『ニンフェット』
【前書き】
皆さん、こんにちは。早河遼です。
本作は大学のサークルで出している部誌の2022年度8月号に掲載してもらった作品です。今回も他作品同様に改稿なしでの掲載となります。
二作品前の『バルーン』から始まった大学部誌作品投稿企画ですが、本作は投稿予定の作品の中で一番書くのが楽しかった作品でもあります。
何故かって? 答えは簡単。早河作品史上、最も性癖をぶち込んだ作品だからです(怒られろ)
内容は純真無垢な少女が同居してる歳上の彼氏とイチャイチャする話です(ハート)
それではお楽しみください!
今日は空も青くて、いい天気。
小鳥のさえずりと同時に、一日が始まった。自分にはまだ広いベッドの上で伸びをして、愛するあなたのもとへと向かう。わたしより十才も年上のあなたは、今日もぼんやりと窓の景色を見つめていた。
愛する人のとなりに座って、今日の予定を考える。それがわたしのルーティーン。今日はおふとんのシーツを干そうかしら。干し終わったら、家の近くを散歩するのもよさそう。ねぇ、あなたもそう思わない?
……まただんまりしてる。あなたはいつもそう。晴れてる日も部屋にこもって、ボーっとしてる。たしかに人によって好き嫌いはあるけど、たまには運動しないと体に悪いわよ?
もう、しょうがないんだから。
大好きなあなたの体を、わたしはぎゅっと抱きしめる。あなたはこの世の誰よりも、優しい。だって、まだ十才なわたしとの無謀にも等しい結婚を、快く受け入れてくれたのだから。他の人だったらきっと、周りの目を気にして断ることでしょう。
細身で、骨が少し浮き出ているあなたの体は、ひんやりとしていて心地いい。知ってる? 昔おばあちゃんが言ってたんだけど、体が冷たい人って心が温かいんだって。あれ、それは手だったっけ。まあ、いっか。あなたの心が温かいことには変わりないんだから。
それじゃあ、今日もパパっと家事を終わらせてくるわね。終わったら、また二人の時間を過ごしましょ。本当に今日も外に出ないの? ……無視されちゃった。きっと起きたばっかりで機嫌が悪いのだわ。じゃあ、今日もお留守番よろしくね?
いってきます。
わたしは元気にそう言って、木でできた我が家を後にする。森を抜けた先にある町へ、買い物に行くために。
ただいま!
ちゃんとお留守番できた? 今日はね、あなたが大好きなたまごサンドを買ってきたの。一緒に食べない? えっ、食べないの? さすがにごはんは食べないと。だからそんなにやせっぽっちになっちゃうのよ。
もう、しょうがないなぁ。そうぼやきながら、わたしはあなたのとなりに座って、カゴから取り出したたまごサンドを頬張った。うん、おいしい。おいしすぎて、足まで動いてしまう。
ちょっとお買い物に時間かかっちゃったけど、お日さまはまだ出ているから、シーツも干せそう。そのあとはどうしよう。お散歩は結局、さっき買い物に向かってた時に満足しちゃった。どうしよう。これでやることが一つ減っちゃった。
……そういえば、あなたの誕生日っていつだったっけ。
愛人の膝の上に乗っかって、わたしは問うた。何も答えてくれない。まだ機嫌が悪いのかしら。それとも……照れてるかな?
あ、そうだ。いいこと思いついた。
このさい、今日のうちに誕生日を済ませちゃいましょうか。たっくさんのロウソクを灯して、大きなケーキを二人で囲むの。適当に決めないで、って怒るでしょうけど、しょうがないじゃない。あなたが恥ずかしがって答えてくれないんだから。もうわたしが決めちゃったんだから、絶対にやるからね?
