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『バベル』

執筆時BGM:Dr.レイシオの形而上学的入浴理論/HoYoFair・烏屋茶房


【前書き】

 どうも。趣味は入浴、哲学、スターレイル。
 自称・形而上学的作家の早河遼です。

『崩壊:スターレイル』というアプリゲームに「Dr.レイシオ」というキャラが登場するんです。古代ギリシャの哲学者的な風貌で、才知に恵まれながら己を「凡人だ」と卑下する、ビジュも性格もかっこいいキャラでして。

 そんな彼ですが、戦闘中のボイスの癖が滅茶苦茶強いんです。しかも周回が基本のゲームなので、繰り返しその台詞を聞く羽目になりまして。

 知識は尺度。誤謬を根絶する。零点だ。指導してやる。マイナスだ。誤謬を根絶。誤謬根絶。誤謬。誤謬。誤謬……。

 結果として生まれたのが本作『バベル』です。
 もう察した方も多いでしょう。ネタ回です。

 気を取り直しまして、この作品は大学のサークルで出している部誌の2024年度2月号に掲載してもらった作品です。今回も他作品同様に改稿なしでの掲載となります。

 本作でもちゃんと目標を掲げました。一部の場面である「縛り」を設けています。その内容は何なのか。是非読者の皆さんも考察しながらご覧下さい。

 それでは、It's 誤謬根絶!!


 「──誤謬を根絶する」

 開口一番、花崎教授は謎めいた台詞を堂々と放つ。

 文学部古語研究科。現地から調達したという大量の文字板に囲まれながら、教授室で生徒の論文を片手に珈琲を啜る──古の言語で日常生活を構築するその中年男は、一言で表すなら変態だった。

 純真たる文化の結晶を穢すものかと、教授室内の物質には己以外の手垢が付くことを許さない。文字盤は勿論、紙資料一枚たりともだ。自身も病的な程の潔癖症であり髭はおろか爪すら綺麗に磨がれている。素肌にも一切の傷痕がなく、仮にニキビが出来ようものなら風呂場で発狂する、なんて噂も立っていた。

 そんな彼の身の周りを不備のないよう管理するのが、助手である私の役目。今回のようにたわ言を宣うのも決して珍しいことではない。しかし、その瞳に宿る光の彩度が、明らかに普段の比じゃない。

「また何かに影響されたんですか? 先生」

 妙な予感を胸の奥底にしまい、私は普段通り呆れた素振りを見せる。

「駄目ですよ? 石版の世界と現実を混同しちゃ。先日だって急に悪霊が取り憑いたように廊下を走り回って、校長先生に怒られたじゃないですか」

「この世界は今、穢れた言語で満ちている」

 しかし先生は、己の固有結界の障壁により私の忠告を弾き飛ばしてしまう。正常時ならここで反論が入る。やはり今回は深刻度合いが違う。

「テレビの報道に耳を傾けてみよ。その平たい電子機器を開いてみよ。罵倒、嘲笑、嫉妬、かつて神聖だった筈の言語が人の醜い感情に塗り潰されている。これを危機と言わずして何と呼ぼうか」

「それは石版が彫られた当時の人間も大差ないのでは?」

「ええい、口答えするな! 小娘の分際で! 兎にも角にも俺は今この場で革命を宣言する。腐乱臭漂う世間に今こそ、神に代行し鉄槌を下してやるのだ」

 高笑いする花崎先生を目の前にし、私は盛大に溜息をつく。この人、賢いのは確かだが頭のネジが一つ抜け落ちているせいで頻繁にバグを起こすのだ。

「それで? 革命というのは具体的にどのような手段を以て実行するおつもりですか、神の代行者さん?」

「ふむ、良い質問だ。ちょうど先日、面白い『玩具』を手に入れてな」

 満足そうに微笑み、先生はズボンのポケットに手を突っ込む。しばらくその所作を観察していると、やがて中から彼は手の平サイズの懐中電灯を取り出す。銀色の筒の先端に嵌め込まれた群青の宝石。夜空よりも深く、魂を丸ごと吸い込んでしまいそうな程の闇を目にし、思わず全身が泡立った。

