2件目 決裂

『女子高生刑事怪奇録』前回までのあらすじ

 所轄勤務の女性刑事・細川晴(ほそかわ・はる)は警視庁特殊事象捜査課特別捜査班、通称・トッパンへ配属されることに。
 早速トッパンの事務室に向かった晴は、以前イギリスで共にロンドン市警の捜査協力を行った女子高生刑事・山村薫の下に配属されたことを知る。
 そんな中舞い込んだ傷害事件を追っていると、事件の犯人はなんと妖怪・鎌鼬(かまいたち)だった……。
 そう、トッパンとは警察内に設けられた怪奇現象対策班だったのだ!

ーーー

『女子高生刑事怪奇録』第2話

 作:湯郷五月

「私、辞めさせていただきます」
 細川晴が突如としてそう告げたのは、彼女がトッパンに配属された翌日のことだった。その日も春先らしい暖かい陽光に包まれた晴天の日だった。
「え、どうしていきなり?」
 怪訝な顔で尋ねるのは狐目の男。トッパンを管轄する警視庁特殊事象捜査課課長の赤松である。
「どうしてもこうしてもありません! 怪奇現象相手に捜査するなんて、こんなの警察の仕事じゃないじゃないですか!」
 彼女がトッパンに配属されたのは昨日のこと。新年度に合わせた人事異動で所轄の刑事課から警視庁トッパンへと異動になったのである。それは警察官であるならば喜ぶべき出世である。しかも、警視総監直々に拝命の言葉を貰うなど感極まれりというべきだろう。
 しかし、彼女は僅か1日にして叛意した。なぜなら、トッパンは怪奇現象の捜査を行う部署だったからである。
「あー、晴さん怖いの?」
「違います!」
 はぐらかすような、挑発するような口調の赤松課長。本来、こうした辞意に関しては直接の上司であるトッパン班長に伝達すべきなのだが、越権した上であえて課長に頼み込んだのは訳がある。
 それはあの直属の上司にあたる少女に頭を下げても引き留められるのがわかっているからだ。
「以前にも話しましたけど、私本当は捜査一課希望なんです! 所轄のときだって刑事でした。化け物相手に捜査なんて一度もやったことないんですよ!」
 その運命が変わったのは先月のことだ。休暇旅行先のロンドンで今現在直属の上司となっている少女の捜査を手伝ってしまったこと。それがトッパンへの異動のキッカケだったのだ。
「うーん、でもロンドンでは薫ちゃんのお手伝いしてあげたんでしょ? 切り裂きジャックの逮捕にも大いに貢献してくれたって、薫ちゃん言ってたよ」
「それは成り行きです! 仕事でやるのとは訳が違います!」
 そうだ。あのときはプライベートなのに警察官だからって使命感と正義感で出しゃばってしまったのだ。それがそもそもの間違いだ。仕事で化け物と常に対峙しなければならないのは訳が違う。
「でも、薫ちゃんの下に配属された段階でちょっとは予想できなかったの?」
「できるわけないじゃないですか! あのときは人間相手だったんですよ!」
 正確には何某という化け物に憑依された人間が切り裂きジャックの正体だったわけだが。100パーセント純粋な妖怪と対峙したのは昨日の鎌鼬(かまいたち)が初めてだったのである。
「大体刑事の仕事は罪を犯した人間を逮捕することです! 妖怪やら何やらを退治することではありません!」
「それは違いますよ」
 ハッとして背後を振り向く。紺色のブレザーの上に白衣を纏った小柄な少女。腰まで伸びた黒髪が特徴のその少女の名は山村薫。トッパン班長、晴の直属の上司にして警視総監の娘である。
「薫ちゃん……」
「全く朝からお元気ですね。外まで丸聞こえでしたよ。まあ、このフロアはうちしか部署がないので構いませんけど」
 言葉使いだけ丁寧で、口から出る内容は人を食ったようなことばかり。小さな体で態度はデカい。それが山村薫という少女である。
「それより、先ほどの言葉は聞き捨てなりませんね」
 薫の鋭い視線が晴に向けられた。ギロッという音が鳴りそうなほどの視線に、思わず晴も背筋が伸びてしまう。
「罪を犯した人間を逮捕するのは確かに刑事の仕事です。しかし、それはあくまで『刑事』の仕事です。警察官の仕事ではありません」
