木の芽立ち
「あの、すいません」
昨日開店早々、レジに三十代くらいの一人の女性がやってきた。
「はい、いらっしゃいませ」
掃除用具を置いてレジカウンターに入った私は自分の目を疑った。その女性は見守る私の前で服を脱ぎ始めたのである。誰も見ていないか、思わずキョロヨロする。
「私ね、これが欲しいんです。ここに売ってるって聞いてきたので」
女性が満足そうに示してくれたのは自分の肌着だった。
「他のお店できいてみたんですけど、ここのだって言われてね」
確かに、引っ張り出してくれたタグはウチのオリジナルブランドのものである。それにしても目のやり場に困る。
「ありがとうございます。恐れ入りますが、肌着は二階のインナー売り場でお取り扱いしておりますので、お二階へお願いいたします。お尋ね頂きましたら、二階の社員がご案内いたしますので」
インナーのKさんすいません、と心の中で謝りながらお客様に告げる。
「え?このお店でしょ?」
「はい、ですがここは靴売り場でして」
「これ、ないの?」
「お二階でお取り扱いしております」
「一階にはない?」
「はい、申し訳ございません」
一回でわかってくれい、と思いつつ笑顔を作る。
お客様は渋々服を着なおして、こちらを振り返りながらエスカレーターに乗っていった。
ほっと胸をなでおろす。二階でもあれをやるのかなあ、と心配にはなったが、悪い意図はなさそうなので二階には連絡しなかった。
ここのところ、一人の万引き犯がしょっちゅうやって来る。店は対応に追われている。私達も写真で顔や服装をしっかり確認しているから、会えば一目でわかる。やってくるのは主に食品売り場らしい。食品担当の男性社員が現在彼がどの辺りにいるか、インカムで報告を入れているのが聞こえてくることもある。
かなり高齢の男性だ。防犯カメラに映る彼の服装はキチンとしており、上品な面差しである。そんなことをしそうな人にはとても見えない。その立派な服の内側に酒や寿司などを忍ばせるのだからタチが悪い。
この人が来ると店内に何度も
「私服警備員は巡回して下さい」
というアナウンスが聞こえよがしに流れることになっている。彼に万引きをさせないためだ。だからこれが聞こえると、私達はああ来とるなと思って少し警戒する。
店には私服警備員が二名、常駐している。よく巡回しているが、私も警備員だと気付くまでちょっとかかるくらい、お客様になりきっている。服装や髪型もよく変えていて、同じ人とは思えない格好をしていることもある。
万引き犯を発見すると、警官顔負けの強さで手首をつかんで警備員室に引っ張っていくらしい。たまたまその場に出くわしたSさんは「怖いですよ」と真顔で言っていた。
お二人とも元警察官のようである。この人たちが活躍する機会はない方が良いのだけれど、残念ながら年度末のこの時期はいつも特に多いそうだ。
先日はこんなインカムが入ってきた。
「警備さん警備さん。インカム取れますか」
「はい、警備です」
「三階のゲームコーナー前で、マスクなしの若い男性が数人、踊っています。喫煙している者も数名います。危険ですので注意して頂けますか」
「了解、すぐ向かいます」
どうしてスーパーの狭いゲームコーナーで踊るかな。近くには広い河原もある。そこの方が良いのにな、と思う。注目されたいなら地下鉄の構内だってあるのに。
館内は全面禁煙である。喫煙は穏やかではない。悪ふざけのつもりなのだろうか。成年でなければ、それも由々しき事態である。通報ものだ。
警備の方も気の毒だ。年配の方が多いのに、変に逆切れされてしまわないか、心配になってしまう。
小学生以上中学生未満、中学生以上高校生未満、と言った感じの初々しい子供さんとお母さんがローファーやリュックを品定めする様子は春を感じて、見ていてほのぼのする。あんな時期もあったなあ、と懐かしくもなる。
薄手のスカーフやUVカットの帽子をお求めになる方も増えてきた。
歓迎できないお客様も増える時期だが、店内は今春真っ盛りといったところである。