見出し画像

片思い


「大丈夫?」


初めての会話はマヌケで、恥ずかしくて、その場から消えて無くなってしまいたいものだった

学校帰り、ガタガタの砂利道を自転車にのっているとハンドルをとられ盛大に転けてしまった

運悪く、一目惚れをした先輩にその場を目撃され
嬉しいんだか、悲しいんだか、この時初めて会話をした


「大丈夫です!!」

「怪我しとるよ?」

「本当に大丈夫です!」

本音はもっと話したかった
でも、それは確実に今ではない

子供が大好きなアニメ見たさに走り帰るように、無我夢中で自転車を漕ぎその場を立ち去ってしまった


あ、お礼言い忘れちゃった…


とはいえ、先輩のアドレスも番号も知らない私は為す術なく、友達に聞いてよ〜と泣きつく形で電話をかけていた


翌日、学食で昼食をとっていると

「昨日、あれから大丈夫だった?」

胸がドキッとした、先輩だ。

「本当に大丈夫です、元気なんで!」

と手を振り上げた瞬間、水を零し
口の中はさっき頬張った親子丼がグチャグチャになって残っている

本当に最悪で最低だと思った


1回ならまだしも、2日続けては最悪にも程がある
大体、私はこういう節がよくある
テンションが上がってしまうと周りがあまり見えていない
気になる事、集中している事に一直線になってしまいドジを踏む
お水を零すのもよくあること
何かにぶつかったり、転けたり、時には階段から落ちることも

よくみんなにはアホだなって笑われるけど
そうではない、一生懸命なだけ


平凡な学校生活を送る中で、この日を境に先輩と話すことが少しづつ増えていった

「おはよー」って言えるようになった
名前を呼んでくれるようになった
ドジを踏んだ姿を見られたら「バカだなぁ」って笑ってくれるようになった

ただ、見ているだけで十分だった心の思いがどんどん大きくなっていく


人というのは欲深い生き物だと思う
憧れで見つめているだけで幸せだったのに
話せるようになると、もっと近くに!って気持ちが前に進む
その関係を壊したくない反面、付き合えたらなぁなんて想像もする
付き合えたら、どんなに幸せなんだろう

あなたは、恋人になったらどんな眼差しを向けてくれるの?
どんな風に声をかけてくれるの?
メールは?電話なんかも沢山するのかな?
デートするなら、どんな所に行くんだろう

一度加速した気持ちは簡単には止められないし
止め方を知っているほどの経験もない


私から告白…してみようかな。


先輩に歳上の彼女が居ると知ったのは、そんな事を思っていた矢先の出来事だった
大学生の綺麗な彼女ともう付き合って2年半らしい


告白しなくて良かった
恥をかかなくて済んだんだ!
自分にそう言い聞かせるも溢れ落ちる涙は止められない
もっと早くに出会っていればなんて思うのは烏滸がましいのかもしれないけど
思うくらい勝手でもいいよね

きっと先輩の優しさは興味があるとか、好意があるとか、そんなんじゃなくて友達に向けられたそれと同じなんだと知った


想いを伝えることどころか、そこからは悟られないように平然を装って接した

先輩が卒業した日も、最後だから…と思ったけど煩い自分の感情に蓋をした





砂利道を歩きながら、そんな昔の事を思い出してしまった
あれから私は専門学校に進学し、就職をして
馴れない仕事の忙しさから地元になかなか帰れなかった

やっとの思いで帰省したら、意外と変わっていない風景の中に見慣れない高層マンションが建っていたり
よく学校帰りに寄ったお店は看板がすっかり色褪せてしまって、少し切ない気持ちになった

当時を懐かしく思いながら宛もなく歩いていたら、いつの間にか通学路を辿ってしまっていた

あれから恋愛をしなかった訳では無い
それでも忘れられなかったのは、多分想いを伝えられなかったからなのかもしれない

いつまでも思い出に引っ張られたらダメだと自分に喝を入れる
そう思い、家に向いて歩きだした時、聞こえてきた懐かしい声
振り向きたい、話したい、顔が見たい
ついさっき自分に喝を入れたばっかりなのに…


そっと振り返ると、先輩がいた
どこか幼さがあった先輩の顔からは幼さが消えていた
あの頃と変わらないよく焼けた肌
服を見てハッとした
なりたいって言ってた消防士の制服

「なれたんですね、消防士」って笑うと

「まぁな」なんて、偉そうな顔をして白い歯を覗かせた

勤務中だからと別れを告げた、その左手が光った
あぁ、結婚…したんだ

ほら、また土俵に上がるまでもなく
高鳴った私の心の行き場が無くなる


「仕事、頑張ってね!」


いいなと思ったら応援しよう!