自演
高校生になったという事実は、いやに私をどぎまぎさせた。周りのクラスメイトが、流行りの音楽だとか、スポーツをやっているだとか、そんなキラキラとしたオーラを纏いながら自己紹介をしていく中、私はひとり陰鬱とした声で
「好きなものは読書です」
と言ったはいいものの、誰も何も興味を示さないものだから、なぜかテンパってしまって、聞かれてもないのに、作家の名前やあらすじなんかを口走ってしまっていた。
その癖、国語の授業で「この作者の代表作はなんですか?」と先生から聞かれても、ちっとも答えれないぐらいのミーハーさで、だけど授業中はずっと、新品の電子辞書に入っていた、世界文学全集の冒頭ばかり読んでいた。
その1万9800円のブックスタンドがガラクタになってしまったのは、夏になって6万8000円もする、24分割払いの新世代の携帯とやらが発売されたことであった。
クラスメイトたちはもっぱら、それを使ってお喋りをするか、画面とにらめっこしながら指先で玉を転がしていたけれど、私はまるで私のために作られたかのような、小さな図書館に入り浸っていた。
そこにはいくつかのタブに、カテゴリー分けされた本棚がいくつもあった。だからその一角に、栞を挟んだ私の本を、そっと差し込んでしまおうと考えてしまったことは、今思い返してもなんら不思議なことではなかった。
投稿ボタンを押す瞬間、私はとてもドキドキしていた。だって期待していたんだから。もしかすると一躍話題になってしまって、今度の全校集会、皆の前で表彰状でも受け取ってしまう妄想までしていた。それがどうだ、蓋を開けてみれば、私の作品なんてこれっぽっちも読まれない。
それからの私は、魔法の鏡の中の王子様を眺める乙女のように、ため息を続く毎日が続いていた。画面を見つめる。顔をあげる。教室の時計は2分も進んでいる。画面を見つめる。電池残量は37%。顔をあげる。手元が震える。画面が微かに揺れている。通知が来た!すぐにアプリを開いて確認する。
『笑っちゃいました』
待ちわびていたそのメッセージは、全くもって褒められているのか貶されているのかも分からなかった。だけどこっちは、なんだか泣き出しそうな気分だったし、思わず奇妙な唸り声を上げてしまったわけだから、クラス中から初日以来の冷ややかな視線を浴びることになる。
大人になったという事実は、巧妙に隠されていたわけでもないのに、いつの間にか、私のすぐ傍にあった。もしそれに気が付く瞬間があるとすれば、学生時代の出来事を、ふと思い出してしまうことは、どうもそれにあたるように思える。
なんとはなしに、さび付いてしまった図書館の扉を開く。お望みのタイトルは覚えていなかったけれど、好きだった登場人物の名前でユーザー名を検索すると、あっさり見つかってしまう単純さに、呆れつつも、少々の安心感があった。だけど、それを吹き飛ばすほどの、この駄作をいったいどうしてくれようか。
好きな物だけを取り皿に並べたようなその話は、間違いなく身体に悪かった。読んでいると、胸やけするし、頭だってくらくらしてくる。でもどうしてだろう、その苦々しい味に、口元が緩む。
一番下まで覗いても、コメント欄は真っ白だ。おそらく何十回にもわたるサーバー更新だとか、アップデートの内に、いつの間にか消えてしまっていたのだろう。
私は少し気持ちが前のめりになっていたから、溢れる思い出をメッセージにすることにした。
「笑っちゃいました」
この話はこれでおしまい。ジ・エンドでもあり、コンテニューでもある。
最後まで読んでくれてありがとうございます