【事例紹介】広島大学発スタートアップ「マテリアルゲート」の挑戦
HAX Tokyoは日本全国の大学に出向き、起業を検討している方向けの講演や個別のメンタリングするプログラムを提供しています。今回の記事では2022年に広島大学で実施したプログラムをきっかけに、HAX Tokyoとの接点が生まれたスタートアップ「マテリアルゲート」をご紹介します。
マテリアルゲート代表取締役の中野佑紀氏と、HAX Tokyoディレクターの岡島康憲、市村慶信へのインタビューを通じて、ディープテック・スタートアップ支援の在り方についてディスカッションしました。
画期的な低消費電力技術を開発する大学発スタートアップ
――まず、マテリアルゲートが手掛けるビジネスと創業の経緯について教えてください
中野氏:当社は広島大学発スタートアップ企業です。西原禎文教授(広島大学院先進理工系科学研究科)らが開発した単分子誘電体の研究開発と製造販売、単分子誘電体を使ったデバイスの開発・製造に係るライセンスビジネスを事業としています。
単分子誘電体をシンプルに紹介すると、非常に微細な強誘電体です。強誘電体は電圧を加えることで分極を発現させ、電場を切っても分極を保持する特性があります。このことから
電気を貯めたりメモリ機能を保持する目的で、コンデンサやキャパシタ、メモリなど、さまざまな電子部品に応用されています。当社が開発した単分子誘電体は従来の強誘電体と比較して、非常に微細化可能であるという特徴があります。
さまざまなデバイスが小型化・薄型にシフトしていく一方で強誘電体は微細化していくと、蓄電やメモリ機能などの特性が失われる欠点があります。こうした強誘電体の課題を打ち破ったのが単分子誘電体であり、従来の強誘電体と比較して1000分の1サイズまで高密度化することに成功しました。
現在は外部のメーカーと共同で、消費電力の非常に小さいメモリを開発しています。当社は単分子誘電体に関する材料開発や材料自体の製造販売、製造技術などのライセンス販売を主なマネタイズ手段として、事業を展開しています。
これらの技術を考案した西原教授は、私が広島大学在学時の指導教官でもあります。私自身は広島大学卒業後に10年弱ほど国内の化学メーカーで研究開発や事業開発に従事していました。
その際に西原教授が中心となって研究していた単分子誘電体が電子デバイスの材料に使えるのではないかと考え、広島大学の卒業生や関係者を中心に2023年6月に創業しました。
HAX Tokyoとの出会いは広島
――中野さんは創業前後の段階でHAX Tokyoディレクターの岡島さんと知り合う機会があったと伺いました
岡島:広島大学からの依頼を受けて、HAX Tokyoが2022年の夏から秋にかけて広島県内の学生や研究者を対象に、スタートアップとしての起業に関する講演や壁打ち相談に対応する共同プログラムを実施しました。
中野さんとはプログラム中の懇親会で初めてお話しする機会があり、単分子誘電体の可能性や起業を準備している話などを伺いました。その当時の印象としては、非常にオープンマインドで行動力のある方だなという印象を持ちました。
市村:HAX Tokyoは名前の通り東京を拠点としていますが、日本の研究機関や製造業企業に従事する方は首都圏よりも地方都市の方が多く、日本全国に向けてソーシング活動を行いながら、地域の企業や大学とのコラボレーションを進めてきました。過去にも東北や関西圏のスタートアップをアクセラレーションプログラムに採択しており、地方の大学や研究機関との連携は重要な活動の一つです。
――岡島さんと接点を持った1年後に、中野さんはマテリアルゲートを創業しています。この間や創業以降は、どのような関わりがあったのでしょうか。
岡島:HAX Tokyoとしては直接支援には至っていないのですが、私が関わっている「K-NIC」※のアクセラレーションプログラムを紹介し、その中でビジネスプランの壁打ちや資金調達に向けた準備などを進めていました。HAX Tokyoとしても今後の事業進捗に応じて支援できる可能性がありますので、継続してコンタクトしている最中です。
中野氏:私も岡島さんと会った頃はアクセラレーションプログラムと初めて接点を持った頃で、どのように事業を展開していくか模索していた時期とも重なります。ちょうど、その時期に岡島さんからマインドセットから事業の進め方に至るまで事例も含めて幅広く紹介頂いた後にK-NICへの採択につながるなど、事業を前に進めるスタート地点での出会いでした。
