エチュード 谷間の人々15.
私はアルミのカップの半分強にウイスキーをも満たし、あおるように飲み干した。そうせずにいられない強い高ぶりが胸奥から立ち昇って来たから。これは先祖と関係することであったのか。自分の根源を白日にさらされたような驚きと畏怖、甘酸っぱく深くて強い懐かしさ、心強さがあった。無意味で頼るものも無い日々を過ごしてきた私が、その時、強力な推進力を持つものに連結されたことを感じていた。東京に暮らしはじめて20年が過ぎていた。いくつかの時代が自分の中に過ぎてゆき、堅い地層を形成し、さらに地層が重なるような日々のうちに、また春が来ると、重い蹄の音を響かせて、運命を運ぶ白馬が駆けてくる。何度も同じような挫折と再起を繰り返し、経験だけが残った。故郷で家族や友達との日々に培われた生きる為の意思のようなものは尽き、新しい日々のやってくることを、私はもうあまり歓迎しなくなっていた。私の中でひっそりと、遍歴と変容という旋律が根付きつつあった。そんな私を襲った異様な日々が、今、過去と根源に遡るという強い欲求に変わりつつある。おそらくそこから何ものかが私のところに来ていると、浦野が指摘してくれた。 「先祖に信仰や行の人がいたんだな。その時、縁をもらった神様や精霊がまたむこうから、訪ねて来たんだよ。また一緒にって。良かったな。」
(画像は"森PEACE OF FOREST"小林廉宜。世界文化社より。)