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【感想】NHK 歴史探偵「歴史探偵 どうする家康コラボスペシャル」を視聴しました

2023年1月1日(日)22:00~22:58、NHK 歴史探偵「歴史探偵 どうする家康コラボスペシャル」を視聴しました。

<始まる前に>
明けましておめでとうございます。
新年スタートは歴史探偵スペシャルです。

<NHKのあらすじ>
大河ドラマどうする家康と歴史探偵がスペシャルコラボ!
松本潤さんが探偵事務所に登場し、家康の3大危機について語り尽くす。
家臣たちの裏切りに直面した「三河一向一揆」。
武田信玄に討ち死に寸前まで追い詰められた「三方ヶ原の戦い」。そして、決死の逃避行「伊賀越え」。
家康はどうやって“3つのどうする”を乗り越えたのか、最新研究を織り交ぜながら徹底調査する。
歴史探偵を見れば、大河ドラマがずっと面白くなる!

■歴史探偵✕どうする家康 コラボスペシャル

■スタジオで
主演の松本潤さん登場。
スタジオには撮影で着ている金陀美具足(きんだみぐそく)を展示。
今日のテーマは家康の三大危機です。
1. 22歳 家臣の裏切り
2. 31歳 最強武将との戦い
3. 41歳 命をかけた大脱出
松本さん「特にこの3つが大ピンチでした」

■最初のどうする 家康のルーツ三河・岡崎

・安藤弥さん
産湯に使われた井戸です。
織田、今川など強大な大名に囲まれていました。
1560年家康19歳のとき、桶狭間の戦いが起きます。
家康は三河に戻ることができたのです。
今川家との戦いを始めますが、戦費が不足し始め、ある場所に目をつけます。
本證寺(岡崎市)へ
・小山興圓さん
寺内町の領域は税が免除され、膨大な兵糧を蓄えていてのが逆に一揆を起こします。
本多正信が家康を裏切ったのです。
『藩翰譜』「阿弥陀如来の大恩は未来永劫尽きることはない」
主君よりも信仰を選ぶものが続出したのでした。
門徒武士が多数存在し家康と戦う展開になったのです。

■一向一揆と家臣の裏切り
家康は家臣と戦う事を決めたのです。
裏切った家臣の心情が
『三河物語』一揆側についた蜂屋半之丞は「蜂屋は後ろも見ずに逃げた」
逡巡があったのです。
一向一揆を鎮圧、ピンチを乗り越え、裏切った家臣への処遇
「家康十六将像」家康16人の忠臣の中に、蜂屋の姿が描かれています。

■スタジオで
河合先生「違う武将も武装蜂起し、俺につくのか敵につくのかふるいに掛けたのかもしれません」
次は、チーム家康の家臣団についてです。
徳川四天王の一人、榊原康政役の杉野遥亮さん登場です。
十六将像に描かれた徳川四天王です。
酒井忠次(大森南朋)、井伊直政(板垣李光人)、本多忠勝(山田裕貴)、そして榊原康政(杉野遥亮)

■大河ドラマに潜入調査
撮影されていたのは瀬名役(築山殿)の有村架純さんとのシーンです。
美術チーム
・山田崇臣さん
リアルな三河を絵で再現。
・三浦正幸さん(建築考証)
「貧しさに耐えて力を貯めていたのが三河武士です。石垣ではなく土手で岡崎城を築いています」
・山田さん
信長の尾張(津島湊)は家康と価値観の合わない国、ドラマ的に誇張表現し空は晴れません。
文化・イデオロギーまで表現しようとしています。

■クイズ 好き?嫌い?どうなの家康

■スタジオで
クイズコーナー
ガラス瓶、鉛筆、眼鏡、季節外れの桃、豪華な便器
家康が嫌ったものは?
杉野遥亮さん「鉛筆、外道と思うんじゃないの?」
松本さん「不正解」
河合先生「日本最古じゃないかというメキシコ産の黒鉛を使っています」
正解は季節外れの桃と豪華な便器でした。
用を足すのに豪華な便器は必要ない。

