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今治戦レビュー~主役の座を掴み取れ~
J3は早くも第10節。ここまで1敗で順位も4位につけ、上々のスタートを切っていたが、ここ2戦を見るとスコアレスドロー続き。さらに得点王の横山も代表に招集され、しばらく離脱が確定した中での重要な初戦となった。
新たな得点源が現れるか、このまま得点力不足に悩まされるか……そうした局面で迎えるには今治は失点も少なく、被チャンス構築率も低いというかなり難しい相手だったが、他の前線の選手たちが意地を見せて見事複数得点での勝利。天皇杯も挟んでいるのでだいぶ昔のことのようにすら感じるが、今後にむけて明るい兆しも見えたこの1戦を振り返ってきたい。
<両者のフォーメーション>
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・松本山雅
スタメンは3名変更。パウリーニョ・安東・横山→宮部・野々村・榎本。野々村は初のメンバー入りとなった。
GKはビクトル。最終ラインは常田・大野・宮部の3バック、WBには左に外山、右に下川。今季出場時間の長い選手たちが最終ラインに並んだ。
負傷が発表されたパウリーニョの代わりが注目されていたボランチは安東がまさかの欠場。SHと右SBを務めていた住田と前がボランチに並んだ。
前線は小松が最前線、菊井と榎本がシャドーに。もう1つの注目点だったエース・横山の代わりには榎本がチョイスされた形となった。
・FC今治
今治は前節・鹿児島から2人を変更。GKの修行は天皇杯にも不在で、今週茂木を補強したことを考えると何らかのアクシデントか。今季初出場の岡田がゴールマウスを守る。
一報、CBには前節、天皇杯と不在だった飯泉が復帰。ここ2戦はセットプレーでの失点が続いていたが、セットプレーや空中戦に長けたコンビとなっていた。
<記録>
・ゴール数
6:横山
3:外山
2:小松、住田、榎本
1:常田、菊井
・アシスト数
2:常田、菊井
1:ルカオ、佐藤、住田、濱名、ビクトル
・累積
2:村越、前、パウリーニョ
1:佐藤、米原、住田、浜崎、宮部、安東
<戦評>
■まさかの前半からの点の取り合いに
・固い試合が続いていた両者の対決
ここまでの試合を振り返ると、序盤は得点も失点も多く、ド派手なスコアになりがちだったが、ここ3試合は沼津に1-0、北九州に0-0,長野に0-0と連続無失点をしていた一方で複数得点からも遠ざかっていた山雅。"負けないこと"は重要な要素としてある中で「これ以上スコアレスが続いたらまずい」という雰囲気が間違いなくあった。
対して、今節の相手となる今治も宮崎に0-0、讃岐に1-0、鹿児島に0-1と同じく1得点のみで得点力不足。が、宮崎鹿児島を相手にわずか1失点とJ3でもトップクラスの失点数を誇っている。「チャンス構築自体はJ3でもトップなのでそれに伴った得点さえ取れれば一気に浮上もありえる」という中で鹿児島・山雅との2連戦だった。前節は鹿児島相手にセットプレーからの1発に泣き「直接対決で連敗は許されない」という気持ちは強かったはず。
プレビューには『よほど早い時間に失点して本来のフォームを崩さない限りは固い試合になるのが濃厚』と書いたが、こうしたデータからもそう簡単に動くはずがない試合なのは確かだった。そうした中でベンチにはDFが4人という名波監督らしくないベンチ構成。「固い試合になる前に取り切る」という1stプランを持っていたのではないかと思う。
J3入門ガイド作ってみた⑤<長野・今治>|haya_yamaga|note
・名波メソッドで何度でも蘇る榎本
そうしてスタメン発表。今シーズンの山雅はスタメンが発表されても正しい並びが分からない。そのため「まずは山雅側のシステムを掴むこと」が対戦相手やサポの間ではセオリーになりつつある。
今節は比較的イージー問題に思えたが、試合が始まると榎本が曖昧な立ち位置を取り始める。攻撃時には2トップとシャドーのタスクを使い分け、守備時にはシャドー気味になり、541ブロックのSHの位置につく。ただこの2トップの特徴を掴ませないうちに試合が動かす。
