パンクやバーストによる事故を防ぐうえで非常に有用であり、導入が進めばロードサービス出動の大幅削減が見込める。

10. ドライバーモニタリングシステム

カメラでドライバーの表情や眼球の動きを解析し、居眠りや疲労を検知する。脈拍や肌色の変化を近赤外線で読み取る先進技術も登場しつつあり、兆候をいち早くキャッチして警告を行う。


■隊列走行──未来のドライビングスタイル

ACCと車線維持支援(LKA)を組み合わせた「隊列走行」の試験が各地で進んでいる。先頭のトラックが一定速度で走り、後続トラックはそれに追従する形で車間距離を保ち、高速道路を一列に走る。これにより、後続ドライバーは運転操作の負担が軽減される。

メーカー4社(いすゞ・日野・三菱ふそう・UDトラックス)が協調技術を開発し、2021年までに商業化するという政府目標が掲げられていた。実証実験では一般車も混在する高速道路で後続車有人隊列走行を行い、技術的な検証を積んでいる。ドライバー不足と輸送効率化を同時に実現する革新的なシステムとして期待される。


■データサイエンスがもたらす変革

ここまで紹介した車載テクノロジーに加え、私が本業とするデータサイエンスの応用も重要だ。具体的には以下の4つの領域がある。

  1. ルート最適化
    リアルタイム道路情報、気象情報、歴史的な渋滞データを組み合わせ、最適な配送ルートを自動生成する。渋滞回避に加え、夜間運行なども考慮してドライバーの労働時間を最小化することが可能になる。

  2. 予測保守
    トラックのエンジンやタイヤ、ブレーキなどに取り付けたセンサーからデータを収集し、AIが故障の兆候を検知する。計画的にメンテナンスを行うことで突発的な故障や事故を防ぐ。

  3. 疲労検知
    運転挙動やドライバーの顔データをAIで解析し、疲労度を数値化する。危険なレベルに達したら休憩を促す仕組みを導入すれば、事故リスクの低減につながる。

  4. 配送時間予測
    配送先や道路状況、車両の運行データを組み合わせて正確な到着時間を予測。顧客への事前連絡や在宅受取の調整がしやすくなり、配達員の再配達負担も減らせる。エンドユーザーからすると、Uber Eatsのようなリアルタイム通知に近い感覚を物流でも得られる可能性がある。

これらの取り組みは、単にドライバーの労働時間を管理するだけではなく、「ドライバーを魅力的な仕事にする」ための一歩でもある。給与アップや安全確保、ストレスの少ない運転環境を実現することで離職を防ぎ、人手不足を緩和できるはずだ。


■国内の規制とグローバルとの比較

アメリカやヨーロッパでは、TPMS(タイヤ空気圧監視システム)がすでに義務化されている。また、自動ブレーキや衝突軽減ブレーキについても、トラックの導入時期は日本よりも早いケースが多い。一方、日本のトラック業界では2014年から段階的に自動ブレーキが義務化され、乗用車よりも先行している側面がある。実のところ、一般的には「トラックの安全装備は乗用車よりも遅れている」と思われがちだが、実はトラックのほうが積極的に技術を取り入れている例も多い。

ただし、TPMSの義務化がまだであったり、インフラ整備や制度づくりとの兼ね合いで、自動化技術が一気に普及するのは難しい現実もある。物流DXの真価が問われるのは、こうした規制や社会インフラとどのようにすり合わせていけるかにかかっている。


■「運ぶ」仕事の未来

ドライバー不足が叫ばれて久しいが、ネット通販の普及で荷物は増える一方である。国内外を問わず、新しい働き方や技術革新でこの問題を乗り切らなければならない。将来的にはレベル5の自動運転が実現し、ドライバーの負担が大幅に減る可能性は高い。しかし、その先に見えてくるのは「完全自動運転だからドライバーが不要になる」世界というよりは、「人間が最後の品質管理や接客を担い、AIやロボットが危険で単調な作業を担う」世界だと私は考えている。

