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祖母と行ったとんかつ屋さん

私には兄弟が二人いる。
但し、私は長子であり二人の兄弟はいずれも私より後に生まれた。


下に兄弟がいる人ならば、大抵経験していることだとは思われるが、私は親に甘えることができなかった。
物心がつく頃には自立するように促され、両親は弟達に付きっきり。
『長子なんだからしっかりしなさい』が当たり前。


それは仕方のないことだと頭では分かっている。
後に生まれた幼い子の方が手がかかるのは当たり前だし、寂しさから反抗的な態度を取る私と比較しても、ニコニコ笑っている弟のほうが断然可愛いのは理解できる。


それならそれで私を放っておいて欲しかったのだが、私の両親は長子である私が優秀であることを望んだ。
自分達が計算もせずに早生まれとして生んだくせに、周りの子に負けることを許さず、常に周りよりも秀でることを望んだ。


自分達は平々凡々な人間なのに。


私はとにかく寂しかった。
裕福な家庭ではなかったから、仕方なかったが私の服や自転車は親戚からのお下がり。

私は新しいのが欲しくてわざと服を破ったり自転車を倒して壊そうとしたり、子供ながらに色々考えて行動していたのに、弟達には無条件で欲しい服や自転車の新品を与えた。


私は親から満足できる愛情を受けることができなかった。
私が不出来だから、私が可愛くないから…
沢山自分を責めたし、沢山泣いた。


悔しさから弟達に意地悪をしたこともあった。
それに同じいたずらをしても、私は叩かれ、殴られたが弟達には優しく言葉をかけるだけ。
より格差を感じる結果だけが残った。


そんな私に弟達と同じ様に接してくれたのは祖母だけだった。


祖母は私に私が望んだ愛情をくれた。
だから私は祖母の家に頻繁に通った。今思えば、沢山迷惑をかけてしまった。


そんな祖母とお別れする前のこと。
私が部活の大会で優勝してトロフィーとメダルを見せに行った時、祖母は私を少し遠くにあるとんかつ屋さんに連れて行ってくれた。

早生まれだった私は何をやっても周りに遠く及ばず、いつも一回戦負けだったが、毎日毎日バカみたいに居残り練習を繰り返して、漸く掴んだ結果を祖母だけが認めてくれた。

明らかなオーバーワークで疲弊した顔。
目蓋は分厚くなり、筋肉が盛り上がり、顔はおろか身体中生傷だらけで【可愛い孫】とはかけ離れるように変わり果てた私。


両親にも弟達にも引かれていた私に祖母は変わらず接してくれるどころか、沢山沢山褒めてくれた。
それに加えて、ご褒美までくれたから本当に嬉しかった。



とんかつの定食が一人前で2000円。


凄く美味しかった。こんなに美味しいものを可愛い弟達を差し置いて、私だけにご馳走してくれるなんて……
泣きそうになったことを今でも覚えている。


だから祖母が私の前から旅立った後、私は変わった。
当然、悪い方に大きく傾いた。


祖母がいない世界では、どうせ誰も私なんか見ていない。祖母がいない世界では、どうせ私なんか誰も評価してくれない。


でも、結果を出せば祖母はあの世から私を褒めてくれるはず。
結果が全て、可愛くない私は結果を出さなければ存在価値がない。私には優しさなんか必要ない。

自分だけが勝てればいいのだから再現性はいらないし、過程なんて関係ない。


だから周りを傷付けて、ぶっ倒して、皆を押し退けてでも一番になってやる。
社会人になった私は酷く醜い考え方を振りかざし、自分なりに邁進しているつもりだった。



なんて浅はかで幼稚、自分よがりの考え方。
でも、これが私が辿り着いた答えだった。



社会人になってから暫くたった頃、私は営業成績で最優秀の座を獲得し社長賞を貰い、副賞で3日間の休暇を貰った。



そんなとき、私は買い物の帰りにたまたま祖母があの日連れてきてくれたとんかつ屋さんを見つけた。



びっくりした。お店の場所はあの時、感動のあまり覚えていなかったし、住宅街にポツリとあったから目印もなくて7年以上たどり着けず困っていたところだったから。


お腹は減っていなかったのに、気付いたら身体が勝手に入店してしまっていた。



部活の大会で優勝したときみたいに、会社で一番になったから祖母が連れてきてくれたのか?


あの時みたいに胃袋は大きくないから大盛のご飯は食べられないけど…あの時と同じ席には先客がいて座れなかったけど…あの時と同じとんかつ定食を注文した。




私は泣きながら食べた。正直な話、ちょっとキツかったけど残さず食べた。
同時に私は変わった。



祖母は何をやっても負け続けた私に沢山愛情をくれた。
可愛くなかったはずの私の話し相手になってくれた。
あの時、私は何もできなかったけど、祖母と一緒にいた時間はいつも幸せだった。
自分の幸せだけ考えることで自分は不幸になる。結果だけがこの世の全てじゃない。


周りの人に謝ろう。今まで自分のことばかり考えて、傷つけてばかりでごめんなさいと謝らなければならない。
私はその翌月から沢山の人達に声を掛けてもらえるようになった。

以前と比べると疲れることは増えたけど、笑っていることが多くなったのは事実だ。



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