見出し画像

惚れっぽく冷めやすい

小学生時代から結婚するまで、色んな男性に恋してきた。
自分の思いが相手に通じて、目出度く両想いになった経験は残念ながら多くはない。大抵はフラれて、陰でこっそりと涙を拭うことになっていたのだが、『蓼食う虫も好きずき』と言う言葉の通り、機会こそ少なくても私の方から『フッた』ことだってあるにはある。

小学校三、四年の頃に好きだったU君は、当時あんな片田舎には珍しく、器械体操のクラブに所属しており、スポーツ万能だった。子供なのに、まるで体操選手のように鍛え上げた逞しい上腕二頭筋の持ち主で、体型は年齢にそぐわないほどの逆三角形だった。
体育の授業でやる跳び箱や床運動なんて、彼にとっては朝飯前だったに違いない。でもバカにすることなく真面目に取り組む姿は好印象で、私のハートはすっかり撃ち抜かれてしまったのである。
側転やバック転も軽々こなし、よく『お手本』の演技をさせられていた。そんな時も彼は終始にこやかで爽やかで、私はアイドルに憧れるような気持ちで、胸を焦がしていたのだった。

U君はあんまりお勉強の方は得意ではなかった。でも授業態度は真面目だったから、先生の印象は良かったと思う。
六年生になった時には生徒会長に立候補し、見事当選を果たした。当時私は開票作業を手伝ったと思うが、ダントツの得票数だったような記憶がある。きっと私みたいな女子が大勢いたんだろう。勿論、私だって彼に投票した一人である。

U君はいつも首の後ろを綺麗に刈り上げていたが、前髪は少し長めに残していた。マット運動の時など、その豊かな前髪がパラっと揺れて少し乱れるのが、私の恋心を更に刺激していたものだった。
ところがある日、その前髪が跡形もなく消えた。
U君は『坊主頭』になって表れたのである。

彼の笑顔も爽やかな振る舞いも、坊主にする前とは何ら変わりはない。
でも彼の青々とした頭を見た時、私の恋する心は一気に萎んでしまった。
可愛くはあったけどU君の器量は十人並みだったから、私にすれば急にアイドルが一般人になってしまったような気がした。
すると現金なもので、U君を見ても全くときめかなくなってしまった。

彼の容姿に惹かれたわけではなかったのに、なんでこうなったのかはよく分からない。しかし結局私の恋愛も、相手の『見た目』が大きな部分を占めていたのだろう。
丸坊主にしたって人格が変わるわけではないから、坊主頭のU君は相変わらず爽やかで、人当たりの良いハキハキした良い子だったが、もう私の心の琴線をかき乱すことはなくなった。
これも『失恋』なんだろう。

中学校一年生の時に、陸上部のH君という子を好きになったことがある。
およそ恋愛とは無縁な感じの、日焼けした小柄な子だった。彼は綺麗な目をしていて、小さな顔は涼やかな印象だった。
因みに彼は最初から坊主頭だった。校則の厳しい学校で、運動部の男子は全員丸刈り必須だったからである。だから目が慣れたのか、誰を見ても幻滅することなんてなかった。
特に告白はしなかったけど、私はきっと熱い視線を送っていたのだろう。なんとなく二人で話す機会が増えて、周りから冷やかされたりもしていた。
お付き合いといっても中一だから、その程度だった。

そんなある日のことである。
教室に入って来た先生がいきなり
「おい、H!見えとるぞ!」
と言って、H君の机に近寄ると立ててあった教科書を乱暴に持ち上げた。
「立て!」
先生はキツイ口調で言うと、H君の肩を軽く小突いた。
H君は気まずそうに黙って立ち上がった。彼の頬はまるでリスみたいにパンパンになっていた。
そう、彼は早弁をしていたのを見つかったのである。

早弁なんて、可愛い行為である。誰にも迷惑はかけない。
しかし、当時いた中学校は恐ろしく厳しかったので、H君は授業終了と同時に生徒指導室に連行されていった。

私は心配したか。答えは否である。
驚くべきことに、この時の私は彼の背中をとても冷ややかな気持ちで見送っていた。
立たされた彼のパンパンに膨らんだ頬袋が、私の恋心を瞬間冷却したのである。
その後、H君が話しかけてくれることはあったが、私はよそよそしい態度を取り続け、最終的には結局普通のクラスメートに戻ってしまった。
でも残念だとも思わなかったし、後悔もなかった。

惚れっぽく、冷めやすい女だったんだなあ、と思う。今となっては全て笑い話だ。
U君もH君も、今頃どうしているだろう。
時折思い出しては、一人含み笑いしている。






この記事が参加している募集