中国はなぜ覇権主義に突き進むか(1)
皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。本日は最近覇権主義色を強める中国について考察していきたいと思います。
変わる対中認識
2024年4月11日、国賓待遇として訪米していた岸田総理が米上下両院議会で演説をしました。そこでは中国の対外的な姿勢や軍事動向を国際社会の平和と安定に対する挑戦であると言及し、国際秩序を護ることに奔走してきた米国に我が国が「グローバルパートナー」として寄り添うことを宣言しました。
10年前でしたらこのようなことは考えられなかったでしょう。当時は「中国脅威論」としてネトウヨの妄言としかとらえてもらえませんでしたから。学校では今も「戦争はもうしない=もう起きない」という価値観で教えていますし、日本共産党の先生なんか「中国に脅威はない」とのたまっていました。
記事は2015年の安保法制論争当時のものですが、この時すでに中国は南シナ海に九段線を引いて支配権を主張し、実効支配している岩礁の一つに軍事目的の人工島を建設しています。また東シナ海にも食指を伸ばし、沖縄県石垣市の尖閣諸島に日夜領海・領空侵犯を繰り返していました。その状況下での発言ですから先見の明がないか、安全保障に関心がないかのどちらかでしょう。まぁ、晩年野党ですし。
例に挙げたのは日本共産党ですが、自民党を含めた他の政党も例外ではありません。安全保障に造詣の深い一部の議員を除いた大部分は日本の安全保障に対し他人事で、右翼などと吹聴される安倍政権ですら中国の脅威に直接言及することは稀でした。
しかし2022年の11月13日、カンボジアのプノンペンで開かれた東アジアサミットで岸田首相は「東アジアで日本の主権を侵害している」と中国を名指しで批判しました。相手がすでに退任の決まっていた李克強なのは締まりませんが。
本来ハト派であり親中であるはずの宏池会の岸田さんがこのようになったのは、中国の覇権主義が誰の目にも明らかになったからでしょう。最近でも米国国防長官のオースティン氏がハワイで開かれたインド太平洋司令官の交代式にてはっきり名指しで指摘しているくらいです。
それではなぜ中国は覇権主義に傾倒するのでしょうか?「中国はナチス」とか感情論を言っても何もわかりません。彼らが何を思い、何を求め、何を目指しているのかを考えなければ、敵対するにしろ歩み寄るにしろ、ただ相手側に振り回されるだけになるでしょう。今の岸田政権が実はそうなっているように。
ではこれから中国は覇権主義を突き進むことになる理由を客観的に考察していきたいと思います。差し当たって私はわかりやすいように四つの漢字で表しました。
欲・統・怒・恐
四つあることからわかる通り中国が覇権主義をひた走る理由は一つでなく、複数の背景が複雑に絡み合っているのです。では右から一文字ずつ考えていきましょう。
欲~14億人を満たすために
まず最初の欲は読んで字のごとく欲望という意味です。近年急速な経済発展を遂げた中国は急激な石油需要の増加に見舞われています。1994年以前は輸出していた石油を1995年以降は輸入しなければならなくなったのです。
現在は世界一の石油輸入国で今後も需要は増えると予想されます。これは我が国にも言えることですが、輸入するということはそれだけ国内の資産を他国へ流出させることになり、地域紛争が起これは供給がストップするリスクが生じます。だから国産で石油を生産する手段を欲するのです。
ジャイアン式資源開発
先ほど冒頭で触れた南シナ海と東シナ海の支配権主張ですが、まず中国が主張している南シナ海の支配域が以下の通りです。
まさに「舌を伸ばす」がごとく南シナ海を覆いつくし、ベトナム沿岸沖とフィリピン諸島の西側沖を総なめしていることがわかります。米エネルギー調査局(EIA)によるとこの海域では未発見の石油埋蔵量が112億バレル、天然ガス埋蔵量が190兆立方フィート存在すると見積もられています。このことに中国の国営石油会社が目を付けており、既に数年の海洋調査をした末に採掘を開始しています。
そして今では話題の尽きない尖閣諸島についても同じことが起こっています。尖閣諸島は日本が1885年に調査し、無主の島々であることを確認した後に1985年沖縄県編入を閣議決定しました。その後敗戦に伴って一時的に米国に統治されましたが、1972年の沖縄返還と共に日本の施政下に収まりました。これに先立って1968年に国連機関の調査で尖閣周辺に石油と天然ガスがあると発覚した途端、1970年代に突如中国は領有権を主張し始めたのです。資源については共同開発することが2008年に合意されたものの、2010年にあの尖閣諸島沖の事件が起こって以降は交渉がストップしており、中国が一方的に開発をしている状況です。