 まるで、比喩とか関係なく、宇宙をそのまま銀の筒に内包しているかのようで──。

「そんな得体の知れない物、何処で……」

「ああ? 近所にある骨董品屋だが」

 末恐ろしいな、先生の言う骨董品屋。

 そう思考を放棄しかけた矢先に、宇宙の縮図にも等しい宝石が私の目元に向けられる。事態の危うさを実感するのに、数秒の時間を要した。

「えっと、何を?」

「良い機会だ。貴様もこの革命の予行練習に付き合うがいい。普段の信頼も兼ねての任命だ。己の過去を称賛するがいいわ」

 瞬く間に悪寒が全身を駆け巡る。いくら不可抗力だったとはいえ、これほど過去の自分を恨んだことはない。踵を返そうと、後ろ脚を引いた。

「安心しろ、少し常識をいじくるだけだ。命に別状はないさ」

 が、時すでに遅しだった。

安堵に足らない戯言が鼓膜を揺らすのと同時に、視界が極彩色の光に包まれる。火花を散らす脳内。渦を巻く瞼の裏。車酔いの何倍も悪い気分に魘されているうちに私の意識は遥か彼方へと吹き飛んでしまった。

  ◇

 水底から引き揚げられたかのように、慌てて酸素を吸い込んだ。

 早鐘を打つ心臓。中々整わない呼吸。ぐるぐると回る頭脳を正常に近付けながら、周囲を見やる。全面が白で覆われた室内。背中を支える硬い感触。どうやら私は教授室のソファの上に寝かされていたらしい。

 今までの光景は全て夢だったのだろうか。そう考えかけて、すぐに首を振った。あれは全て本物の景色だ──目の裏でちかちかと瞬く鋭い痛みが、逃避したいはずの現実に引き戻してくる。

 背もたれに白衣がかかった赤いソファから、恐る恐る上体を起こす。すると、まるで機会を窺っていたかのように隣の教室から悲鳴が聞こえてきた。推し量るに、声の主は大人の男女二人だろうか。段々と嫌な予感が湧き上がり、慌てて部屋から飛び出した。

 そうして足を踏み入れた現場は混沌に満ち溢れていた。推測通り、先生と同年代と思しき男女二名が両手で頭を抱えながら床の上をのたうち回っていた。

……否、のたうち回るところまでは想定外だった。逆に大学の研究所で、大の大人が顔面蒼白で口からノイズを発しながら倒れているなど天才AI様でも想定できない事態だろう。

「おお。目覚めたか、助手。毎度の如くナイスタイミングだな」

 そんな二体の屍鬼に囲まれながら件の犯人──花崎教授が満面の笑みでこちらに手を振ってくる。この状況で笑顔を作れるとは、やはりこの男はサイコパスだ。

「君が寝ている合間に、改革は第二フェーズに移行している。神聖なる新たな世界を、我が親愛なる助手にも是非堪能してもらわねばな」

「そんな呑気に中二病ごっこしてる場合ですか! 人が倒れてるんですよ? 早く保健室に連れて行かないと」

「倒れてる? ああ、こいつらのことか」

 心底退屈そうに呟き、先生は足元の男の腕を、鳥の死体をどかす要領で軽く蹴った。

「君も随分とお人好しだな、罪人を危機から救う気になるとは。己のコミュニケーションツールすらまともに扱えない猿など、こうして床を転げ回っていた方が性に合っているではないか」

「罪人? 今、なんて」

「やれやれ、一度教えたことを二度も問おうとは。君でなければ今すぐぶん殴っていたところだ」

 盛大な嘆息と共に、先生はポケットの中から懐中電灯を取り出す。宇宙を内包した銀の筒。やっぱり夢じゃなかったのか。

「穢らわしい猿共への粛清──改革に向けた第二フェーズが始まったと先程告げたはずだ。かつて存在した規則は既に破られつつある。新たに定められた規則に従わない愚か者には、すぐさま神の鉄槌が下されるだろう」