 荷物をデスクに置くや、鋭い言葉を浴びせながら晴に詰め寄っていく。
「所轄であなたが刑事だったのは知っています。本庁でも刑事希望だったことも理解しています。しかし、今のあなたは刑事ではない。トッパンの人間です。少し勘違いされているのではありませんか?」
 あーあ、薫ちゃん怒らせちゃったね。課長が呟いた。
「晴さん、警察官の仕事は何ですか? 刑事である以前に、警察官として最も大切なことを忘れていませんか? 警察官の仕事は市民の安全を守ること、街の治安を守ることです。そのためには人間に被害を与える怪奇とも戦わなくてはいけないんです。思い上がりもいい加減にしないと、いつか痛い目に遭いますよ!」
 厳しい言葉が晴に突き刺さった。薫の言うことは正論だ。彼女は正しいことしか言っていない。
 だが、晴の中にも反発する気持ちがあった。トッパンの仕事をもっと早く彼女が伝えてくれなかったから今のような状況に陥ってしまったのでないか、という。
「ええ、そうね。確かに薫ちゃんの言うとおりよ。でもね、その自分に一切非がないと思ってるような、自分が絶対的な正義であるような態度が気に食わないのよ!」
 晴から予想外の反抗を受けたことで一瞬面食らったような薫であったが、悲しいかな、彼女も彼女で意地っ張りなのである。
「ボクがいつ自分を絶対的な正義だと言いました? ボクは正論しか言ってません。ごく当然のことを客観的に述べたにしか過ぎませんよ」
「その態度が鼻につくって言ってんの。わかる?」
「ええ、ええ、わかりませんね。あなたのような感情の起伏が激しい方のおっしゃることはさっぱりわかりません。ボクの理解の範疇を超えています」
「へー、自分の部下だってのに2日目で匙投げるの? 情けない上司ね」
「情けないのは晴さんの方でしょう? たかが1日、自身の理解の及ばない出来事が立て続けに起こっただけでこれですか。その程度の覚悟しか持ってない人間なんて、こっちからお断りですよ。辞めたいなら辞めれば良いではありませんか」
「ああ、そう! じゃあ、そうさせてもらうわよ!」
「ええ、ええ、どうぞ! あなたを見込んだボクがバカでした!」
 所轄に戻るから! そう言い残して晴はトッパンから去っていった。乱暴に閉められた扉が大きな音を立てながら、反動で再び開いていった。
「ちょ、薫ちゃん……」
「良いんです」
 大きくため息をつきながら乱暴に椅子に腰を下ろした。
「少し頭を冷やした方が良いんですよ。この程度で折れていてはトッパンの職員は務まりません」
 ハッとまた大きく息を吐く。
「もしこれで戻ってこなかったら、どうするつもりなの?」
「……どうしましょうか」
 薫はデスクに肘を付いて頭を抱えた。
「ああ、ボクのバカバカバカ……。晴さんに何てこと言ってしまったんでしょう……」
「だったら、言わなきゃ良いのに。薫ちゃんも案外意地が悪いよね」
「うう、売り言葉に買い言葉でつい……」
 それは山村薫という人間にとって珍しい出来事だった。不思議なことに細川晴という人間と対峙していると、異様に感情が表に出てしまうのだ。
「もしかしたら、薫ちゃんと晴さんって似たもの同士なのかもね」
「えっ?」
 課長は不敵な笑みを浮かべていた。
「言葉通りの意味だよ。だから、僕にはわかるんだ。薫ちゃんと晴さんは良いコンビになるだろうなって」
 ふふっと笑ってコーヒーをすする。
「ああ、でもこのままだと名コンビになる前にコンビ解消だね」
「うぐっ」
 よもやこれは言外に晴を追いかけろと言っているのではないだろうか。いや、確実にそうだ。課長が遠回しな言い方をするときはいつもそうだ。
「ねえ、薫ちゃん?」
 不気味な笑顔が向けられる。直接は言わないからこそ、薫には最も効果的なのだ。
「ちょ、ちょっと出てきます」
「ああ、いってらっしゃい」
 どこへ?と尋ねないあたりが彼の術中に見事にハマったことを物語っていた。
「何かあったら連絡ください。ちゃんと仕事はしますので」
「はいよー」
 慌ただしく外に向かう。ローファーの音が部屋の外に響き渡った。