日本の場合、なぜかコストだのなんだのと理由をつけて開発をためらっていることが問題なのですが、南シナ海の方では他の国が資源開発しようとするのを妨害する暴挙に出ています。例えば2017年7月にベトナムが南シナ海で石油掘削を開始しましたが、同月中に中国の圧力によって掘削を中止に追い込まれています。
自国は開発・採掘を推し進め他国のそれは妨害する。まるでドラえもんで登場するガキ大将、ジャイアンの決まり台詞「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」を体現したような行動です。
中国製造2025
中国では選挙がありませんから共産党政権が統治者として正当性を得るためにひたすら14億人の人民を満足させようと躍起になっているのです。それは資源だけに留まらず、産業構造にも及んでおりその一環として2015年からかの国が取り組んでいるのが中国製造2025です。
今皆さんが使っているスマホの通信規格5Gの通信設備を中国国内シェア80%、世界シェア40%目指すとしたものです。他にも産業用ロボットの自社ブランド化、原子力発電の輸出、そして今話題の電気自動車製造も国策として進められたのです。
これには合理的な理由があり国の産業と経済成長に関係があるからです。有史以来、人間の基本的な産業は農業でした。それが18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命によって大きく変貌を遂げます。これが国家経済の成長と大きくかかわっており、一次産業の農業国は最も貧しく、二次産業の工業国で急成長し、三次産業・ハイテク産業が発達した国は先進国の仲間入りを果たします。
この産業構造の改革が国家経済成長の肝となっており、欧米も我が国日本もこれを踏襲しております。1990年代に急成長した中国は工業国として発展してきたので、これ以上成長するには先進国になる必要があります。ゆえに自動車をはじめとしたハイテク産業に力を注いでいるのです。
それだけならいいのですが、実は産業の高度化は世界市場での寡占力が肝となってくるのです。少し考えればわかりますが毎日のように消費する食品や石油と違って自動車などはそう頻繁に買い替えませんし、重工業で作られる船舶や航空機に至っては数十年も運用されます。つまりこの分野は国内市場だけではやっていけず、海外にも積極的に売り込む必要があるのです。
当然それは競争となり負けた側は衰退します。1965年から起こった日米貿易摩擦は自動車産業を急成長させた日本にアメリカが脅かされて起こったものです。結果は日本側が「自主規制」という形で譲歩し、アメリカ国内に工場を建てたことでアメリカの雇用は守られましたが、結局GMは倒産に追い込まれて一時国営化、同社の製造中心地だったデトロイトも没落してしまいました。一方、コンピューター分野では日本が半導体で譲歩した結果没落し、IT産業もアメリカの大企業群GAFAMに制圧されてしまいました。
こうした事情から中国製造2025は欧米、そして日本を警戒させました。中国政府は関連分野に大規模な投資を行い、積極的な人材育成に努め、海外からの有力な人材をヘッドハンティングしました。それだけに飽き足らず、海外に留学し先端企業に勤めた自国民を使って機密技術を盗み出すこともしました。これが問題視されアメリカとの関係が悪くなり始めます。そして今のアメリカの成長産業であるIT、いわゆるGAFAMに成り代わる国内IT産業を世界進出させたことでついに堪忍袋の緒が切れ、激しい貿易摩擦に発展したのです。例えばTikTokは今や世界ユーザー数10億人の中国製動画共有アプリですが、アメリカでは3月に同アプリの国内利用を事実上禁止する法案が可決されました。
TikTok禁止の理由を米議会は安全保障上の理由、つまり中国政府に国民の情報が収集されるリスクを述べていますが、根っこの理由はアメリカの成長産業の脅威になるからです。もちろん中国系の企業は西側の民間企業と違って中国共産党の指導から逃れることはできませんから安全保障上の懸念があることも事実です。何せ世界中に「秘密警察」を作っているくらいですから。
ITではアメリカに後塵を拝した(もしくは譲った)日本はこうした強硬な手段はとらないと考えられますが、自動車市場では中国EVが日本車に取って代わろうと攻勢を強めているので競争は激しくなることが予想されます。
【補足】AIIBと一帯一路
習近平肝いりの政策といえばアジアインフラ投資銀行(AIIB)も外せません。政権発足の2013年に提唱された国際金融事業は当時多くの注目を浴び、イギリスをはじめとした西側諸国も次々と参加を表明し2016年の開業時には57か国、現在は92か国の大所帯になっています。ただし融資審査やガバナンスが不透明であることや最大出資国の中国の発言権が強すぎることを理由にアメリカは参加を拒否、日本もそれに倣って参加を見送りました(この時、国内の経済学者たちが「バスに乗り遅れるな」とばかりに騒いでいましたね)。