早々の得点シーンもまずは小松と飯泉の競り合い前にはその狙いは見えていた。今治CBは空中戦には滅法強く、基本的には負けない前提で守備が設計されているので(Footballlabの空中戦勝利数のデータによると飯泉が自陣空中戦勝利数リーグ1位、安藤も5位)、あそこまで綺麗にボールが抜けるのはかなり珍しく、味方のリアクションからもそれを感じられたが、そこを狙っていたのが榎本。
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横並びの2トップの形になっていれば、飯泉と競っていたのは榎本、あるいは小松が競ったとしても榎本はここまで勢いを持って裏には抜けれていなかった場面だが、攻撃時に榎本が"2トップの1角"と"シャドー"の立ち位置を巧みに使い分けたことで相手の混乱とマークのズレを生んだ。
また、名波監督がコメントで
「(小松)蓮と一緒に平行になったらたぶん背負うことが多くなるので、後ろから出ていくのが自分のストロングと考えるのであれば、同サイドを再度走り抜けようがダイアゴナルに走って左サイドに抜けようが、蓮より後ろから出ていけと。それを忠実にやってくれた結果、あのゴールシーンが生まれたんじゃないかと思っています。」
と話しているのも興味深い。榎本の特徴を踏まえたアドバイスを名波監督から貰い、しっかりと狙いを持って取り組んだ結果、あの抜け出しが生まれた模様。
思えば去年榎本のプチブレイクしたきっかけになったのも名波監督の就任。ここまでは思うように結果を残せていない榎本だが名波監督からの期待、さらに言うと榎本から監督への信頼も感じる。横山の不在や今日のこの成功体験をきっかけに再びブレイクの時がやってくるかもしれない。
・J3基準を超えなければ
こうして理想的な時間帯に先制に成功した山雅。しかし、その約10分後には同点に戻されてしまう。きっかけは常田の転倒からだが、最前線の中川に縦パスが入った時点で1VS3で守れており、帰陣は山雅の方が早かった。
常田が奪われたところからカウンターを発動した中川・インディオの突撃は宮部と戻ってきた常田でひとまず止めることに成功しているので、カウンターの第一波は確かに止めている。
だが、問題はその後。枚数が揃っていたことで油断が生まれた。
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引いて構えすぎてしまった最終ラインは常田宮部間のギャップが開きすぎてしまったことで"偽9番"の中川が大好物のスペースで受けられ、そのままミドルを突き刺されてしまう。
失点してしまったが帰陣の意識自体はかなり良くなってきており、まずは危険な選択肢を消すという意味では"あのスペースから打たれるのは仕方ない"というのは許容する考え方も1つある(実際、sporteriaによるとあのシュートの期待値は0.03にも満たない)。恐らくあの位置からあのスピードでターンして決め切れる選手はJ3どころか、J2にもそう多くないので「あの位置からのシュートはコースだけ消してビクトルに任せる」というのも確率論的にはありだった。
だが、心情的にはやはりもったいないという気持ちは強い。最終ラインをあと1、2mほど高くしていればシュートブロックは間に合ったはずなのでその点は悔やまれる。
また、我々はJ1・J2で散々そうした理不尽なシュートを決められてしまった過去が直近にあるのも忘れてはいけない。そのような苦い経験を幾度とし、敗戦に泣いてきた選手・サポが多いからこそ、"滑って転倒してしまったこと"よりも"「あの位置ならやられないかも」という意識が本能的に働いてしまったこと"を改善点としてあげていきたいと思う。
■今治の良さを消した守備
・"SBが空く問題"への解と今治対策
若干バタついていた今治もこれで落ち着きを取り戻したのでこれで再び固い試合になっていくかと思われたが、前半38分に再び試合は動き出す。
山雅は鹿児島戦あたりから、4バック&WG型のチームがWBをピン留めしてきた時に「相手のSBが空いてしまう問題」が起こるのがバレてしまっており、北九州のようにあからさまにそこを突いてくるようなチームもでてきていたが、今治戦ではその点は改善。それどころかそのSBにはほとんど時間を与えず、取りどころにしてしまう修正ができていた。
