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【ミステリー】4時になったらね(後編)

この記事は【ミステリー】4時になったらね(中編)の続編です。
もし、前編ならびに中編をご覧いただいていない場合は当記事をご覧いただく前に下記のリンクより前編、中編をご覧ください。


友人の母親を名乗る女性

今思えば大学生の私は社会の荒波に揉まれたことのない世間知らずだった。

悪意をもって近付いてくる人と自分の味方をしてくれる人との区別をつけることすらできず、自分に親切にしてくれる人や家族までも無意味に傷つけることがあった。

でも、本当に一番致命的だったのは自分が【無知で無力であることを知らなかった】こと。


私に対して嘘をついていた【Kの母を名乗る高齢女性を敵視】し、【Kの幼馴染と今回の件で私に協力すると名乗り出てくれたSを味方】だと思っていた。

どんな理由があれど、自らの身分を偽っていた【Kの母を名乗る高齢女性】を信じることなんてできなかったし、いつも真っ直ぐに生きていると自負していた私は他人に嘘をつかれたり騙されることなどないと信じていた。

友人の母を名乗っていた女性が、実は【Kの母にお金を貸していた人】であったことを知った私は彼女がなぜ身分を偽り、更にKが生きていると考えているのか問い詰めることにした。
『あなたは、なぜKの母親と名乗っているのですか?Kは亡くなっているはずですが、なぜKが死んだことにして逃げ回っていると考えているのですか?』
女性は少し間を置き、Kについての事情を次のとおり話し始めた。

彼女はKの実母へ多額の金銭を貸す保証人代わりとして、当時17歳の高校2年生だったKを自分の養子として迎え入れた。

いくらお金のためとはいえ、子を母親から奪う。道徳的にどうなんだ…?


彼女は元々資産家で、Kのように借金のカタとして養子になっている子は他にも2人いるとのこと。以前電話に出た若い男性はその子だった。

Kは自分を養母として受け入れていたのだから、ある意味【Kの母】であるといっても間違いではない。だから、身分については嘘を言ったとは思っていない。

養子とはいえ、Kの身に何かあれば自○だろうと他○だろうと、警察から自分へ連絡が来るはずだと…
更に、Kが【学生寮に登録していた保証人としての連絡先】と【大学に登録していた緊急連絡先】、【アルバイト先の警備会社に登録してあるはずの緊急連絡先】はいずれも自分になっているはずだから、本当にKが亡くなったのであれば、K のアルバイト先や大学の学事課、総務課からも連絡があるはずなのに、実際に受けた連絡は学生寮の管理会社からの電話一本だけだった。

それもKの性格上、アルバイト先で自○して他人様に迷惑をかけるとは考えにくかったので、とてもモヤモヤしているが、Kのアルバイト先に電話しても『Kなんて大学生は知らない』としか言わなかったそうだ。
私もその時初めて聞いたのだが、アルバイトといえど、警備会社に勤務するためには家族の承諾と緊急連絡先が必要らしい。

私はSから聞いた学生寮に"Kの死のことで警察官が来ていた"という話をするかどうか悩んだが、聞きたいことがまだ山ほどあったので新たな火種を投下することは避けた。


それから、私はKが入居していた学生寮の管理人と彼女がどんな話をしたのか、Kから私への手紙はどうやって手に入れたのかをたたみ掛ける様に質問していった。

友人のアルバイト先に当たってみる

K が生きているのか、それとも亡くなっているのか全く分からなくなってしまった…
振り出しに戻ったというわけではないが、真逆の情報が出てきたことによって私は参ってしまった。

警察官からKの死について聞かれたというSが嘘をついていたのか?

