新生銀行への公的資金返済:SBIと旧村上ファンド事件
先日、下記の通り記載しましたが、新生銀行についてここから少しづつ記載していきます。今回、下記の事例は私の周りでもかなり盛り上がっていて、学生にとっても学びになる部分が多いとおもいます。下記についても、現時点で少し不正確な記述がある可能性があり、随時、加筆修正していきます。
新生銀行の公的資金返済:SBIと村上ファンド|服部孝洋(東京大学) (note.com)
新生銀行には公的資金が注入されています。その細かい経緯は、柳澤元大臣の書籍にゆずりますが、そもそも公的資金注入という表現にも賛否両論があります。新生銀行の自己資本を厚くするためには増資が必要なのですが、これを引き受ける先は預金保険機構(預保)です。その際の預保のバックファイナンスを、政府が保証するということですね。この政府保証を含めた預保による引き受けを公的資金注入と呼んでいます。
この表現には前述のとおり、賛否両論あるのですが、私がこの表現を使っているのは、ほとんどの本で記載されている確立した表現だからです(下記のりそなの論文でもつかっています)。
我が国における公的資金注入および一時国有化スキーム-金融危機対応措置(預金保険法102条スキーム)について-|服部孝洋(東京大学) (note.com)
いずれにせよ、公的資金注入とは、新生銀行が増資して預保が引き受けるということなので、公的資金の返済とは、基本的には、預保が持っている株式を、新生銀行が買い戻すということです。それではどうやって返済するかというと、公的資金注入した後、新生銀行はリストラクチャリングをし、ビジネスモデルを変えて、収益を上げるなどして、それを原資に増資した株式(優先株など)を買い取るということになります。新生銀行の場合、日本長期信用銀行というところが破綻してリストラを始めたのですが、外資系企業から八城社長という社長がきてビジネスモデルが大きく転換しました。
八城政基 - Wikipedia
私が学部生のころに、新生銀行はちょうどそのビジネスモデルを変えていたところで、投資銀行ビジネスを強化するなど、当時は、新しいことをやっているようにみえました。もっとも、その後、リーマンショックが来て、QQEがあり、銀行ビジネスのオワコン化がすすむ中、ビジネスとしてはなかなかうまくいかなかったということだと思います。
優先株の普通株化
新生銀行のミスとしてよく言われる点は優先株の普通株化です。この辺りの経緯は必要に応じてまた修正・アップデイトしますが、現在の理解では、当初、議決権がない優先株で公的資金注入がなされており、普通株への転換権が付されていて、一方、配当率が抑えられていました。普通株になると、議決権が発生して国の関与が増えるので、新生銀行がこれを忌避すれば、優先株の返済へのインセンティブになるであろうということです。
こういう設計にすることで優先株にしながらキャッシュアウトを防ぐことができるというのは、りそな銀行でも同じ構図です。大きな商品性は、りそな銀行も新生銀行も同じと理解していますが、りそなの商品性は下記の論文の3.3で比較的丁寧に記載しました。
我が国における公的資金注入および一時国有化スキーム-金融危機対応措置(預金保険法102条スキーム)について-|服部孝洋(東京大学) (note.com)
ポイントは、転換権には期限が設けられており、これが実質的な公的資金の返済期限であった点です。結局、ビジネスモデルの転換により収益を上げることができず、この期限がきてしまったわけですね。それでこの優先株が普通株化するのですが、これで公的資金の返済が難しくなってしまいました。優先株から普通株への転換により、下記で紹介した東洋経済の記事あるとおり、株主平等原則に服する必要がでてしまったわけです。
SBI新生銀株で「村上ファンド」は1100億円稼ぐ? 上場廃止前に株を買い増し、まさかの大量保有 | 金融業界 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)
別の角度で見ると、公的資金を返済するうえで、基本的には、預保が有する株式を買い戻す必要があるのですが、株価が低迷している中で、新生銀行がバイバックすると、預保が損をすることになるので、これはできません。したがって、株価が上がらないと、公的資金の返済ができないということになります。下記が新生銀行の株価の推移ですが、これを見ればわかる通り、もうどんづまっていたわけです(これをみるとりそな銀行も株価が低迷していたことがわかるとおもいます)。
新生銀行とりそな銀行の株価
![](https://assets.st-note.com/img/1696459116779-FP1zoNxtrI.png?width=1200)
上記の問題点は様々なメディアでも報じされています。例えば、下記の日経ビジネスの記事では、「1998年に政府が取得した優先株が普通株に転換された。こうなると、あとは株価上昇をまつばかりになり、手のうちどころがない。返済の原資を蓄えられそうな時期まで優先株のままでいられれば、こうした問題は避けられた。」と指摘しています。
SBI新生銀、非上場化へ 公的資金返済阻む「幻の2500億円」の呪縛 :日経ビジネス電子版 (nikkei.com)
一方、りそなやあおぞらでは、このパターンにならなかったというのは、私の認識では、金融庁が普通株式に転換されるよりはよいということで、優先株の商品性を変更を認める特殊な判断がなされたからだと理解しています。このあたりは下記の記事などを参照してもらいたいのですが、「10月に予定されている優先株の普通株への転換時期を22年6月まで延長する。」としています。結果、あおぞら銀行とりそな銀行は公的資金を返済するということになりました。
あおぞら銀、公的資金を10年内に分割返済 減資を実施 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
TOBによる公的資金返済
このように公的資金の返済にどん詰まっていた新生銀行ですが、普通株が市場で価格がついているから返済できないわけなので、TOBにより非上場化することで公的返済のプランをつくっていたわけです(また、スクイーズアウトによる少数株主の排除も企図されています)。この辺りの流れが2023年の前半から出始めて、TOBが仕掛けられていたところでした。このような流れの中で、最後に旧村上ファンド(エスグラントコーポレーション)が出てきたということですね。
上記を踏まえると、株価が低迷している中、政府に公的資金を返すには、SBIが株式を買い取って、非上場化し(日経の表現を借りれば、株価という「くびき」をはずし)、少数株主を排除して、株主をSBIと預保だけが株主となり、(今の株価より高い価格で)預保から株を買い取ることで公的資金を返済するということです。もっとも、TOBの中、今の市場価格で買い取ってしまえば、あとあとSBIに高く売ることができそうです。これが報道を見る限り、基本的な村上ファンドの戦略だと思います。
村上ファンドといえば、私の世代だと、ライブドアの事件を思い出しますが、目の付け所が違うというか、何とも言い難いところです。上記の事件をみていると、どうやって村上ファンドが新生銀行の株を買ったのだろうとか、誰が売ったのだろうとか、様々な疑問がわいてきます。また、今ちょうど、大量保有報告制度についてのルールの議論も進んでいるため、将来的に様々な制度を見直すことにもつながる可能性がある事件といえるかもしれません。
ちなみに上記を証券会社のビジネスと捉えるならば、証券会社だと投資銀行ビジネスに相当します(その意味で僕は専門からはずれますが、銀行規制は私の専門に入るため、そこが交差する点です)。IBビジネスは、会計・法・税の世界であり、様々なスキームを考えることは面白いと思います(この点についてはまた別の機会に書きます)。通常の公募増資は証券会社ではキャピタルマーケット部(資本市場部)などで取り扱っていますが、TOBや第三者割当増資はM&Aアドバイザリー(企業情報部)というセクションが担当していると理解しています(私の情報が古くなっていたら教えてください)。