倉庫内ではすでにロボット導入が進み、高齢化や人手不足が顕在化している現場で大きな成果を上げている。一方、道路上の複雑な事象や緊急時の判断は、人間による裁量がまだまだ必要だ。したがって、テクノロジーの役割は「人間を補助する」形でしばらく続くとみられる。


■まとめ

2024年問題でトラックドライバーの労働時間が厳格に規制されると、輸送能力不足による影響が我々の生活にいよいよ顕在化する。すでに労働環境改善が必要だったドライバー業界にとって、これは一種の転機でもある。私としては、ここで起こる変化をチャンスと捉えたい。自動ブレーキや隊列走行、ドライバーモニタリングなどのハイテク装備は、ドライバーの負担を減らし、安全や効率化をもたらす。

さらに、データサイエンスによるルート最適化や予測保守、疲労検知、配送時間予測は、働き方改革とともに物流全体の未来を変えるポテンシャルがある。ネット通販が普及し続ける限り、物流は社会の重要インフラとして欠かせない存在だ。ドライバーの魅力向上を図るのはもちろん、環境負荷を抑えつつ、必要な時に物を「運ぶ」仕組みを整えることが急務となる。規制と技術が交錯するこのタイミングだからこそ、創意工夫の余地は大きい。

私が目指すのは「人が本来やるべき仕事に注力し、退屈で危険な作業を機械が担う」世界だ。それはドライバーの仕事が消えるのではなく、ドライバーの仕事が「もっと人間的で創造的なものに変わる」という意味でもある。2024年以降の物流は、データサイエンスとDXの加速がきっかけで、新たな局面を迎えるだろう。労働力不足を憂うだけでなく、ここから生まれる新しいチャンスに備えて、挑戦を続けていきたいと考えている。



補足情報

先進安全自動車(ASV)と自動緊急ブレーキ(AEB)の義務化
国土交通省は、先進技術を利用してドライバーの安全運転を支援するシステムを搭載した「先進安全自動車(ASV:Advanced Safety Vehicle)」の開発・普及を推進しています。自動緊急ブレーキ(AEB)の義務化については、以下のスケジュールで進められています

  • 2021年11月:国産の新型車

  • 2024年7月:輸入車の新型車

  • 2025年12月:国産の継続生産車(軽トラックを除く)

  • 2026年7月:輸入車の継続生産車

  • 2027年9月:国産の軽トラック(継続生産車)

トラック向け先進運転支援システム
大手トラックメーカーは、様々な先進安全技術を搭載しています。例えば、三菱ふそうトラック・バスの大型トラック「スーパーグレート」には、商用車国内初の先進運転支援システム「アクティブ・ドライブ・アシスト2」が搭載されています


タイヤ空気圧監視システム(TPMS)
TPMSは、タイヤの空気圧を常時監視し、異常を検知するシステムです。日本では、2021年9月に3.5トン以上の大型車に装着するTPMSの技術要件が国土交通省によって定められました


デジタルタコグラフとフリートマネジメントシステム(FMS)
デジタルタコグラフ(デジタコ)は、車両の速度や運転時間などを記録する装置です。公益財団法人日本自動車輸送技術協会の2021年のアンケートによると、回答したトラック事業者の87%がデジタコを導入済みとのことです。また、FMS(Fleet Management System)標準については、経済産業省が2020年4月に開催された「物流MaaS勉強会」で、日本版FMS標準を確立させる方針を示しています。

自動運転技術の開発

自動運転技術については、SAE(米自動車技術会)が定めるレベル4の自動運転トラック開発の実現に向けて、ダイムラートラック社が米ウェイモおよび米TORC Roboticsと提携して取り組みを進めています

Mobileye技術の活用
イスラエルのMobileyeは、カメラやコンピューターチップ、ソフトウェアを含む自動運転技術及び先進運転支援システム(ADAS)を開発しており、多くの自動車メーカーに採用されています

https://www.mlit.go.jp/common/001179414.pdf

https://www.nri.com/content/900033273.pdf


https://www2.mazda.co.jp/carlife/owner/manual/roadster/nd/erna/contents/03390500.html


いいなと思ったら応援しよう!