【感想】NHK 歴史探偵「黄金の国ジパングを探せ!」を視聴しました
2022年1月5日(水)22:30~23:15、NHKの歴史番組「歴史探偵『黄金の国ジパングを探せ!』」を視聴しました。
■プロローグ
700年前マルコポーロの東方見聞録に登場する黄金の国ジパングは本当に日本のことなんでしょうか?
■スタジオで
佐藤所長「鎌倉殿の13人もよろしくおねがいします」
東方見聞録にこう書かれていました。
”その国の民は誰もが莫大な黄金を所有している。
国王の宮殿はみな純金でつくられ
床もすべて指ニ本幅の厚さの純金で敷きつめられている”
ただ、マルコポーロは日本に来たことはないんです。
あだ名は「ほらふきマルコ」
■岩手県
盛岡市の報恩寺に黄金の国の手がかりがあるそうです。
金色の仏像がいっぱい並んでいます。
その数499体、五百羅漢といわれています。
・学芸員の福島茜さん
この仏像の中にマルコポーロがいます。
洋服に見える独特の衣装とひげと帽子が似ています。
その隣の仏像はフビライ・ハンといわれています。
ベネチア生れのマルコポーロはアジアに向けて旅立ちます。
17年間フビライに仕え、中国、東南アジアを旅して情報収集し、東方見聞録をまとめました。
実は、当初は別の人として作られていたのでした。
なんの関係もなかったということです。
実は、黄金の宮殿のモデルになったというところが宮城県にあるのです。
そうです。中尊寺金色堂です。
■中尊寺金色堂
東方見聞録が記されたのは金色堂建立後170年あまり後のこと、マルコポーロが金色堂の情報を得ていたことは十分考えられます。
屋根は茶色っぽく、金ではなさそう。
なんと創建当初、屋根は金で覆われていたのです。
創建当初は金箔を塗っていた可能性もあるのです。
金の専門家である鉱山とか鉱脈の研究家の証言が残っているのです。
”木瓦の隆起した部分にわずかに金が残っていた”
であれば、この地には莫大な黄金があったはず。
■気仙沼市・鹿折金山跡
怪物金(ナゲットモンスター)が出た、と看板に書いてあります。
2.25kgの巨大な金塊があるそうです。
■つくば市・地質標本館へ
ちっちゃくないですか?手のひらサイズですよね。
今は362gですが当時は6倍あったそうです。
なぜ他は失われたのか?
明治37年(1904年)怪物金は現れ、セントルイス万国博覧会に出品されることに。
ナゲットモンスターとして世界中の人に大いに驚かされました。
その後、一部を残して行方不明になりました。
東北では巨大な金が数多くとれていたそうです。
”例の金に似ず粒はなはだ大”
北上山地には無数に存在、数千箇所ののぼったそうです。
■スタジオで
目の前にナゲットモンスターが登場、本来の姿を再現してみました。
佐藤所長「すごい大きさだし、重い!」
岩と金が一体化していますが80%の含有率です。
なぜ大きな金が採れるのか?
■南三陸町
・永広昌之さん
アンモナイトや、魚竜という2億5千年前の生き物の化石が見つかります。
これほど古い化石は世界的に見ても珍しい場所です。
金は地下深くでできるほど大きくなりやすいそうです。
■スタジオで
佐藤所長「ジパングはジャパン?」
四日市康博先生「中国の漢語の音でジーパンギ」
「イスラムや中国の商人が日本との貿易で情報を得ていたのです」
「イスラムで黄金の国伝説としてワークワークといっていました」
「倭国がワークになったという説があります」
ジパングの有力な候補地を見つけてきました。
■タイ王国
・クンさん
ジパングを東南アジアとする説がたびたび提唱されていました。
タイは香辛料と黄金が豊富にあります。
タイで最も美しいと言われてる仏像です。
タイ人にとっても金が大切だと分かる場所があります。
金箔を仏像に貼ることは善い行いだとされているのです。
黄金の国ジパングはタイだったのでしょうか?
・井澤英二さん
13世紀後半、タイにはあまり金が出なかったのです。
タイの金は中国から輸入されたものでした。
中国はどこから手に入れていたのでしょうか?
歴史書・宋史に「奥州産の黄金」と書かれています。
推定年間370kgなんと世界生産量の15%に及びます。
■スタジオで
四日市先生「寧波の貿易品リストに倭金とありブランド品だったのです」
カンボジアのアンコールワットにも金がつかわれていたのではないかと言われています。
日本の金が、世界の歴史を動かしていたのです。
■志摩スペイン村へ
スペインの歴史を学べるハビエル城博物館に、ジパングに関する重要な展示があるのです。
コロンブス、15世紀頃、サンタマリア号
クリストファー・コロンブス(1451年~1506年)
1492年スペインを出発したコロンブスはカリブ海にたどり着きました。
コロンブスが「東方見聞録」を愛読していたのです。
余白にはコロンブスの書き込みまであります。
ラテン語で書かれています。
”アウルム・イン・コピア・マクシア”
金が途方もなくたくさんある、と書いてあります。
目的が日本の金にあったことを示唆していると思います。
上陸した地の近くにジパングがあるはずだと確信していました。
当時認識されていた世界の姿を見ることができるのが「マルティン・ベハイム地球儀」です。
ジパングが大量の金を算出すると書かれています。
現代の地球儀と重ねてみると、なんと、アメリカ大陸と一致。
黄金の国ジパングをを追い求めてアメリカ大陸に到達していたのでした。
ーーーおわりーーー
次回は「武士の都・鎌倉」1月12日放送です。
■感想
コロンブスが本当にジパングを探した結果アメリカ大陸にたどり着いたのかどうかは不明ですが、東方見聞録を持参していたことは間違いないので、興味深いですね。
フビライ・ハンのもとに長い期間滞在し、元から日本の情報を得ていたのでしょう。
東方見聞録によると、「ジパングは、マンジ(中国中南部)の東方1500マイルの島国で、莫大な金を産出し、宮殿や民家の屋根は黄金でできているなど、財宝に溢れている。また、ジパングに住むものは、偶像崇拝者で、色が白く外見がよい。また、礼儀正しく穏やかである。葬儀は火葬か土葬であり、火葬の場合は死者の口の中に真珠を含ませる習慣がある。」と書かれています。こちらは日本の歴史アップデートに書いています。
これを読むとジパング=日本、とひと目でわかります。
それと、東北地方が金の一大産出地だった、というのは初めて知りました。
ブラタモリでやるのかな?