「ああー。私、何やってんだ……」
 今日も晴れ。気持ち良いほどに春めいた天気だ。江戸川の堤防をとぼとぼと歩く晴には、反射した陽光が痛いほど突き刺さってきた。
 所轄に戻るなどと豪語して飛び出した彼女だが、その実、戻れるわけがなかった。当然だ。所轄から本庁に異動した刑事が僅か1日で元の鞘に収まれるかといえばそんなわけがない。既に新人だって入っているし、彼女がいないこと前提で人事が済んでいるのだ。晴が入れる隙間はない。いたって邪魔なだけなのだ。
 だから、かつて自分が管轄していた江戸川沿いを昨年までを懐かしみながら彷徨うしかなかった。客観的に見れば実に惨めだろう。
(そもそも私が悪いのに……。逆ギレして飛び出すとかバカみたいじゃない……)
 薫の言ったことは正しい。100パーセント悪いのは晴の方だ。上司とはいえ10代の高校生相手に逆ギレして飛び出す30代なんて格好悪いだけだ。まるで大人の貫禄がない。
(まずいわね……。さっさと戻らないと……。ん……?)
 どうしたものかと頭を悩ませていると、河辺に1人の少女の姿を見かけた。
 彼女の姿が目に入った瞬間、晴はその少女から目が離せなくなった。なぜなら、彼女が薫と同じ紺色のブレザーを着ていたからだ。彼女は薫と同じ高校に通っている。晴は直感した。
「君、どうしたの?」
 少女は木の上を憂え気に見つめていた。その制服だけでなく彼女の表情までも気になってしまった晴は、気付いたときには河辺に下りて彼女に声をかけていた。
「えっ……?」
 突然声をかけられた少女はおどおどしたように晴に視線を送った。ボブカットがさらりと揺れる。垂れ目気味の彼女はかわいらしい女の子の部類に入る子だった。
「ごめんね、急に。なんか君の顔見てたら声かけたくなっちゃって。木の上、何かあるの?」
「ああ、はい」
 同じ女性だったからだろうか、彼女は少し気を許してくれたようだ。
「木の上にネコが……」
「ネコ?」
 ふと見上げると、枝葉の陰に小猫の姿が垣間見えた。白黒茶の3色はいわゆる三毛猫。だとすれば、あれはメスだろう。鈴の付いた赤い首輪が変に悪目立ちしている。
「あれ、うちの飼い猫なんです。あの子、すぐ高いところに昇っちゃって。自分で下りられないのに」
「ふーん、なるほどね」
 言うが早いか、木の幹に手足をかけた。
「あ、あの……!」
「私が助けてくるわ。その格好じゃ登れないでしょ?」
 晴は元々運動は得意な方だ。高卒から警察官として働いているだけに常人よりも体は鍛えられている。すいすいと見てて気持ち良いほどあっさりと登り、あっという間にネコの側までやってきた。
「ほら、おいで」
 手を伸ばす。だが、彼女は警戒しているようで怯えたような表情を見せていた。
(困ったわね。無理矢理抱きかかえたら引っかかれるかも)
 別にひっかき傷が残ること自体は気にしないのだが、薫に見られると何を言われるかわかったものじゃない。それを考えれば出来るだけ無傷で終えたいところだ。
(ん……?)
 ふと、首元に視線が行く。首輪の鈴に何かが付いている。よく見ればそれは小さなネームプレートではないか。そこにはネコの名前であろう3文字が刻まれていた。ササミ、と。
(こいつネコのくせに名前ササミなのぉ……?)
 飼い主の絶望的なネームングセンスに辟易するものの、これは突破口になるかもしれない。名前を呼ぶ。飼い猫ならそれだけで反応するかもしれない。
「ササミ。ササミちゃん、おいで」
 名前を呼びかけながらもう一度手を伸ばした。これが効果覿面、首をもたげて晴を見つめてくれた。
「ササミちゃん。大丈夫、怖くないわよ」
 ササミと何度も名前を呼ぶと、恐る恐る近寄ってくる。晴の指先に鼻先が触れる。軽く匂いをかがれた。直後、ササミは晴の腕を伝って懐まで飛び込んできた。
「おっとっと」
 一瞬バランスを崩しかけたが、そこは反応の良さ。すぐさま近くの枝を掴んで落ちたりはしない。
「さてと」
 片手でネコを抱えたまま、悠々と木から下りた。
「はい。ちゃんと連れてきたわよ」
 少女は下りてくる晴を待ち受けていたかのように飛びついてきた。腕の中の小猫を見るや
「ササミ!」
 ひったくるように三毛猫の姿は彼女の腕の中へ。
「良かったー! もう、高いところはダメって言ってるでしょ!」
 めっと叱ってから
「お姉さん、ありがとうございました!」
 初めて少女が笑顔を浮かべた。その柔らかな笑顔はまるで天使の微笑みのようだった。
(ああ、なるほどね……)
 彼女の笑顔が晴にある思いを抱かせた。
(確かに犯罪者を捕まえるだけが警察官の仕事じゃないわ)
 それは薫が伝えようとしたこと。そして、目の前の少女から教えられたこと。刑事としての誇りが強すぎて忘れかけていたこと。
 晴は決して頭が良いわけではない。だが、柔軟性はある。実際の経験から多くを学び取れる感受性の備わった人間だ。
(ごめん、薫ちゃん。私、バカだから。やっとわかった気がするわ)
 トッパンに戻ろう。戻って薫ちゃんに謝ろう。そう決心した。
「ねえ、君」
「は、はい!?」
 その前に聞いておきたいことがあった。
「君の学校に山村薫っていう女の子いない? 背が低くて髪が長い……」
 そう尋ねながら、少女の瞳孔がみるみる広がっていくのを感じた。
「あの!」
「えっ!?」
「お姉さん、警察の方なんですか!?」
「!? そ、そうだけど!?」
 それは晴にとって晴天の霹靂と言っても良い出来事だった。山村薫という名前からすぐさま警察に結びつけられる。それは彼女のことをある程度知らなければ連想できないことだ。
「君、薫ちゃんのお友達?」
「はい! 幼馴染みで大親友です!」
 だが、彼女が口にした言葉は予想の斜め上を超えていた。

