さようなら…弱い私
職場の近くに餃子の王将という中華チェーンレストランがあるんですけど、昔はバーだったのか雰囲気良さげで、私が想像してた"THE 日本の大衆中華"のイメージが強い王将像が良い意味で崩れました😆
夜は此処でお酒飲みながら、おしゃれな一人中華も悪くなさそうね🍥
去年の11月30日、前原誠司さんら4人が国民民主党を離党し、今はなき『教育無償化を実現する会』が結成されました。あれから一年が経って、私の政治観・アレ活・自身の生活が大きく変わりました。それに伴い、来年の今後の私の活動について報告致します。かなりの長文になりますが、お付き合い願いたいです🙇🏻♀️
まずは私の政治観から。私は今年の2月まで、首都圏の者でありながら、国民民主党の滋賀県連の党員でした。埼玉県連サポーターも含めた党サポ時代…正直申し上げますと、辛かった事の方が多かったです。思う様にポスティングは出来なかったし、サポーターになった時には玉女からアレ女に舵を切り替えていたし、トリガーと参議院選挙の結果と安倍さんの件で、国民民主党の方向性に疑問を抱きはじめ、ポストする度に玉木さん寄りの支持者から結構叩かれました。特に去年の上半期辺りの玉木さんは煽り運転の車の如く暴走し、私自身そんな彼に酷く怯えていたのですが、代表選挙のタイミングでその暴走車を一時的にストップさせたのが前原さんでした。この時ですね…前原さんに対して尊敬の対象として見る様になったのは。おがけ様でこの時に前原アレルギーを克服できました🐯
結果は御存知の通り玉木さんの再選(選挙戦はドロドロしてました…)で、負けた前原さんは二ヶ月後に嘉田さんとあっちゃんとアレックスさん+立憲民主党を既に離れていた徳永さん一緒に、教育無償化を実現する会を結成。この出来事で私は次の事を思い、国民民主党の党員も支持もやめたのです😓
党員を辞めた事で、支持を辞めた事で、結構自由になりました。でもそれでもやっぱり奴らは叩いてきます。何せアイツら…候補者を死に追いやる程にまで、徹底的に叩きに行きますからね。そこで見えてきた課題が…叩かれても平気な強い自分になる事です。前原さんやアレックスさんの様にまでとはいきませんけども、叩かれても冷静になって"妬みか差別か"見極める力が得なければと思う様になりました。そんな強かな自分になる為に、来月からある事を始める予定でいます!それは…『都内でのアレ活』です🥘
次にアレ活について。私は首都圏のアレ女ですので、地元のアレ女・アレ男とは違って、その気になればアレックスさんとお会いする事ができません。自分が住む所から500㎞も西にある選挙区なので、アレックスさんの名前を書いて票を投じる事ができません。選挙ボランティアも参加したい気持ちはあれど、発達障害と知的障害が足枷になる為か難しいです。見えないハンデを持つ私が来湖して優雅なあの人の為にできる事は…高額な新幹線代と宿泊代を払って、お祭りの時に御一緒する事と投票日に結果を分かち合うだけ。洗練された見た目とは裏腹に、不審者並みに不自然な行動が目立つ私にはそれしかできません。だから…選挙戦の時にテキパキと効率よくボランティアしたり、自然体な日本語でコミュニケーションを取って歓談する地元のアレ女・アレ男達と、アレックスさんといつもお供されてる秘書のあの子に対して嫉妬する様になり、できない事だらけの私は悔しくて悔しくてつい揶揄う事もありました。だって皆んな男女揃って明るさと美しさが顔に出ていて聡明だし、コミュ力も行動力もすこぶるあるもの。そんな皆んなが羨ましかった…羨ましくて羨ましくて、嫉妬心から来湖中もしくは帰宅後、長期的に体調を崩す事がしばしありました。その状態になっていた事は薄々気づいてましたが、アレ女としてのプライドが邪魔してそんな自分を認められないでいました。しかし石山寺の大河ドラマ館と同時開催してた『恋するもののあはれ展』が、地元秘書のあの子と地元アレ女・アレ男達への嫉妬心から体調崩していた弱い自分を認め、許す事ができました。実は…その嫉妬心こそが、国民民主党支持者に叩かれてはパニックになる弱い自分を作っていた原因にもなっていたのです🥺