しかし、私は【Kが養子として養母につき、実母から離れた】というこれまでにない信憑性を帯びた情報を得たことがなかったので、彼女を信じることにした。

誰を信じて、誰を信じないというより、私は友人としてKに生きていて欲しいと本気で思っていた。
弱冠20歳にして、両親を失い、借金を背負わされた挙げ句、自らも命を落とした…なんて悲しすぎる。それが本当の話なら酷い話だ。

少しヤケになった私はKがアルバイトとして勤務していた警備会社にアポイントすら取らず突撃訪問することにした。
Kのアルバイト先は私の通学路を少しだけ外れた場所にあって、私の帰宅時間がKがアルバイト先に向かう時間と合った日は一緒に行っていたので、問題なく分かるはず。

しかし、もしもKの養母が言ったことが正しければ、あの警備会社はKを匿っていることになる。

嘘をつくことが嫌いな性格だったが、当時の私には"モラル"という自分にとっての背骨すらあやふやなものになり、『先日、K君に頼まれたバッグを持ってきました』と言って相手の懐に入り込む作戦を立てた。
たまたまKと同じトートバッグを持っていた私ならではの良い作戦だと自画自賛していたが、結果は微妙なものになった。

警備会社に着くと、会社の出入り口を掃除していた中年男性が声を掛けてきた。
私はすぐにでもKのことを聞きたかったのだが、この人もKを匿っているならば『Kなんて知らない』と言われてしまうかも知れないし、もしも本当はKが自○で亡くなっていて、しかもそれが今自分の目の前に立っている会社内での出来事だったら…
と考えると言葉に詰まってしまった。

そんな私を見た中年男性は何かを言いたそうにしながら会社に入って行こうとしたので、私は彼をすぐに追いかけて、自分がKの友人で最近大学に来ないことを心配して、ここへ来てしまったとを伝えた。

焦って話しかけたことでトートバッグの作戦は完全に忘れていたが、中年男性は携帯電話を操作し、どこかに電話をかけ始めた。
もしかして、仲間を呼んでいるのか…?
その矢先だった。『ダメだ。出ない。Kは相変わらず忙しそうだな。』

私は『えっ?』と気の抜けた返事をしてしまった。
Kの携帯電話はまだ解約されていなかったのか?
…そういえば私はKが亡くなったとKの幼馴染みから聞いたとき、すぐに連絡先を消してしまって電話の一本もかけていない。
真実を探る前に疑いもせずに突っ走ってしまった。

彼はKの連絡先を知っているのか?それなら聞くべきだと判断したが、友人なのに知らないの?と怪しまれては元も子もない。

私は『最近Kに会ってますか?』と彼に聞いたが、返ってきた回答は4か月前くらいに会社を辞めたから、最近は会っていないという言葉だった。

何の気なしにKに電話をかけた彼を見るに、警備会社の仮眠室で亡くなっていたという話しは事実ではないだろう。Kはやっぱり生きている?
しかも、自らの意思で退職している。

私はKが入居していた学生寮の管理人に疑いの目を向けることにした。


友人の母が手紙を送ってきた理由

Kの義母曰く、学生寮の管理会社からKが亡くなって退室になるのでKの私物を取りに来て欲しいと連絡があったらしい。
当時、Kの義母はKが亡くなったなんて何処からも聞いていなかった。詳しく話すようにお願いしたところ、Kの父を名乗る男性からKがアルバイト先の仮眠室で自○し、亡くなったと電話があったとのこと。

Kの義母は『そんなはずはない。Kに父親はいない。きちんと確認したのか?』と何度も聞いたが、管理会社曰く【Kは数日間部屋に帰ってきていない】し、【食事も出していない】から間違いないと思うと言われてしまったとのこと。そのとき、Kが自分から逃げたと悟ったらしい。

それでもKは義理堅い子だし、少し経ったら自主的に連絡があるのではないかと期待していたが、3ヶ月ほど経っても音沙汰がないので、私やKの幼馴染みに接触すると同時に”鎌を掛けるため”にKが入居していた学生寮から見つかった封書を『遺書が見つかった』と嘘をついた。
私とKの幼馴染みに連絡してきたのは、Kが部屋に遺していった古い携帯電話を充電して発着信履歴やメールを確認したところ、2人は特に仲が良さそうなことが分かったから。
恐らくKが機種変更前に使っていたものだろう…
電話やメールは使えなかったとしても、電話帳や履歴を見ることはできるはずだ。

しかも、私に至ってはKが私に宛てた暗号のような手紙まで書いてあった。
Kの行き先について、”この子なら何か知っているかもしれない”と興奮して我を忘れてしまった。

しかし、予想に反して私やKの幼馴染みは何も知らなかったので、騙してしまったと罪悪感を感じて反省していたらしい。
彼女自身が追い詰められてやってしまったことであり、本当に申し訳なかったと謝罪を受けた。


