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旅立ち


まねきさんの訃報を知り
驚きと
後に悲しみと寂しさがじわじわ込み上げて
心ぐちゃぐちゃになっていました。

ようやく
落ち着いてきたので
降ってくること
湧いてくることを
書き出したくなりました。



残念です。
もっとたくさんお話し聞きたかったです。


私がNOTEを始めて程なく
コメントをいただきました。
それは、
当時、一番書きたい記事だったのですが、
その時に
まねきさんのプロフィールに触れ
御病気の身にあられることを
知りました。

私は長年、大学病院門前の薬局に
いましたので、
まねきさんと同様に移植後、
外来で治療されている方に
沢山お会いしてきましたので
どういう状態にいらっしゃるか
おおよそ想像がつきました。


体調の優れない日も多かったと
思います。
よい先生に巡り会われると
いいなと思ってました。


主治医がお亡くなりなった時
皆さん同様、心配しました。
「まねきさんの道はまだまだ続きますよ」
と伝えるのが私の精一杯。

その後、先生のために
立ちあがろうとされた時
「今はご自身の体を考えて。
まねきさんはそこに向いてはいけない」
これが届けばいいな。
そんな気持ちでコメントを送りました。

時にやんちゃで
時におじさんで
(まねきさん、ごめんなさい🤣🙏)
時に紳士で
時に、、、
人に対し、ある使命に対して
さまざまに方々に
熱く心を寄せていらっしゃいましたね。


私は「目に映ること、感じること、
そのなにかしらを表現してみたい」
そんな気持ちで
NOTEをはじめました。
ですので、
他の方々の記事を
あまり読んだことがありませんでしたし
どういう風にやればいいのか
わからないままはじめました。

冒頭の記事に
コメントを始めていただいた時、
「記事を紹介したい」と
ご連絡いただき、翌日の投稿で
触れていただきました。
うれしかったです。
うれしくてまねきさんのコメント欄に
いっぱい書きました。

ところが
紹介していただいたことを
自分のページでも書けばよかったのですが、
そのことを知らずにいて、
まねきさんに
「そろそろ自分の記事出ますか?」と
コメントにいただいたときも
なんのことかピンとこなくて、、、。
申し訳ないことをしました。
このことを改めて
お詫びしたかったのですが
できず仕舞いであったことが心残りです。

そのご紹介いただいた記事も
向田邦子さんに触れられた記事で
コメントを交わしたところも
もう一度読みたいのですが
その後、削除され、
残念ながら叶うことはできません。


ですので、
昨日、今日と
他にいただいた言葉を
振り返っていました。

本当は他にも沢山
聞きたいことがあったのに
コメント欄で公にするのは
憚れましたので
「いつか、」聞いてみよう
にしていました。


今となっては
「あとは自分で考えろ」
そして
「いつか、」をこれ以上増やさない。
そういう意味があるのだと
理解しています。


「その世界感を
表現できるのがあなたなんですよ」
この言葉、大切に持っていきます。




しかし!
それにしてもですよ!

突然、目の前に現れて
何か大きなもの「どん!」と置いて
そして猛ダッシュで去っていかれた。

台風なのか嵐なのか

実際に会ってもいないのに
その熱量をもって
驚きと喜びと
悲しさと寂しさを
さまざまな感情を
ぐるぐるかき回して行かれました。

なんだったのでしょう。
この出会いは!




そういえば
旅立たれた日
朝陽が
めちゃくちゃ綺麗だったんですよね。

それがメッセージなんだ
と今は思えます。

まねき様、
本当にありがとうございました。
心から感謝申し上げます。
これからも見ていてくださいね。

ご冥福をお祈りいたします。


まねきさんの旅立ちによせて




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