二期目の国政御奉仕をされるアレックスさんが40歳を迎える2025年。私は新しいアレ活をしていきます!嫉妬で人を揶揄わない、体調も崩さない、大きな散財もしない、迷惑をかけない、皆んなにも自分にも優しいアレ活をしていきます。来湖はあくまでも閉会中・座談会・選挙がある時だけにしておき、通常国会・臨時国会のある時は永田町を拠点にアレ活していきます。維新に合流し、新しい代表の元で御奉仕する彼は、国民民主党以上の活躍をする可能性が高く、恐らく早々党の要職に就くかも知れないので、昔よりは多少ながら都内にいる事が増えていく事でしょう🇪🇸
ちなみにXで私を叩いてきた人のポストの内容で"維新を応援すれば良いのに"というポストを見かけました。アレックスさんが維新所属の議員だと言う事からその様なポストをされたと思います。私は現在、心底熱烈に支持する政党はありません。推し本位で生きる要として日本維新の会を、死の要として諸派政党の安楽死制度を考える会を緩く支持してます。緩くなので、全ての維新支持者、全ての安楽死合法化賛成派と、仲良くご一緒するつもりはありません。あくまでも非自民・非共産を前提に、発達障害に理解のある議員さんと支持者、そして発達障害に携わる関係者とご一緒して行く次第であります。多分維新の支持者の中にも、発達障害の方が苦手な人はいるでしょうから💦
国民民主党時代の様な人間関係の構築はもうできません。今はなき教育無償化を実現する会の結党からの維新への合流が、アレ活の見直しと私自身の政治の見方を大きく変えたのです🧼
最後に自身の生活について。今年の晩秋から、グループホームの入居を検討を加速してます。凄い勘違いをしていたのですが、療育手帳Cと軽度知的障害の私でも入れるんですね…びっくりしました🫢
検討を加速させたきっかけは、衰退へと変わりゆく家庭環境でした。親の高齢化と毒化した妹から身を守る為に、自立しなければいけません。そうしないと私はあらゆる面で発達障害を免罪符に生きる臆病で嫉妬深い弱い女のままですし、何もせずにいたまま待っているのは…過酷な障老介護と、姉妹間の障障対立です(妹も未診断ですが、発達障害の特性あり)。
私はこれまで、親の事を毒親と罵ってました。しかしこれまでの親の言動を細かく探っていくと"障害に負けない強い我が子に育てようと、不器用ながら厳格ながらも愛を込めて私を育てていた"事に漸く気づきました。毒親の常套文句である"あんたなんか産まなきゃ良かった"なんて私にだけは一回も言ってませんでした。親は毒親ではなく『不器用を武器に否定の中に愛ありの名の下であえて厳しく育てた良き鬼親』だったのです。気付くきっかけですが、これは私がコロナに罹患する前の話になります。私…面談で支援者に叱られたんです。毒親呼ばわりする私に"親御さんはあなたを為を思って、今のあなたの様に社会人としてちゃんと働ける様にあえて厳しく育ててきた筈。素敵なご両親をそんな風に言うのは良くないわよ…"とね。どうやら毒なのは私だったみたい。発達障害を免罪符に生きる甘ったれの毒女でした。でも…気付けて反省しているという事は、猛毒ではないんですよ。これこそが自立のチャンスだと確信しました!
発達障害は治せなくても(多くの日本人の本音は、治らなきゃ困るんだと思う)、性格面・金銭面でしっかりとした自分づくりをしていきます。聞けば一人暮らしをすると、自分に自信がついて性格も明るくなるらしいです。なので来年は自分づくりを優先する為、今年より来湖する回数が少なくなります。
アレックスさんが出世する様に、私も少しずつ身を切る様な感じで強くならなければ…石山詣をする平安貴族の様に、優雅でつぶらなお目目の貴方を想い推すのは今年で終わり!来年からは忍耐力宇宙最強の女(クウラ様みたいな表現www)を目指し、優雅なオリーブブラウンの髪靡く貴方を都内で守り推します!!💪🏻
2024年も残り一ヶ月。上記の出来事を総合して、私自身の今年の漢字が決まりました。私の今年の漢字は『放』で御座います🍎
移動前の所にいた時はすごく遠方で、自立という時が浮かんでもそれを中々実行に移しにくかったんですね。近くに異動したからこそ、その様な決断がしやすくなったんです。身を切って己を解毒し、自分を愛し、人を愛し、そして親を愛せる、強くて優しい真人間になれるよう精進致します✨