得点シーンは入れ替わりがあり、SBの位置では前と島村のマッチアップになっていたが、アンカーは小松、逆のCBには榎本、IHにはボランチ、SBにはWGとしっかりと捕まえていたので、相手のコントロールミスはあったものの、ロングボールを出す余裕もなく、GKにしか出す場所がない網にかかった状態だった。島村のところでも一度GKへのボールを菊井がカットしかけたが取り切れず、安藤がもう一度戻そうとしたところで今度こそボールを奪いきった。
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ミス絡みとは言われているが1点目とは違ってハメ方としてはかなり能動的かつ理想的。相模原戦で横山が相手のミスを招いて得点を決めた時とはまた違うチームとして連動して奪っての得点で、個人的には今年ベストプレスだったのではないかと感じた。これまでは水漏れ(パスコース)があって、サイドを変えられ、逆に大ピンチを招いていたので、このような形を増やせれば相手のミスがなくとも自ずと自分たちのゲームになっていくだろう。
・チャンス構築の今治VS前貴之のIQ
そして、(改めて言うまでもないが)その後も「前線3枚+前貴之」が効いていた。
アンカーの楠美は常に小松か菊井が監視して、サリーダによる3バック化にもそのままスムーズに対応。サイドを限定して的を絞ったところで下りてきたIHへのボールを前が刈り取って今治の得意とするサイド攻撃を遮断。山雅の前線の効果的な限定とシステマティックな今治の攻撃、前貴之が最も輝けるような構図だったので、彼が今年一番のパフォーマンスを見せていたのも偶然ではないのではないか。
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また、こちらの右サイドは榎本が右利きの飯泉→上原への展開を早めに切ることがほとんどで、こちらのスライドは間に合っていたので途中からは逆サイド(インディオ)へのロングボールが増えていった。恐らくこれは今治にとっての第一選択肢ではないが、それによってこちらも修正が必要になった。
これに対しては榎本が一列前で対応するようになり、その分、後ろが晒される機会も増えてしまったが、その対応に関しては宮部は一級品。ドリブラー近藤にサイドではほとんど仕事をさせなかった。
■省エネと反省の後半
・常田を下げたはいいものの……
そして、後半は常田に変わって野々村を投入。はっきり言って変えられても納得できるようなパフォーマンスだったので、このタイミングでのCBの交代は妥当だった気がするが、橋内とCB2枚になるにも関わらずベンチ入りさせていたことを考えると、野々村の状態が良く、試合前から投入もある程度頭に入れていたように感じる。
だが、全体を見ると後半は前半よりも全体のパフォーマンスは低調。
まずはマイボールを自分たちのボールにできなかったところ、それから連続性のあるアプローチの中でセカンドボールが拾えなくなってきてしまったところ、それから疲れて声が出なくなったので、重なったアプローチで一瞬怪しいなというシーンが何回かあったところ。この3つが大きく今後の課題になると思います。
と名波監督のコメントで3つのポイントでまとめられている。
保持の面では前半は前貴之が最終ラインまで下り、相手のIHを引き付けた状態で、主に常田を起点にして角度をつけてボールを刺したり、対角の榎本を裏に走らせて自分たちの時間を作る、もしくはセカンドボールを拾えていたが、
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疲労や最終ラインの配球役がいなくなったことで最終ラインからの配球は不安定に。結果、全体の保持が安定しなくなったり、相手の中盤1枚を引き出せずにロングボールを入れ、セカンドボールを拾えないという悪循環が生まれてしまっていた。