さ、そうと決まれば早く準備しちゃいましょう。シーツは……もういいわ。シーツ干してたら、誕生日パーティができなくなっちゃう。えっと、ロウソクは棚にあるものを使うでしょ? ケーキは……どうしようかな。また町まで行って買ってこようかな。
だいたいの計画を組み終えて、わたしは立ち上がる。その直後、愛人の重大な変化に気づき、鼻をつまんだ。
……あなた、また匂ってきてる。また一緒に、お風呂入らないとね。
……本当にごめんなさい。
ロウソクを灯した暗い部屋の中で、わたしはあなたと向き合って頭を下げた。
ケーキ……高くて買えなかった。あれ買ったら、明日以降何も食べられなくなっちゃう。きっと楽しみにしてたでしょう? 本当にごめんなさい。
ちらっと様子を窺ったけど、あなたは不平不満を言わなかった。本当に優しい人。わたしを悲しませないように、気を遣ってくれている。そういうところがもう……大好き。
ロウソクの円を超えて、わたしは思い切り抱きついた。あなたの体が折れてしまうんじゃないかって思うほど、強く抱きしめた。それぐらい、わたしの愛情がいっぱいに膨れ上がっていた。
好き。好き。大好き。愛してる。
あなたとだったら、どこまでも行ける。たとえ火の中水の中、地獄にだってもぐっていける。それでお互いを支え合うの。あなたは優しいからわたしのことを守ってくれるんでしょうけど、わたしにも、あなたを守らせてほしいの。
くふふ、くふふふ……。
幸せのあまり、つい変な笑い声が出てしまう。一生この日常が続けばいいのに。あ、待って。やっぱり合間にお休みをはさんでほしいな。そうしないと、あなたへの愛おしさでおかしくなって、死にそうになると思うの。
そうね、だから今日はお誕生日というより、誓いの日ね。これからもずっと一緒にいることを神様に誓うの。すっごくロマンチックだと思わない? ……やっぱり答えないのね。つまんないの。こういう時に恥ずかしがってたら、いざという時にわたしを守れないよ?
二人で話していたら、だんだんと眠くなってきて、大きなあくびをしてしまう。もうちょっと誓いの会を続けていたいのに。ホント、わたしの体の不便さがイヤになってくる。
残念だけど、そろそろ寝ましょうか。
あなたが望むのなら、明日また続きをやりましょう?
わたしはロウソクの火を一本一本、息を吹きかけて消してから、あなたの肩に寄りかかる。そして、ひんやりとした温度を感じながら、目を閉じた。明日もきっといい日になる、そう信じて。
ドンドンドン。
乱暴にドアを叩く音に驚いて、わたしは飛び起きた。
なに? 何なの? せっかくいい夢を見ていたのに台無しじゃない。文句言ってやる。
地団駄を踏みながら、玄関に向かう。ノックと同じぐらいドアを乱暴に開けると、そこには二人のお巡りさんが立っていた。
「あれ、お嬢さん一人? お父さんとお母さんは?」
思わず、キョトンとしてしまう。けど、徐々に頭の中の整理が進んで、ようやくいつもと様子が違うことに気づいた。
どうして、お巡りさんが家の前にいるの?
……ううん。一回落ち着こう。考えるのはあと。
とりあえず、ちゃんと質問に答えよう。そうすればきっと怪しまれないはず。
「お父さんとお母さんは……いません」
正直にそう言うと、お巡りさんは困った様子でお互いに顔を見合わせた。どうしたんだろう。何か不都合なことでも言ったかしら。
「どうしよう。困ったなぁ。実は、お宅に一つ用事があってね」
「用事? 用事ってなに?」
「えーっと、実はね……」
少し戸惑い気味に、お巡りさんは言う。
「……実はね、この辺りで一家全員が殺害される事件があってね……」
「…………っ」
「ショックだよね。それでね、犯人がこの辺りに逃げ込んだ可能性があるから、いろんなところを調べてるの。……お嬢さんのお家も調べたいんだけど、いいかな?」
言ってることの意味が、わからない。
お巡りさんは何やら紙を取り出して、改めて説明をし直すけど、内容が全然入ってこない。どうしよう。このままだと……。
わたしの幸せな日々が、終わっちゃう……!