岡島さんも私もエンジニアでありつつ、事業を考える側にも軸足を置いている方なので、思考が共通している部分も多い点が印象に残りました。経営と技術の両立はディープテック・スタートアップとしては永遠の課題ですね。
岡島:技術だけをずっと追い求めていると、経営のことは考えにくくなるし、将来の可能性だけを模索していても、足下のビジネスは形成できなくなる印象はありますね。それぞれの要素を良いバランスで関わりながら走れる経営者であれば、成功の確度も高くなると思います。
創業期のスタートアップに必要な支援とは
――中野さんと岡島さんのお話を伺うと、アクセラレーションプログラムの関係者として杓子定規に決まった範囲で支援するのではなく、関係する機関への紹介も含めて、柔軟にサポートした印象を持ちました。HAX Tokyoとして、スタートアップを支援する際に心がけている点があれば教えてください。
市村:どんな仕事やビジネスにしても、期間や範囲を区切ったほうが動きやすいというメリットはある一方で、ディープテックは短期間ですぐに成果が出るものではありません。研究開発をしっかり進めながら、自分たちの組織を整え、顧客やパートナー開拓を着実に進めるには一定以上の時間が必要です。短い期間の中でスタートアップにとって意味のあるサポートをすることは難しい面がありますが、仮に3ヶ月や6ヶ月と期間を区切ってサポートするにしても、1年後、5年後、10年後にどうありたいかをお互いに話し合った上で、足下の限られた期間の中で何をするか検討するといった支援が必要ですね。
岡島:VCであれば出資からEXITまでのおおよその期間を前提に、投資対象を選別していくというのが効率的な活動だと思います。HAX Tokyoにおいても支援対象となるフェーズだけにフォーカスしてスタートアップとやりとりする方法もありますが、その狭い範囲だけに集中して活動していても、スタートアップとの接点は決して十分ではありません。地域やフェーズに縛られずに行動することは決して楽ではありませんが、マテリアルゲートのような前途有望なスタートアップと関わる機会が得られたのも、範囲や期間を区切らない活動の賜物だったと思います。
中野氏:研究開発型のスタートアップは時間を要するというのは同意ですね。加えて、ディープテックは勝ち筋が定まっていないので、強みを武器に先行者利益をフルに活かして、一点突破でイグジットを目指すといったような戦い方が向いていないこともあると思います。私も創業前後で「ターゲットを絞って一点突破でイグジットを目指す」といったアドバイスを受けたこともあったのですが、あまり納得感が得られなかったのも事実です。
対して、岡島さんは結論ありきではなく、さまざまな出口戦略を示した上で柔軟性のある提案をしていただいたことが励みになりました。技術者中心のスタートアップになると、自分たちの技術がどういった課題にフィットするかわからない部分も多々あります。支援サイドの方々には創業メンバーに足りない視点を補って頂けると嬉しいですね。
岡島:資本政策の面ではスタートアップ王道のプロセスが活かせる面もありますが、個々のチームの状況を見ながら支援の在り方は考えるべきですね。現在抱えている課題や、将来の可能性などを踏まえた上で、「どこへ向かいたいのか、何を避けなければならないか」を配慮しながらメンタリングしています。
――最後にマテリアルゲートの今後についてお聞かせください。
中野氏:当社は社名に単分子誘電体もメモリという単語も含まれていないように、特定の技術や産業にフォーカスすることなく、材料開発を盛り上げていきたいと考えています。ディープテックの中でも材料開発は花開くまでに時間を要する分野です。新しい技術を次の世代のために実用化させていく上では、スタートアップとして活動する手法も有効だと感じていますので、後に続く研究者や起業家のロールモデルになれたらと思います。
岡島:私たちとしても、研究している技術をビジネスに応用したいという方がいるところには積極的に出向いて、必要な知識を提供したいと思いますし、中長期的な視点に立って柔軟な支援を提供していきたいと考えています。
取材・文:越智岳人/シンツウシン
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