 彼女は自らを船橋千歳と名乗った。そして、薫とは幼馴染みで大親友だとも。曰く、家が近所であったため、子供の頃からよく一緒に遊んでいたらしい。
「ほら、薫ってあんな性格じゃないですか。だから、誤解されることも多くて。友達全然いなかったんですよ。私くらいしか」
 折角なのだから薫ちゃんのことを聞き出したい。そう思った晴は千歳の話を真剣に聞いていた。
「警察に入ってから、薫、生き生きしたみたいで。ちょっと妬いちゃいますけど、大人の人に囲まれてる方が薫にとって良かったのかもしれませんね」
 実際に接するようになってから一月程度、同じ部署で働くようになってからまだ2日目。そんな晴にとって千歳の話は貴重なものだった。
「でも、薫羨ましいなー。こんなカッコいい人が相棒だなんて」
「ええ? 私がカッコいい?」
 それは学生時代から度々同性に言われていたことだった。まあ、見た目が男っぽいのは自分でもわかっているけど。
「はい、カッコいいですよ」
「どこがぁ?」
 ちょっと茶化して聞いてみたのだが
「えっと、見た目もそうですけど。さっき躊躇うことなくササミを助けてくれたところとか。やっぱり警察の人なんだなって。すごくカッコよかったです」
 思ったより真剣に答えてくるので少し照れくさかった。
「そ、そっか」
「はい、そうですよ」
 屈託のない純粋な笑顔。刺さってくるようだった。さっきまで薫と子供みたいなケンカをしていたとは口が裂けても言えない。
「あの、薫と仲良くしてあげてください。側で支えてあげてほしいっていうか。薫、前の相棒さんがいなくなってから元気なかったから」
 ん? 前の相棒さん?
「薫ちゃん、前の相棒さんと何かあったの?」
「いえ、特に仲違いしたとかじゃないんですけど。前の人、足利さんっていうんですけど、薫その人のことすごく慕ってて。足利さんが警察庁に異動になってから元気なくなっちゃってたんです。私も心配だったんですけど、仕事のことは私じゃ何もできないから……」
 途端に千歳の顔が曇る。いかに薫のことを大切に思っているのかが見てとれた。
「だから、晴さんが代わりとかじゃなくて、薫にとっての新しい唯一無二の人になってくれれば嬉しいなって。薫のこと、どうかよろしくお願いします」
 深々と頭を下げられた。
「ええ!? いや、ちょ、そんな頭上げてよ!」
 薫と同い年とはいえ高校生に頭を下げられるのはむずがゆい。
「全く、薫ちゃんも千歳ちゃんみたいな幼馴染み持てて幸せね」
「えっ、そうですか?」
「そうよ、そう」
 キョトンとした瞳からは彼女の無自覚ぶりが窺える。たぶん、薫ちゃんにとっての千歳ちゃんって親友以上に大切な人だと思うんだけど? なんて考えながら。
「まっ、薫ちゃんのことは任せといて。千歳ちゃんの頼みだしね」
 そのためには一刻も早く薫に頭を下げなければならないわけだが。
「良かった! お願いしますね!」
「う、うん」
 千歳の純真無垢な笑顔を見ると心が痛む。
晴の気持ちははやりはじめていた。一刻も早く警視庁に戻って薫と顔を合わせたいと。
「や、やっと見つけました」
 ところが、その薫本人がやってくるとは想定外だった。
「え!? 薫ちゃん!?」
「薫!?」
 背後に息を切らせた薫が立っていることに気付いたときには本気で心臓が止まりそうになった。
「薫ちゃん、どうしてここに!?」
「それはボクの台詞です! しかも、なんで千歳と一緒なんですか!?」