「とりあえず、中に入るねぇ」
家の中に入ろうとするお巡りさん。その腕を、わたしは必死になってつかんだ。
「えっ、ちょっと……」
「……入らないで、ください」
自分でも驚くぐらい冷たい声で、わたしは言った。
「ここはわたしと夫の愛の園なんです。ですので、そんな汚い足で入らないでください」
「ちょっ、離して……って夫⁈ お嬢さん、明らかに未成年だよね?」
「このさい年齢とか関係ありません! いまはあなたたちが、わたしの許可なしで家の中に入ろうとしていることのほうが問題なんです!」
「君はさっきから何を言って……すまん! 俺の代わりに見て来てもらえない?」
「ああっ! だめぇ!」
奥に行こうとするもう一人のお巡りさんの後を、わたしはあわてて追いかける。どうしよう……向こうには愛する夫がまだ寝ている。わたしのせいで、あなたが……。
お願い、逃げてっ……!
「うわああああっ!」
わたしが追いつくのと同時に、お巡りさんが叫んだ。
ど、どど、どうしよう……! わたしはお巡りさんの服の裾を引っ張りながら、あなたの様子を確認する。
…………あなた?
「ど、どうしたんだ!」
「た、大変です! こんなところに……」
顔を真っ青にして、お巡りさんが叫んだ。
「死体が……男の死体がありました!」
※
それは、凄惨たる有り様だった。
木造の一軒家の居間に座らされた青年の死体は、生気を失った瞳孔で虚空を見つめていた。死因は恐らく失血死だろう。上半身に刻まれた計十か所もの刺し傷がそれを証明していた。
腐敗がかなり進行しているのか、身体からは悪臭が漂っていた。皮膚も一部損傷している。だが、一つ不可解な点があった。何故か腐乱臭に混ざって、香水や消臭剤の香りがするのだ。何者かが死体を隠蔽するために消臭を試みた可能性がある。
それにしても、と警官の一人が居間を見渡した。青年が座る目の先に、何本もの蠟燭が円形に置かれていた。その中心には、何も添えられていない大きめの白い皿が置かれていた。何かの儀式の準備だろうか。皿の上には何を置くつもりだったのだろうか。
例の殺人事件の手がかりは掴めなかった。だが、新たな事件の糸口は収集できた。もしかしたら両者に何かしらの関連性があるかもしれない。いずれにせよ、本部に報告せねば。そう結論付けた警官は、トランシーバーに手をかける。
その直後。背後から、鋭い視線を感じた。
勘付いたのも束の間、警官の後頭部を強い衝撃と激痛が襲う。降下する視界の中で、己の不注意を後悔した。詰めが、甘かった。
単純な話だった。少女は先程「わたしと夫の花園」と言っていた。それに、この家の中にはつい先程まで、少女と青年の死体しかなかった。彼女が事件に何かしら関与していることは、熟考せずとも判ることだ。
青年を殺したのは……あの少女か。
事件の真相に気づきつつあったものの、時すでに遅し。警官は薄れゆく意識の中で、少女の悍しい両目を視界に収めた。どくどくと、後頭部から命の源が溢れ出ていくのを最後に実感した。
まずは、ひとり。
居間に転がっていたパールで警官の頭を思い切り殴打した少女は、へへっと乾いた笑みを浮かべる。そして、とどめに包丁で喉元を引き裂いた。鮮血が噴水の如く吹き上がり、少女の白い肌を紅に染めた。
……悪魔だ。
一部始終を呆然と見届けていたもう一人の警官は、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。近所の交番に初めて採用されてから未だ数カ月。未熟な上に臆病な彼には、反撃するどころか逃げる勇気すら残っていなかった。
その弱みを、少女は一発で見抜いた。一歩、また一歩と警官に歩み寄り、壁に追い込む。そして、どうしようかと固まっている彼に子犬の如く跳びかかり、胸を密着させた。無論、包丁を突き立てて、だ。
「ぎゃ…………っ!」
鈍い悲鳴を上げ、吐血した警官はその場に倒れ込む。残念ながら刺したところは心臓ではない。苦しそうに傷口を抑えているが、警官はまだ生きていた。
……じれったいなぁ。
そう溜息を吐いた少女は、悶えている獲物の下半身に跨り、自分の両足で挟んで固定した。そして、まるでもぐら叩きを遊ぶ要領で、ザクザクと乱雑に上半身を刺し続けた。相手が動かなくなるまで、そして血の噴水が止まるまで、延々と。
※
……ああ、つかれたなぁ。
本当に勘弁してほしい。お巡りさんはきっと知らないんだろうけど、人を殺すときってすごく体力がいるんだよ? 一晩寝込んじゃうぐらい、つかれちゃう。ホントにもう、空気が読めない人たち。わたしの夫と大違いだわ。
……そうだ。
あなたは? あなたは大丈夫?