■第2のどうする 戦国最強武将との戦い

浜松城へ
永禄12年(1569年)遠江の浜松城に拠点を移しますが、武田信玄との争いを起こします。
武田信玄役の阿部寛さんが圧倒的な存在感で家康の前に立ちはだかります。
元亀3年(1573年)ついに武田信玄が挙兵
・平山優さん(時代考証担当)
二俣城へ
城の麓を流れるのは天竜川、難攻不落の城を信玄はどう攻めたのか?
城内には井戸がなく、川から水を汲み上げていました。
大量のイカダを作り、川の上流から一気に流れて井戸を壊します。
信玄は領地を諜報員を使い、徹底的に調べ上げていました。
三方ヶ原の戦いが始まります。
武田軍2万、家康軍1万1千、通説では挑発に乗った家康軍が敗退。
しかし、2度目の方向転換で信玄は浜名湖を目指していたのです。
かつて浜名湖だった渡船場の跡へ
兵糧は三河から運び込んでいたため、浜松城は干上がってしまいます。
どうする家康!?
信玄相手に勝ち目のない戦を挑むしかありませんでした。
結果は徳川軍の惨敗、武田軍の追撃が迫ります。
武田軍に挑んだ家臣たちはその後、1000人もの家臣が命を落としました。

■スタジオで
佐藤所長「信玄がいる限りピンチは続くのでは?」
河合先生「数カ月後に信玄は死んでしまいました」

■家康を支えた名将 徳川四天王
井伊直政の赤備え、榊原康政の甲冑が登場

■第3のどうする 伊賀越え 命がけの逃避行

本能寺へ
・簗瀬城諒さん
実は家康はこの畿内にいました。
信長は家康を堺に観光に行ってください、と観光見物に行かせたのです。
家康のお供は34人、敵に見つからず三河に帰り着くのが伊賀越えです。
近年、新しいルートが浮上。
・藤田達生さん
『和田定教宛家康起請文写』家康の感謝状です。
伊賀を北に迂回するルートが見えてきます。
天正伊賀の乱で信長は伊賀の住民を虐殺していて、家康も憎き敵。
和田城は家康が感謝状を送った場所です。
35人目の男が重要な役割を果たしたと考えられています。
それが堺で観光案内を務めていた長谷川秀一です。
領主と顔が通じているのが長谷川秀一でした。
しかし、柘植に至るルートは危険な伊賀を通らざるを得ません。
・谷和幸さん
和田氏への感謝状で人質に出してくれたおかげ、つまり、案内人の役を担ったのです。
徳永寺へ
家康が立ち寄り、葵の紋の使用を許されたと伝わっています。
そしてついに海岸に到着、ここから船で34人全員が三河に渡ります。

■スタジオで
松本さん「人の縁、生かされている感じ」
杉野さん「人柄に吸い寄せられて、その人のためになにかしたい」
河合先生「伊賀越えのルートには、3つか4つ説があります」
佐藤所長「大河ドラマでどのルートを選ぶのか」

ーーーおわりーーー

次回は「戦略家 今川義元」1月4日(水)放送です。

■感想

まだ始まっていないのでなんとも言えないのですが、「どうする家康」が楽しみですね。
3大危機を乗り越えて天下をとったけど、ラッキーだけでは無い、何かが他の武将と違った、そこをどう描くのか気にしながら見ることにします。
結果論だけど、最終的には長寿だったことが大きいですよね。
武田信玄、豊臣秀吉、上杉謙信も、もう少し長寿だったらどうなっていたんでしょうか。
また、家康が5年早く亡くなっていたらどうなったんでしょう。
そして、幼少期の人質経験などで苦労を積み、経営者としての思考が養われことも大きいのではないでしょうか。
百姓出身の秀吉との違いは、ワンマン殿下と部下に任せる組織力の差であり、大名経営力の差と言えます。
今日は「どうする家康」の番宣にハマりましたが、素直に1月8日の放送が待ち遠しいです。

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