僕が住む街にはJリーグがなかった 〜クラブが街にある意味〜
Jリーグは僕より1つ年上だ。つまり発足してから25年以上が経っている。最初は10だったJリーグクラブは、J1からJ3まで含めて全56クラブとなった。
ただ一方で、まだJクラブがない県が8つある。そのうちのひとつ、奈良県で僕は育ち、サッカーを始め、18歳まで過ごした。
僕が住む街に、Jリーグはなかった。
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昨年、縁あってあるJ1のクラブでインターンシップをさせてもらった。1週間、トップチームの活動に帯同させてもらうことができて、それ自体が貴重な経験となった。プロサッカー選手が、次の試合に向けてどれだけ本気の準備をして、そのために監督やスタッフがどれだけの力を注いでいるのかを間近で感じることができた。(こんな寛容な受け入れ方をしてくださるクラブ、なかなかないはずだ!)
このクラブはトップチームとアカデミー(子ども達が所属する育成機関)のグランドがすぐ隣にある。アカデミーの選手がプロを目指して練習する近くに、トップチームの選手がいる。中には、同じこのクラブのアカデミーから昇格し、第一線で活躍する選手だっている。
このクラブで過ごす間に、子供たちにとって「プロサッカー選手」は憧れの存在から、目標へと変わり、もしかすると追い越したいライバルに変わっていくのかもしれない。
僕がインターンでお世話になった週はホームでのリーグ戦があって、相手はイニエスタやビジャといった世界のスーパープレーヤーを擁するヴィッセル神戸だった。
地域に愛されているクラブで、地元の人がたくさんいるように見えるスタジアムはほぼ満員状態。ここに集まる人たちにとってこの週末が日常なのかもしれないと思うと、ただただ羨ましかった。
試合を観ていて思ったのだけど、そういえば子どもの頃に「Jリーガーになりたい!」と強く思った記憶がない。口では「プロサッカー選手になりたい」とか言っていたかもしれないけれど、その気持ちはそこまで強くなかったのだと思う。
サッカーをやっているからそう言うものだろうというのも、きっと子どもながらにあった。目標を聞かれた時に思っていなくても「優勝」とか「日本一」とか、とりあえず言ってしまうようなあれだ。
たしかになれると嬉しいから嘘ではないけど、真に迫っていない。だから実現もしなかった。
奈良に住んでいたからといって、子どもの頃に全くJリーグを観に行ったことがないわけじゃない。地元から一番近いのは長居で観るセレッソ大阪の試合。ウチの父がガンバ大阪のファンだったので、万博にも行った覚えがある。ただ、本当に片手で足りるほどだったはずだった気がする。
鮮明な記憶ははっきり言って、ない。
そこで観るサッカーは自分ごとではなくて、映画やコンサートを見ているのに近いような、遠い世界の人たちの闘いで、
こんな風になりたい!!