そしてあの手紙は恐らく遺書ではないが、送ったお金と手紙は正真正銘K本人から私に宛てられていたものだから、自分には全く何のことだか分からない。

だが私へ送ったお金はKの所在について、カマを掛けるようなことをしてしまった謝罪の意味も込めて受け取って欲しいと。
私は自分の携帯電話からKの連絡先を消してしまったことを伝え、彼女からKの電話番号とメールアドレスを聞き出した。

久しぶりの休養日

その次の日、私は大学もアルバイトも休みだった。
しかし、今は自分の身を守るためにKの幼馴染と同居しているため1日中グダグダしているというわけにもいかず、今までの経緯を纏めてみた。

①Kの幼馴染とSは味方

②Sが言っていた【学生寮でKの死について聞きまわっていた警察官がいた】ということは真偽が分からない

③Kから私に宛てた手紙の内容が未だに理解できない
【前に相談していたことは現実になる 前に言ったあいつのせいだった 今は危ないから逃げて 助けにきてほしい 4時になったらね】

④Kの養母はあくまでもKを追っているだけで何も知らなかった私に危害を加える気はない

⑤Kは生きているかもしれない

⑥現在使われているものかどうか分からないがKの電話番号とメールアドレスを入手した


ざっとこんなものだろう。
今日は久しぶりにKのことから離れて外出しよう。


私は久しぶりにパァーっと遊びたくなったのだが、何せ所詮は学生の身分。
更に今の私は狙われているかもしれない状況で、夜はKの幼馴染と一緒にいることが決まっている。

となれば行先は限られたもので、私は8駅先にある温泉スパ施設へ向かうことにした。
手持ちの現金が心許なく、かと言って大きな金額はいらないため、銀行へ行くのが億劫になった私はKの義母から送ってもらった封筒のことを思い出した。
そして、お札を3枚ほど拝借しようとしたとき…気が付いた。

私が何気なく取った紙幣の1枚に鉛筆のようなもので4:00と記入されていた。
お札の中でも人物画の所。色の濃い箇所に書かれていたので気が付きにくかったが確かに書いてある。
そしてその真上のあたりに茶色いシミ。Kの養母曰くこのシミは血液だとのことだが血液の匂いがするわけでもなく、私にはそれが本当かどうかわからない。

私はその紙幣をすぐにクリアファイルに入れて机の上に置いた。
【4時】というワードに敏感になっていた私はすぐにKが私へ宛てた手紙を出して紙幣と並べて解読しようと夢中になった。

友人への思い

私は物凄くシンプルにKの状況について考えてみた。

Kは本当は生きているが、何者かから逃げるため、もしくは逃げなければならないために姿を消したのではないか?
午前だか午後だか分からないが、4時に何処かに行けばKに会えるのではないか?

私へ宛てた手紙とお金で自分を助けてほしいと考えているのではないか?

私がKの元アルバイト先に赴いたとき、中年男性は私の目の前でKの携帯電話に電話をかけていた。
Kは電話に出なかったが、コール音が私にも聞こえていたので携帯電話はKもしくは何者かが充電して使用している。
Kがいなくなってから4か月経っている状況で充電をしていなければ、電池は切れていてコール音はならないはずだ。

携帯電話に限らず、電話番号というものは一度でも解約などによって手放すともう一度同じものを取得することは不可能に近い。
使われなくなった電話番号は3か月以上寝かせれば再利用で他の新規契約者へ割り当てられることがあるが、そこで同じ番号を引き当てることはとんでもなく確率の低いことだ。

つまり、Kの携帯電話番号が生きている理由は【Kは本当に亡くなったため、解約されていて他の人が使っている可能性】と【Kは本当は生きているが、電話番号は解約して他の人が使っている可能性】【Kが実は生きていて、引き続き使っている可能性】の3つに絞られる。

私は意を決してKの携帯電話へ電話をかけてみた。
…出ない。コール音は鳴るが、そう簡単に事は進まないものだ。
とはいえ、このままでは全く何が何だか理解できない。

私はKからの手紙の中に他のヒントがないか再び手紙を注視した。
どうしても諦められない。Kが私の存在をどのように思っていたのかは知るはずもないが、Kが私に助けを求めているならば必ず応えたい。
…と思った矢先、Kの携帯電話番号から着信があった。