わたしはあわてて、愛する人のもとに向かう。お巡りさんが無理矢理運ぼうとしたから、せっかく座ってたのに倒されていた。かわいそうなあなた。一人で立ち上がることすら、ままならないっていうのに。
けがとかは大丈夫かな。……あらら。少しすりむいちゃってる。皮膚がはがれて、骨が見えていた。あとでぬわないと。痛いかもしれないけど、その時は我慢しててね?
でも……無事でよかった。
わたしはぎゅっと、あなたを抱きしめた。全身血だらけでごめんね。汚れちゃうよね。でも、大丈夫か。服は洗えばいいし、また一緒にお風呂に入れば解決だよね。
あなたの心地いい体温を感じながら、少し不安になった。最初、お巡りさんは言っていた。一家全員が殺害される事件が発生したって。
……ついに、バレちゃったか。
バレないように、ちゃんと隠したはずなのに。だってしょうがないじゃん。わたしが結婚するって言っても、みんな認めてくれなかったんだから。愛の障害は自分で越えていかないと。あなたもそう思うでしょう?
そういえば、あなたも一回だけ、わたしの言うことを聞いてくれなかったときがあったよね。内容は……もうずいぶん昔のことだから忘れちゃった。でも、そのときは二人で『じゃれ合って』、解決したよね。それからは、ちゃんとわたしのお願いを聞いてくれるようになったよね。本当に優しい人。大好き。
……この幸せな日々はいつまで続くんだろう。
永遠に続くと思ってた。だけど、今日お巡りさんが来てから、気づいてしまった。わたしたちの日常にも、ちゃんと終わりが存在するって。
またお巡りさんが来たら、わたしが守ってあげる。けど、それにも限界がある。だから、お願い。それまで一緒にいるって、約束して。
もうっ。また恥ずかしがって。そこは男らしく「約束する」って言うところでしょう? ホント意気地なし。だけど……あなたっぽいな。
……何だか、眠くなってきたや。
まだお昼なのに。二人でやりたいこと、たくさんあるのに。それもこれも、全部お巡りさんのせいだ。これだから、あなた以外の人間みんなきらいなのよ。みんなイジワルで、空気が読めないから。
でも、たまにはいっか。
今日は二人で仲良く、お昼寝しよっか。
ちょっと待っててね。いま毛布もってくるから。
リビングのど真ん中。消えたロウソクも棚にかたづけないまま、わたしはあなたと同じ毛布に入って、目をつむった。
照れ屋なあなたと水着に着替えて、手をつないで海にいく。そんな幸せな夢を見た。
【後書き】
はーい、皆さんお疲れ様でしたぁ。
えっ? どうしたんですかそんな目で見つめて。はい? 最初と言ってる事が違う? やだなぁ、そんなわけないじゃないですか。それならもう一度、ご一緒に復唱してみましょう。
「内容は純真無垢(だけど闇を抱えたヤンデレ)な少女が(反抗しないよう殺した状態で)同居してる歳上の彼氏とイチャイチャする話です(ハート)」
ね? 一言たりとも間違えていないでしょう?
純真無垢だけど闇を抱えた女の子ってギャップ萌えするよね(引っ叩かれろ)
まぁそんな事はさておき、前作『仲直り機』の前書きで「部誌作品は何らかの目標や挑戦を掲げて書いている」と説明したと思いますが、『ニンフェット』も例外ではありません。
今作は「信用できない語り手」の練習を目的として書いたりしています。ただうちの大学の部誌って中々読まれないので感想を貰える事が少なく……成功しているか否か解らない状態なわけですが。
ですので、もし良ければ感想として教えて頂けると幸いです。今後の執筆活動の糧となるので。
それでは、またの機会に。