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憑依幻想 (或いは嗜好変容憑霊考現学の試み ) 序

年末年始に急激な変化が我が家を襲い、母は脳挫傷による急激な痴ほうの中で95歳の波乱万丈人生を終えた。私自身、同じタイミングで間質性肺炎の可能性ある肺炎に突如襲われ、今も肺炎点滴通院中だ。幸いにも肺の下部、横隔膜周辺の白い炎症の影は薄まりつつある。しかしなぜ親子そろって一気にやられたのか。この数十年お世話になっている世界的仏教教団ゆかりの密教系占星術には相次ぎ生霊の破壊的障り、神の祟りの卦が続いた。
この文章自体、抗肺炎点滴にデザインされた精神を高揚させる成分の明らかな成果であるが、もう一つの急激な変容が私を通過しつつある。それが露骨な嗜好変容だ。仮にも超自然的な霊的障害を密教のご法を授かり克服昇華の行を数十年継続、神仏両界のご加護を頂く為に、利他積徳の地方創生勉強会を省庁内で押しかけ開催させて頂いている私にとって明らかな心霊現象よりも、急激な私自身の嗜好変容のほうが不気味だ。憑霊また憑依は明らかな嗜好変容をもたらす。様々な酒のミニボトルを収集し始める衝動が現れた。いったいどこで何を拾ったのか。或いは霊的攻撃を受けてしまったのか。

①岡山駅前霊道で死霊、生霊、集団怨恨呪詛エネルギーを拾った或いは当てられた可能性。
■何回かnote投稿したが、夕暮れ時には何百羽というおそらくムクドリの大群が、どこからともなく現れ、龍のようにビルをまるまる囲繞する大蛇のように、分裂と融合を繰り返す現象の原因としては、5G以上の強烈電磁波電磁場空間である岡山駅前付近はまさに、ムクドリの集合無意識に異様な歓喜と興奮を与え、空中を踊り狂っているのだろうが、桃太郎封印デザインを喪った駅頭に四方八方から押し寄せる霊的また神的存在にムクドリの大群が共鳴しているかのようだ。

結界は消滅し桃太郎は去ったのか。


■さらには何回かその広場の考現学的投稿をさせて頂いたが、同時に親しく話した方々からもかなり異様で物騒な情報が集まっていた。喫煙しながら意図的に唾吐き痰吐きをしている半グレ若者グループ、雇用されてやっていると話した乞食男性。円陣を組んでハングルで密談する中学生グループ(闇バイト連絡役もまじる)。彼らのどこからともなく発生する日本の社会世間に対する強烈な負の念は勢いのある生霊群そのものだ。また肺炎初期の頃、呼吸困難であえぐ私の中から何ものかが同時に喘ぎ何かを言おうとしていたとするならば、駅頭に居着いた死霊を拾った可能性もある。すでに岡山駅頭にも外国人の日本憎悪を煽る中年ラッパーが現れ、入管の悪口雑言を語りかけ数十人のミャンマー人に巧みにラップ調で語りかけ好評を博していたりする。岡山の西川口化がすでに仕掛けられている。■考現学的表現をするならば電磁波クロッシング&細菌ウイルス散布&生霊死霊群からのエネルギーを受けてしまい、我が家自体が霊的ブラックホールを引き寄せてしまった?


なぜか急激にミニボトルを。

②山中の小さな火葬場で死霊を拾ってしまった可能性。警察署から引き渡された母の遺体を焼き皆でお骨を骨壺に納めた。反対計画の中でひっそりと建設され運営されている火葬場は橋を渡りしばらくなだらかな山中を登った場所にひっそりある。さらに火葬場からなだらかな山中へと道は伸び静かな山中異界となっているが、居つきの死霊を拾ってしまったのかもしれない。点滴の向精神薬成分で眠り難い私の急な嗜好変容として、各種ミニボトルがいきなり好きになり、買いだめし始めているのだ。岡山駅頭か山中火葬場で拾ってしまった死霊達はまだ飲みたりないのだろう。

異様な飲酒嗜好はどこからともなく。

➂ 街や村の至る所で群れなす迷える死霊達を拾ってしまった可能性。現在数十万人単位の平均超過死者が静かに激増中で火葬場、葬儀場、葬儀会社が乱立状態である。コ禍・ワ禍による明らかな静かな大量死遅延虐殺に巻き込まれた死者達はまさに自分がほんとうは何ものに殺戮されたかを問いつつ列島の至る所に群れなして集まり始めているのだ。仏教諸宗派による早急なる鎮魂供養が喫緊に必須と思われます。

④ 母の残響霊体がまだ家と私に宿り憑依している可能性。徐々に本式かつ力ある供養の準備を進めつつかの教団には母の慰霊追善供養をすでにお願いしたのだが、そのプロセス期間中には、母の残響霊体は私に乗っかって、もう数年見ることができなかった懐かしい風景や外界の有り様を堪能すれば良いと感じている。成仏追善のご法は母を徐々に冥界や神界へといざなうはずだ。

➄ 母という家のカルマの受け手、おそらく数百年に渡る古い怨念からの吹き返しを盾となって受けてくれていたフィルターが身体を失った為に、家系・家そして母の様々なカルマ〜霊的衝動が私に直結してしまった可能性。

⑥ 肺炎点滴で通院している、同級生が院長の病院は非常に機能的かつハートフルで、毎日200ccの抗肺炎点滴剤は生理食塩水がベース。うつらうつら内的海に浸る時、病院で死を迎えた方々の残響霊体が少し飲みたいのかもしれない。


いずれにしろ、私が背負い祈りを回向し、かの教団の様々な霊法仏法を供養させて頂いてゆくしかない。

■何を憑依させ宿らせて生き、そして死に入ってゆくのか。これは明徴なる人生の最大の霊的課題だと思われます。戦国武将の徳川家康公や豊臣秀吉公、鎌倉幕府の源頼朝公、かの織田信長公などは明らかに自らを神的存在(産業創生振興力・國民守護領域)、仏教守護神の器として、ある意味自らの我を昇華して日本の神仏両界、公の為民の為に尽くす為、神仏を憑依させ宿らせていたと確信しています。同時に魂からの神仏ヘの帰依帰命とは自分自身の聖なる肉体に様々な行法で湧かせた内気などの体内の風・量子渦を持って神仏の量子的エネルギーと融合。命懸けの生き方で自分自身の量子波動を神仏の波動と一体化させることに生涯を捧げることに他ならないと考えます。その行法と命懸けの行動・誓願で生老病死を量子的変容させる、まさに神仏共鳴のシャーマン技法、霊的修行者のシャーマン戦術戦略なのです。ただし一部の戦国武将のように、憑き物存在を憑依させて操るという、外道な領域に堕ちた事例にも事欠かないのが業深い日本民族そのものの霊的カルマとして残存していると思われます。

じつは一滴も飲んでいません。

かつての投稿でレミイマルタンの空き壜画像を多用した為に、大酒飲と誤解された業界フォロワーの方々からも好きを頂いていたが、レミイはかの教団開祖から授かった行にて龍神様ヘの供養のお神酒であって、私自身は一滴も頂いておりません。かわいいミニボトルレベルなんですが、それにしても異様急激な嗜好変容でした。まもなくミニボトルで私の感性をこじ開け春樹街壁世界へとアプローチ昇華する予定です。



■画像はヤフー、岡山駅前桃太郎結界画像より。
■画像はヤフー孤独画像より。