「神の鉄槌だなんて……本気で新世界の神にでもなったおつもりで?」

「ふふ……ああ、強ち間違いではないさ。この懐中電灯が手元にあるうちはな」

 精一杯の目力を込めて睨んだつもりでも、流石に胸中の動揺は見逃せない。光を見た瞬間のあの妙な感覚、明らかに世界の平穏を覆す根拠になり得る。あの電灯、少なくとも先生の手中に収まっていい代物ではない。

「さて、今の俺は気分が良い。日光浴も兼ねて久方振りの散歩と洒落込もう。助手、お供しろ」

 男の屍を堂々と乗り越え、先生は白衣をかけ直し廊下へと歩を進める。渋々返事をしつつ、私は白衣のポケットへ落ちていく懐中電灯を密かに目で追った。もうこれ以上被害者が出ませんように、と恐らく無駄であろう祈りを脳内で復唱していた。


 昼時の中庭は、冬ながら温かい陽光と学生の喧騒でいっぱいになっていた。

 仲の良い友人と他愛のないことで笑い合う──そんな複雑に考えなければ決して難しくない光景に、私は遊歩道を進む傍らで羨望の眼差しを向けていた。

 思えば入学当初から今に至るまで、人との必要以上の接点を持たず孤独に勉学にのめり込んでいた。お陰で先生に一目置かれる程の知識を身につけられたが、代償として決して簡単には埋められない大きな穴が心臓を穿つ羽目になった。この空虚感と仄かな痛みは、恐らく一朝一夕では解決できない。

 ──おい、見ろよ。花崎先生だ。

 ひそひそと、囁き声が静寂の中ではっきりと響く。喧騒と静寂、両者の矛盾を咀嚼してようやく事態を理解した。此処に居る全員が先生の登場によって眉を顰めていたのだ。

「あの変わり者の教師か」

「今度は何を企んでいるんだろう」

「ねぇ聞いた? あの人、先日廊下で暴走して窓硝子割りかけたらしいよ?」

「関わったら最後、命の保証無くなるでしょ。見ないでおこう」

 やっぱり、花崎先生の悪名は学校全体に知れ渡ってしまういるらしい。何だかお気の毒というか、自業自得というか。まあ、周囲の反応を目の当たりにすれば流石に少しは考えを改めてくれるだろう。さすればこっちとしても願ったり叶ったりだ。

「やあやあ! 学生諸君ッ!」

 は、と思わず声に出そうになった。冷たい視線が一斉にこちらへと向けられる。耳にバナナでも入っているのか、花崎先生は生徒の陰口などお構いなしに声高に叫び始める。

「刮目するがいい! 我こそはこの新世界の新たな神となる男だ! 世界を蔓延る醜き言語を統一し、誤謬を根絶する! それこそが俺の──」

 もうやめてくれ。同行人の私の身にもなってくれ。いっそ羽交い締めにしてやろうかと画策しかけた、その時。

 すぐ目の前に、光の柱が落下してきた。

 光の柱……自分でも先生の中二病が移ったのかと疑いかねないがそう表現しざるを得ない。とにかく眩い高圧の光が、凄まじい轟音と共に先生めがけて落下した。全身が吹き飛びそうになる程の風圧。それらが蜃気楼の如く過ぎ去った先で、こんがり焼けた先生がクレーターの中心で直立しているのが見て取れた。

 が、それだけに留まらない。光の柱は二本目、三本目とあらゆる角度から絶え間なく「自称・神」めがけて降りかかる。着弾する度に響く音と衝撃。やがて、五本目の柱が消え去ったのと同時に、ぼろぼろの先生は沈黙の最中、ぱたりとその場に倒れ込んだ。

 一瞬の静寂の後、周囲は喧騒で溢れ、神もどきの傀儡に野次馬がたかり始める。

「ちょっ、何が起きたの? 雷?」

「んな馬鹿な、空は快晴だぞ? 急に『誤謬の根絶』とか言い出したかと思えば……」

「もしかして自爆テロ未遂? あたしたちが先生の悪口言ってたから?」

「ちょっとみんな! ぼさっとしてないで早く先生の安否を──」

 その時だった。

 ぴかっと頭上が閃いたかと思うと、再び光の柱が落下してくる。今度先生ではなく生徒めがけて、だ。先刻よりも細く狙撃に優れた形状の柱が、外すことなく的確に若い肉体を白で包み込んだ。