Kが語った真実

電話の相手は紛れもなく、Kの声だった。私は何よりもKが生きていたことに安堵し時間がかかってしまったことを謝罪した。
20年生きてきて、こんなに嬉しかったことは今までになかったくらいだ。

Kは私の周りに誰もいないか確認をしてきたが、今は私一人であることを伝えると次のような経緯を話してくれた。

先ず話に聞いていたとおり、Kの実母は多額の借金を背負っていたが、実父の死によって保証人がいなくなった際に実母は複数の借入先から一括返済を求められてしまった。
その際に助けてくれたのが養母であった。

当時Kは未成年であったために保証人にはなれず、養母に頼るしかなかったが養母は実母の借金を一括で肩代わりするのでKを自分に寄越せと実母に迫ったらしい。
この話を断ることができなかったKの実母とKは養母の要求を呑むしかなかった。

以後、Kは養母の家に住むようになったが、来る日も来る日も酷い扱いを受けて嫌になって寮付きの大学に進学したのだが、離れて住んでいた心の依り代だった実母が自〇してしまった。

最初は借金の返済と養母からの嫌がらせ、Kを取られてしまったことによる喪失感、日々の生活に疲れてのことだろうと考えたが、実際は違った。

Kの幼馴染とSの2人もしくはSが実母を〇した可能性が高いというのだ。
Kがそう考えた理由は3つある。

1つ目はKの実母が亡くなったことによって、大金が自分の口座に入金されたこと。その手続きについてK自身は未だ何もしていなかった。
普通は死亡診断書を用意したり、戸籍謄本などを発行しに行かなければならないはずなのだが、明らかにおかしい。
後で知ったことだが、生命保険というものは加入から数年が経過していれば自〇であったとしても保険金を受け取ることができる。
そして何者かの手によって、その入金口座からすぐにお金が引き出されていた。

2つ目はその時期にKの幼馴染とSが自分の部屋に入り浸っていたこと。
その時に通帳や印鑑、実母から届いていた手紙などを盗るチャンスがいくらでもあった。

3つ目はKの実母が亡くなる1か月くらい前にKの幼馴染とSがKの生い立ちや実母について、しつこいくらいに聞いてきていたこと。
Kの実母は養母には内緒で、自分に万が一のことがあったときに借金を返せるだけの生命保険に加入していて、その保険料を一部Kが払っていたのだが、つい愚痴のようなかたちでKの幼馴染とSに話してしまったことから追及が始まった。


Kの幼馴染とSは養母と裏で繋がっているということは無さそうだが、一番危ないのはSだ。理由を話すと長いからまた今度話す。
あいつはどうやったかまでは分からないが、Kの実母を〇した。もしくはKの幼馴染にそうするように仕向けた。

正直な話、実母が加入していた生命保険で実母の借金を返すという大逆転計画の当てが外れて、更に友人達に裏切られた。
養母から借りていた借金を返すことにうんざりしていたのもあったが、Sが自分の命を狙っていることは確かだった。
だから身を隠しているんだ。


『手紙やお金の件は忘れてください。多分意味伝わらなかったよね?説明すると凄く長くなるし、多分しばらくの間、幼馴染は君を見張っているはずだよ。だから今は君に会えない。』そう言ってKは笑った。


結局私は何をしていたのだろう?
Kが亡くなったと聞いたとき、すぐにKの携帯電話に電話すれば良かった。
そうしていればKを救うことだってできたかも知れない。

Kは生きてはいるが身を隠さなくてはいけなくなり、実母を失い、お金も奪われた。
私はKを救うことができなかった自分の無力さに打ちひしがれた。

SやKの幼馴染がKの実母を〇したことはすぐには信じられないことだが、Kが本気で逃げているところをみれば、Kの言っていることを信じたくなる。

…私は一体何なんだ?自分の判断で信憑性がある誰かの発言を聞けば、それを信じ、対極にいる人の泣き言を聞けば、今度はそっちを聞き入れる。
私はどうしようもない人間だ。本当に無力だ。


挨拶

ここまでお付き合いいただいた読者の方、本当にありがとうございます。
まだまだ未熟者ですが、見守っていただけると幸いです。

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