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がつーーーーんとあたまをかちわられるような気づきというか、発見というか、腑に落ちたというか、なにかそんな体験をしまして、そのおはなしをさせてください

みなさん、こんにちは!

おかわりなく
お過ごしでしょうか。

地震が大きかった地域のかたも、
どうか、どうか、
すみやかに、
元気に、復活・復旧されますことを
お祈りいたしております。

ここ数年、
ほんとうに自然、ということを
より考えるようになりました。

人間って、自然のなかで生きさせてもらっているのにもかかわらず、
自然と唯一対峙する存在でもあって、
矛盾がすごいですよね。

一方、自然には矛盾がないとおもいます。
プリミ恥部さんのご著書で、
富士山の噴火にたいして、気をつかわない、
(起こりませんように、
とかでもないというようなことだったと記憶しています)
というような箇所を読んだときに、
わたしのなかで、
こう、なんだろう、本当に、すとんと、
自然に対する人間、という存在について、
わたしなりにわかった瞬間がありました。

自然で起こっていることって
必然というか。
ウイルスも地震も人工的なものなのではないか、とかいう話もありますけれど
それがどうであったとしても、それも含めて「自然」というか。
自然が起こすことは、どこまでも自然であり、
なんらかの必然があって
自分たちの身に降りかかっているのかなと
とらえるようになりました。

自然の前には無力、とも思わないけれど、
自然にたいして、人間が、まだまだ知っていることが少ない、
人間の側に、どうしようもない矛盾がある。
さらには、ある自然の法則を人間も取り入れると
信じられないくらいスムーズであるということも
感じたりします。
そういう知恵もどんどん開示されていて、
すごい時代ですよね。

少し前の声のメルマガで
誰もが少数民族(いやもっといったらひとりひとりが一民族)、
誰もが芸術家である、という話がでましたが、
同時に、
誰もがハイヤーセルフであり
誰もが神となる、
そういう時代に移行しつつあるのだと思います。

ハイヤーセルフであり、神であるときに、
かつてあった矛盾は溶解して、
地球とも自然ともさらには宇宙ともいったいになって
生きる、そんな道が現れるでしょうか。

と、そんなことを思ったりしています。

わたし自身、2月の立春を過ぎて
あいかわらず
心境の変化がおおきいです。

(していることといったら心境の変化ばかり|爆)

ひとつは

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