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お医者さんが言う言葉



「この方はもう二度と口から食べることはありません」

そう宣言されて入居してきたおばあさんがいた。
胃瘻を造設していて、ずっと寝たきりのまま毎日を過ごしていた。表情も乏しく、ご家族も残念がっていた。

だが、ここで諦める必要はない。胃瘻は治療上必要な処置だったかもしれないが、それがそのまま食べられないという根拠にはなりえない。

おばあさんは嘔吐を繰り返していた。胃瘻から注入される度、少量ずつ口から出てくる。このままでは誤嚥性肺炎になるのは時間の問題だった。
そこでとある仮説がたてられた。寝たきりの期間が長く、腸に便が溜まっていて、これ以上入らないのではないか、というものだ。
そこでまずはトイレ誘導を始めてみる。幸い座位姿勢には問題なかった。するとどんどん排便があった。それと同時に嘔吐がなくなっていった。仮説の実証は見事に成果を得たようだ。

そして少しずつ口から食べる練習を行っていった。ゼリー状のものを少量ずつ、慌てず焦らず食べてもらう。離床時間も少しずつ長くしていく。平行してトイレ誘導も回数を重ねていく。コンスタントに排便が出るようになっていき、おばあさんの覚醒水準も上がってきた。

「美味しいねぇ」

様々な味付きゼリーを食べた時の言葉だった。
喜ぶ家族さん、驚きを隠せない職員たち。おばあさんはどんどん元気になっていった。

そしておばあさんは最終的に…
お菓子のかっぱえびせんを普通に食べていた。笑

職員が食べていたものをじっと見ていたので、一つあげると、上手に食べることができたのだった。
もうその時にはほとんど常食の物が食べられるようになっていたのだった。


冒頭の言葉を発したお医者さんがこのおばあさんを改めて見た時、いったいなんと言うだろうか。

たまたまだ。
治る時だったんじゃないか。
そういう事例もある。

いいぜ、好きに言っても。
自分たちの専門性の否定にも繋がりかねない事実を、安易に認めることはできないだろう。
その処方に全ての責任がのっかっていることもあるゆえ、無責任な発言はできないだろう。
その専門性に縋ることが、結局は自分の専門性を狭める結果になっているのに、目の前のおばあさんの生活と向き合わない限りは気づくことはできないだろう。


ただ一つだけだ。僕らが心に留めておきたい言葉は。

お医者さんの言うことが、絶対ではないぜ。

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