アプローチが重なってしまった点については、疲労と相手のシステム変更によってアンカーの楠美へのマークが前半よりも曖昧になり、これまではできなかったプレッシャーのズレが生じたのが一番大きかったと感じる。
がっつり引いて守備をする分にはスライドも激しくならないのでそれほど大きなエラーにはならないが、限定がしっかりできなければこのスライド守備は穴ができたり、動きが被ったりという事態になりやすい。
この日はリードしていたのもあって、割り切ってしっかりとブロックを組む方に振り切ったが、より内容面も求めていくのであればこのスライドやマークのズレを極力減らすか、自分たちの時間を増やすような工夫が必要になってくるだろう。
・見応えのあった後半のカードバトル
そして、終盤は「まずは1点を返したい今治」と「この1点を守り切ってゲームを締めたい山雅」という構図が続いた。ミッドウィークの天皇杯があることや気温が高かったことなどを考えると手堅い策かと思うが、互いのベンチワークが激しく、配置変更に見応えがあった。
まず最初に動いたのは得点が必要な今治側。
インディオ・野口という強力な右サイドの2枚を丸ごと変え、今季初出場の元日本代表・駒野、今週移籍してきたばかりのU-19のエース格・千葉を投入。システムも4-2-3-1(4-4-1-1)に変更する大胆な変更を行った。
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前半から執拗にマークされていた楠美のところを2枚にすることで1トップ(小松)のマークを外し、サイドtoサイドの展開を活発にする。さらに中盤の島村を右に置くことで駒野に高い位置を取らせてサイドに数的優位を作ろうと試みる。
74分には近藤に変えて高さのあるパクスビンを投入。攻撃時には3421気味になってクロスに入っていく前線の人数を増やす(ほぼ同時に山雅も稲福を投入)
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相手が前体重をかけてきたことで、山雅は徐々に後ろに重くなり、クロス・セットプレー千本ノックに合いそうな時間帯だったが、81分にはルカオと橋内を投入。陣地挽回には贅沢すぎるカードをここで切る。
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ルカオはカウンター要員として前線に残し、時間を作ってもらっている間に橋内がラインアップ。5-2-2-1気味になってゴール前でアクシデントが起こるリスクも回避して時間を過ごす。最後に投入された山本もわずかな時間ながらFKやボールキープで見せ場を作った。
■久々の勝利と天皇杯と
今節で10戦を消化して勝ち点21(6勝3分け1敗)17得点9失点。
1つの節目にされがちな開幕からの10戦で、昇格ラインと言われる勝ち点2.0、目標に掲げていた1試合あたり1.0失点以下を達成できているのはポジティブ要素。ただ現時点でそれを上回る成績を残しているチームが2チームもいるので、そこもまた現実として見ておかなければならない。
そして、現実を突き付けられたといえば天皇杯。
残念ながらお互いベストメンバーには程遠い中での試合となり、山雅側は結果も大差での敗戦という厳しいものになったが、実力差的な面はもちろん、カメレオン戦術(?)と言われる特殊なチーム事情の面でも現実を突きつけられた気がした。勝機はがっちり守ってカウンターしかないくらいに感じていたが、そう簡単に格上チームが得意な形ばかりをやらせてくれるはずもなく……。自分の色が出る展開では2得点できるが、色が出せないと5失点してしまうというのはかなりリアルなスコアになったように思う。
そうはいっても"2得点は流れの中から生まれたこと"や"J1との公式戦という貴重な経験を若い選手が積めたこと"など前向きな要素も持ち帰った。悲観をするというよりはむしろ、自分たちの実力を再認識してチーム強化への活力にしていければこの敗戦も十分に意味があるものになると感じる。
次節はアウェイ鳥取の地でのデイゲーム。現状は最下位に沈んではいるが、自分たちのやることは変わらない。J1との試合を経たことで高い意識を新たに持って、内容・結果ともに良いゲームにしていきたい。
END