 晴にとって薫がやってくることは想定外だった。だが、薫にとっても晴が千歳と共にいることは想定外の事態だったのである。
「あのね、薫。晴さんがね、ササミを助けてくれたの」
「ササミぃ!?」
 裏返った声でネコをのぞき込む。
「また高いところ登ったんだ、このバカネコ。まあ、バカと煙は高いところが好きって言うしね」
 薫ちゃん、千歳ちゃんと話すときは敬語外れるんだ。新しい発見だった。
「ちょっと、そんな言い方ダメだよ。それじゃ晴さんもバカみたいじゃん」
 待った、千歳ちゃん。それフォローになってない。
「晴さんはバカだよ」
「誰がバカよ、誰が!」
 瞬間、ハッとした。また薫に声を荒げてしまった。
「ご、ごめん」
「えっ……?」
 珍しいものでも見るかのような目。
「すぐ謝るなんてらしくありませんね」
「は、はあ!?」
 やっぱりバカにしてるんじゃなかろうか、このちんちくりん。
「ふっ、ふふふ」
 その瞬間、唐突に千歳が笑い始めた。
「千歳?」
「千歳ちゃん?」
「ふふ、あはははは」
 千歳がお腹を抱えて笑い出したのだから晴も薫も呆然だ。まあ、既に千歳はササミを抱えているのだが。
「ど、どうしたの?」
「はー、ごめんごめん。でも、2人とも良いコンビになれそうだなって思って」
 良いコンビ?
「2人とも、似たもの同士なのかも。でも、それがきっと良い方向に行くんじゃないかな」
 思わず顔を見合わせた。ボクが? 私が? この人と?
「あっ、私部活帰りだったんだよね。そろそろ帰らなくちゃ」
 ふと思い立ったように千歳が言った。
「じゃあ、晴さん。薫のこと、よろしくお願いします。薫、晴さんのこと、あんまりいじめちゃダメだよ。じゃあね」
 そう言い残して千歳は慌ただしく帰ってしまった。後には晴と薫だけが残されて。
「ごめん、薫ちゃん」
 先にそう切り出したのは晴だった。
「私、間違ってたわね。自分が刑事であることにこだわりすぎてた。薫ちゃんの言ってたことが全部正しいわ。なのに、逆ギレして飛び出して。大人げないわね」
 素直にそう告げる晴を薫は怪訝そうに見つめていた。
「さっきネコを助けてあげたときの千歳ちゃん、すごい嬉しそうに笑ってたのよ。それ見て何となくわかった。私たち警察官は誰かの笑顔を守るために働いてるのよね」
「……ようやくわかりましたか」
 半ば呆れ気味、でもどこか嬉しげな表情を見せる薫であった。
「私、トッパンで頑張るわ。たとえ相手が人間じゃなくても、誰かの笑顔を奪うやつらは許せない。誰かの笑顔を守るために、私頑張るから。だから、よろしくね」
「……ええ、こちらこそ」
 そう言って2人は固い握手を交わした。
「ボクもごめんなさい。ムキになって言い過ぎました。自分で誘っておいて辞めろだなんて、おかしいですよね」
「いや、元はといえば私が悪いんだし」
「ケンカ両成敗ということで良いではありませんか」
「はは、確かにそうね」
 笑いながら肩を並べる2人には、もうどこにもわだかまりは残っていなかった。

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所轄勤務の女性刑事が女子高生刑事の部下になったら怪奇現象と戦う羽目になった件について。 刑事モノ×怪奇モノ×百合(?)。 連載は終了…

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