 が、妙だった。無差別に野次馬を焼き尽くすかと思いきや、明らかに特定の人物を狙った攻撃であることが窺えた。何なら或る人は三発も光柱を喰らっている。この奇怪な光、もしかして何か規則性があるのか。

「まずい、早く逃げないと!」

 あの青年は、無事に逃走できている。

「うん? この人……譫言を言ってるぞ。みんな良かった! あの光を喰らっても生きて──」

 また別の男に向かって三発、光が落ちた。
 安否を確認してくれたのに。不憫な男だ。

 ……そうだ、懐中電灯。懐中電灯はどうなった?

 はっとして黒焦げの先生に駆け寄り、ポケットに手を突っ込む。ごつごつとした固い感触。服が擦り切れる程の攻撃を受けたにも拘わらず、銀の筒には傷一つ付いていなかった。

 ふと、先程までの先生の行動を思い出す。第二フェーズに移行した改革。人のコミュニケーションに駄目出しする姿。

 今降り注いでいる光の柱が「神の鉄槌」で改革の第二段階とするのなら、教授室で大人を生ける屍と変えたのは目的の初期段階といったところか。とすれば、何らかの方法で罰則の厳密度と刑罰の出力を変えたのか。

 いや、その辺りの考察は正直意味を成さない。問題は光が降り注ぐ条件、もとい罰則の内容は何なのか。

 今までの行動を振り返るに、人々のコミュニケーションに何か制限を設けたのは間違いない。問題はその詳細だ。一体何を制限としたのか。無意識下で私が思考することすら回避している、罰則の内容とは。

 と、ここで一つ妙案を思いついた。

「あの、すみません」

 遜った態度で野次馬の一人、茶髪の青年に声をかけてみる。やけに冷たい視線が向けられた気がしたが、私の好奇心の前では些事に過ぎない。

「先生が爆発する前、何かぼやいていた気がするのですが上手く聞き取れなくて。もし聞こえてたら具体的な内容を教えてもらってもいいですか?」

「は? 何で急にそんなことを──」

「事件の詳細が解ると思ったので」

 身を乗り出し、私は相手の目をじっと見つめる。瞳孔の奥、脳の裏側すら見通す勢いで凝視する。流石に顔に浮かぶ疑念が晴れることはなかったが、何か得体の知れないものを感じたのか、観念して口を開いた。

「あんな声高に言ってたのに聞こえなかったのかよ。俺も正直記憶が曖昧だけど、たしか──」

 そう彼が顎に手を当てた、その時。

 私の予想が、確かに的中した。

 念のため一歩足を後ろに引いたところで、茶髪の真上から光が降り注いだ。背中の後ろで指を折り数えていたが、ビンゴだった。私がカウントした通り、光は二発落ちてきた。

 口から煙を吐きながらぱたりと倒れる黒焦げの青年を眺めながら、私は一人ほくそ笑む。罠かと疑うぐらい、予測が綺麗に的中した。頭の中で薔薇が咲き誇ったのかと思うほど、妙な爽快感が全身に行き渡る。

 さて、あとは解除法を探るだけだ。

 もう一度、手中に収まったライトに目を向ける。すると、まるでこの事態を待ち侘びたかのようにぶるっと筒が振動する。危うく手放しそうになったところで、不意に機械めいた音声がでかでかと発せられる。