と目を輝かせる対象にはなっていなかった。あのサッカーは「僕らのクラブ」のものではなかった。どこまでいっても「他所のもの」だった。
それが、インターンの時は違った。1週間、間近で選手たちのトレーニングを見て、クラブの方たちと関わった。そのクラブの選手が満員のスタジアムで、ライトに照らされた青々としたピッチで闘っている。
かっこよかった。スタジアムの最上段から見ていてもドキドキした。
先発出場していたある若い選手は、小学生の頃からこのクラブでプレーする生え抜きの選手だった。小柄だけどタフに戦うその選手が、対面するイニエスタと体をぶつけあい、時にボールを奪う。
昔から知ってるあの子が、いつも練習場で見かけるあの選手が、自分と同じアカデミーで育ったあの先輩が、満員のスタジアムで自分たちを沸かす。地元の人や子ども達の中にはそう感じる人もいるだろう。
僕はこれまでの人生で一番強く想った。まるで子どものように。
「Jリーガーになりたい!サッカー選手ってかっこいい!」
あの一夜だけで、どれだけの子ども達を魅了したのだろうか。
僕があの街のサッカー少年だったら、次の日から狂ったようにボールを蹴っていたかもしれない。
試合は、先制されたもののその後3ゴールを奪い返す劇的な逆転勝利だった。勝ち越しゴールの瞬間の、スタジアムが沸き上がるあの感じ。
僕が育った街にはない景色だった。
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僕は今年から茨城県にあるJリーグクラブ、水戸ホーリーホックでアカデミーのコーチとして、将来プロサッカー選手を目指す子どもたちとサッカーをしている。
この街にはJリーグがある。この子たちには身近に目標とする存在がいる。
ただ、昨夏僕がインターンでお世話になったあのクラブと違うのは、トップチームの活動拠点が子どもたちの練習場とは離れていることだ。ざっと車で40分ほど離れているし、トップチームの練習場は山奥なのでふらっと練習を観に行くというのはなかなか難しい。
そのうえ今年はCOVID-19の影響があり、トップチーム含めクラブ全体の動きが止まる時期もあった。Jリーグも第2節以降の試合が延期になった。
アカデミーの選手はトップの選手をどれだけ身近に感じているのだろうかと思っていたところ、新たな取り組みが始まった。
水戸ホーリーホック ファミリーセッション
▲ユース(高校生)、ジュニアユース(中学生)、ジュニア(小学生)のそれぞれで開催された
Zoomのブレイクアウトルームを使って、トップチームの選手をアカデミー生数人で囲む形で行われる交流会。
トップ選手の心構えや経験を話したり、子どもたちからの質問を通じて話したり。
僕が担当したグループでは、小学3~4年生の選手5人に松崎快選手がいろいろな話をしてくれた。
松崎選手はしっかり準備をしてくれていたように感じられて、子どもたちも最初は緊張していたものの、積極的に質問が出るようになり話は弾んだ。
とはいえもしかすると、話の内容自体はそこまで重要ではないのかもしれない。
子どもたちにとって彼が身近な存在に、尊敬できて応援したい存在に、いつか追いつき追い越したい存在になったのであれば、この取り組みは十分に意味を持つものだったと思う。改めて、このクラブはJリーグのクラブで、この街にはJリーグのクラブがあることを実感した。
街にJクラブがある、つまりJリーグがあること。その意味は決して小さくない。サッカーやクラブ、僕らにはミッションがあるのだ。
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今週末、Jリーグが再開する。
ただ、これまでと同じようにはいかない。最初の数試合は無観客試合での開催だ。その後も入場を制限をかけながらの開催になるので満員のスタジアムはまだ遠い。それでも、サポーターや街の人にとって「応援するもの」がかえってくることは喜ばしいことのはずだ。
いまの日本ではヨーロッパや南米に比べ、サッカーに興味のある人はまだまだ少ないかもしれないけれど、徐々に街やスタジアムを取り巻く熱がかえってきて、それが以前よりもさらに増していくためにも、
まずはサッカーファミリーである自分たちが「サッカーのある日常」をかみしめながら、全力で楽しむことが大切だと思う。
この街にはJリーグがあって、きっと子どもたちに夢を与えられるのだから。
いや、Jリーグだけではない。
以前スペインのバスク地方を訪れた時の光景がうかんでいる。
4部のアマチュアチームの試合に地元の人たちが集まり、歓声と拍手と、時には野次を送る。アマチュアとは思えない激しい試合のあと、目を輝かせた子どもたちがグランドにおりてきて思い思いにボールを蹴って遊ぶ。
あの子たちはこの先ずっと、ボールがネットを揺らすあの瞬間を楽しみにしながらこの街で育っていく。そんな気がした。
▲大学サッカーだってその可能性を存分にもっている
プロだってアマチュアだって、本気のサッカーは僕らの日常にちょっとした非日常を連れてくる。それが街にあれば、きっと非日常すらも日常なんだ。
そんなサッカーのある日常がやっと、少しずつ、帰ってきた。
楽しみだ!
大学時代に同期だったJリーガーがnoteやってます。読みましょう。