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10年日記帳

殺伐とした東京の中でも、ゆっくり息ができるようなスポットを見つけるのが好きだ。…という書き出しからして、なかなか仕事に追われて頭がくたびれてきているんじゃないのか、私よ。いつだって忙しい人間は、自然に思いを馳せるものだから。

世田谷は代田、下北沢の駅から伸びるクネクネした緑道を歩いていくと、飲食店や物販店、イベントやマルシェなんかがやっているスペースに出会う。みんなで使い、みんなで育てていく新しいスペース、新しい“まち”と定義されているそこは、「ボーナストラック」と呼ばれている。

ボーナストラックといえば、音楽アルバムの特別収録コンテンツなんかのことだが、おそらく生活に必須というわけではないけれど、あればちょっと心が躍る、そんな意味を込めて作られた場所なのだろう。都会的な雰囲気を持ちながら作りこみすぎていない、むしろそこにいる人で移り変わる、私のお気に入りのスポットである。

ちなみにボーナストラックにはB&Bという本屋があって、『虎に翼』の我らが寅ちゃんのモデル、三淵嘉子さんについての本だけでコーナーが組まれていたり、少数民族や民藝、ジェンダー、コミュニティやまちづくりについての本も多かったりと、助かっている。陰謀論やヘイト本、「〇〇しないと損をします」というような煽り本がまったく売っていないので、これも助かる。家にはB&Bで買って、まだ読めていない本が積まれており、まとまった時間ができたら活字の海に溺れることを、ひそかに楽しみにしているのだ。

さて前置きが長くなったが、今年の4月、このB&Bで「10年日記帳」なるものを購入した。その名の通り10年使える日記帳で、2024年の4月からはじめ、2033年まで書くことができる。たとえば4月1日のページを開くと、ページが10等分されている。2024年、2025年、2026年…2033年と、4月1日の出来事は10年連続で同じページに書くという体裁になっており、来年からは去年の同じ日に何をしたのか振り返りながら書くことができるのだ。4月1日のページには、これから10年の間、私がどんなとっておきの嘘をついたのかが記録されていく予定である。

10年、はて。どんな感じだろうか。おそらくまだ働いていて、料理と昼寝とお風呂が好きな40代なんだろうけれど、一緒に暮らす人間や動物が増えていたり、熱中していることが増えていたり、または減っていたり、これが自分だと思っているものさえ変わったりしていくのかもしれない。

日記を書こうと思ったきっかけの一つは、近所の友人がぼそっと呟いた一言である。「なぁんか今年、何にもしてない気がする」。なるほど、たしか一緒にキャンプにも行ったはずだし、お祭りにも出かけたはずだけど、彼女の中では「何もしてない」の中にそれらは内包されるということだ。でも、わかるの。一瞬の花火のように煌めいて消えたイベントのことは、歳を重ねるごとに忘れやすくなると思う。代わりに、複数のものごとの文脈が重なったり、数年ごしに合点がいったり、その一瞬の煌めきから昔の出来事を思い出してエモーショナルな気分になったりという体験は、かなり増えた気がする。

というわけで、人生との相対で1年間を短く感じるようになるのと引き換えに、こんな楽しみが大人にはあったと気付いたオバサン見習いの私は、人生の出来事やその日の感情を「単発のイベント」として捉えるのではなく、日記を使ってできれば10年という長期の流れに沿って理解し、楽しんで行こうと思うのだ。

あるときは過去を振り返りながら、あるときはサボりながら、そのままの自分のことをもっと知っていきたいと思っている。

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