『ピー、ピー……未登録の生体情報を受信。貴方様を新たなお客様として承認致します。ピー……』

 やけに流暢に喋る懐中電灯を前に一瞬だけ思考を放棄する。しかし「ああ、逆に意思を持つタイプならやりやすいかもな」と考えた途端、段々と情報の整理が追いついてくる。

「その、前の持ち主がやってた光を降らせる奴? って一体どうやるんですか?」

『光──その質問には返答しかねますが、願望をこの端末に設定し、別の誰かの眼球に光を当てればあら不思議! 貴方の望む理想の世界へ誘なうことができます』

 なるほど、そういう仕組みだったか。胸中に積もった不安が安堵へと切り替わるのを確かに実感できた。

『さて、では早速貴方の願望をお訊きしましょう。貴方が夢見るのは、どんな世界ですか?』

 そう問われてから、私は徐ろに目を瞑る。そんなの、この世界で先生と接触した瞬間から答えが決まっているものだ。今までの長くも短い時間を振り返り、再び瞼を開ける。

「──なら、私を夢から醒ましてよ」

 願い事を告げながら、その宇宙色の宝石を目と鼻の先に向ける。銀河の星々にも似た白い光の粒子が、内側で煌々と瞬いているのが見えた。

「超常的な事象を齎すあなたなら、大方の事情は察してくれるでしょう?」

 そう余韻に浸りながら、私は懐中電灯のスイッチを押した。同時に流れ出す極彩色の光を、今度は眼球の隅々まで至るよう意識し浴びた。

 やがて視界の全てが白で染まり、あの気色悪い感覚が胸中で回転する中で、私の肉体は世界の狭間へと落ちていった。

  ◇

 瞬く間に、脳が覚醒した。

「なんだ、もう目を醒ましたのか。この魔法具とやらも店主が豪語する程でもなかったわ」

 ちょうど私が寝ていた頭上から、憎らしくも懐かしい男の声が聞こえてくる。上体を起こし後ろを振り返る。そこでは椅子に腰掛けた花崎教授が忌々しげに懐中電灯を眺めていた。

「ふむ……対象を眠らせた時点で効力は本物か。しかしこうも簡単に覚醒されては俺の望む世界は遠い。やはり別の方法を検討するか……」

 そう一人でぶつぶつと言う彼を横目に、私は先程までの出来事を思い返す。ううむ、夢にしては記憶が鮮明すぎる。

 しかし、どうやら私の事前の考察とは少しだけ差異があったようだ。序盤でのたうち回っていた二人の大人。もしかしたら、あれは夢の中があまりにも鮮烈だったが故に狂気に陥った姿だったのかもしれない。まあ、元の世界に戻った今となっては無駄な考えなのかもしれないけれど。

 ……あれ、そういえば。

「光が、降ってこない」

 思わず呟くと、隣の花崎教授は「は?」と怪訝そうに眉をひそめる。ついさっきまで独り言をしていた人が取る態度ではないが、そんなことすら吹き飛ぶ程の爽快感が、腹の底から湧き上がってくる。

 ああ、今すっごく叫びたい気分。

「わー! バナナの謎のなぞなぞなど謎なのだけれどバナナの謎はまだ謎なのだぞ! バナナの謎のなぞなぞなど謎なのだけれどバナナの謎はまだ謎なのだぞ!」

「おま、何だ急に! 光の副作用か?」

 適当な早口言葉を捲し立ててから、私は寝ていたソファから飛び降り、先生の持つ懐中電灯を力任せに奪い取る。

 そうしてそれを床に叩きつけると、今まで彼に振り回された鬱憤の全てを込めて、思い切り踏み潰した。背後で悲鳴が上がる中で見向きもせず、何度も、執拗に踏み続けた。彼の言葉を代用するなら、この足は私の怒りの鉄槌だ。

「──ふう、すっきりした」

 最初の硬い感触も、幾度となく続いた猛攻によりさらさらと砂利のようなものに変わっていた。唖然とする先生を煽る感覚で、私は恍惚に満ちているであろう表情を彼に向けた。

「先生の『改革』とやらもまだまだですね。だって貴方自身も罠に引っかかってましたもの」

 まあ、あれは半ば興奮のあまり口走ったものだろうけど、正直詰めの甘い彼ならやりかねない。

「もう少しシンプルにいきましょうよ。まさか『言偏を含む全ての言語を縛る』なんて。変に凝った罰則にしちゃうと、いつか自分の仕掛けた地雷で爆死しちゃいますよ?」

了 

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