これもまた中国が先進国になるための重要かつ合理的な政策の一つです。というのも高度経済成長期は国内のインフラ整備が活発になり、それがさらなる成長の原動力になるのですが、いったんインフラが出来上がってしまえばやはり数十年は使い続けるために開発熱が冷めてしまい、成長が滞ってしまいます。そこで未開発の国にインフラを“輸出”することで事業を発展させているのですね。先進国を支える産業として第三次産業がありますが、その中でも金融は大きなウェイトを占めています。外ならぬアメリカや我が国もそれぞれ世界銀行やアジア開発銀行(ADB)を通して途上国にインフラを提供しています。
AIIBが世界銀行やADBと違うのは、より戦略的で野心的であることです。習政権はAIIBと同時に「一帯一路」という広域経済圏構想も提唱し、現在まで推進しております。これは中国主要都市がある中原から東南アジア、中央アジア、中東、東欧そして欧州までをつなぐ21世紀のシルクロードというべき巨大回廊であり、世界戦略そのものです。
これは中国の資源戦略とも密接に関わっており、中東やアフリカへのアクセスを結ぶシーレーンを現在のアメリカ主導から中国主導に変える意図があります。それに欧州を巻き込むことでポストアメリカの地位を確たるものにしようとしているのです。
世界一の軍隊を作る
中国の覇権主義を語るうえで欠かせないのが軍拡でしょう。中国政府は過去十数年にわたって経済成長で得た外貨と技術でもって党の軍隊である人民解放軍(実態は人民抑圧軍)の近代化を進めてきました。
中国の軍事費増加が注目されたのはここ数年ですが、表を見ればわかる通り兆候はかなり前からあったのです。よく朝日新聞などが「日本の防衛費過去最大」といつも大騒ぎしていますが、もっと視野を広げてみなさいな。また最近度々話題になっている中国空母の計画も1982年から始まったものであり、決して習近平総書記の一存だけで始められたことではありません。最も習近平が軍拡を加速させているのは事実ですが。
「世界一流の軍隊」ですって!絵にかいたような「軍国主義」丸出しです。引用している分の中にも「軍事力強化」が三回も出てきます。中国はもはや軍国主義の「極右国家」と言って間違いないでしょう。
なお、こうした軍拡思想にも経済的意味があったりします。先ほどの中国製造2025で出てきた重工業ですが、この分野は国内需要だけではやっていけないので、国外にも版図を拡大しなきゃいけないのは触れました。しかし、重工業としてはもう一つのアプローチがあります。それは民間と違ってすぐに商品を消耗してくれて、経済性を気にせずに次々と商品を買ってくれる太っ腹な顧客です。
それは軍隊です。彼らは戦えるように日々訓練を重ねているため、機体や装備にかなりの負担をかけます。実戦に至ってはより顕著な損耗が発生し、しかも作戦を完了するまでは補填しなければなりません。ここまで説明すればお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、アメリカの軍産複合体はこうした利害関係が結びついて出来上がったものです。日本に自動車産業を奪われた分、余計にそれが重要になっていました。
中国が目指しているのはまさにその軍産複合体の中国版です。アメリカはこれを潰すべく該当企業への投資を禁止する大統領令を出しております。
国航空工業集団は何を隠そう中国ステルス戦闘機「殲20」や「殲31」を開発した会社です。監視カメラばかりが注目されてますが、アメリカの標的は中国の軍事産業とIT産業の要となる情報通信インフラの会社です。理由は説明する必要はないでしょう。
太平洋二分割提案
識者の中には「中国の軍拡は近代化のためだ」と主張する人がいます。むろん近代化はされるでしょうが、それで終わるとは限りません。なぜなら一度作った生産ラインはどんどん製品を作り続けないと維持できませんから、兵器がみんな新しくなって「ハイ終わり」なんてしたら、せっかく築き上げた軍事産業が崩壊してしまいます。だから軍隊は何としても取得した兵器を消耗させて更新を続けないといけません。そのためには現在の限られた作戦空間では狭すぎます。
近年中国軍が南シナ海や東シナ海で活動を活発化させていますが、これはアメリカをけん制するだけでなく、成長する軍産複合体を支えるためなのです。中国軍が求める行動範囲はずばり全アジア、西太平洋丸ごとです。これは私の妄想で言っているのではなく、2013年に国家主席になったばかりの習近平が当時のオバマ政権に対して太平洋を米中で二分割するという堂々たる提案をしているのです。
要はアジアから米軍が出ていき、中国の人民解放軍の支配に委ねよといっているのです。日本を含めたアジア諸国を国とも思わない身勝手な発言です。しかしこれは先ほどまでの海洋資源戦略、中国製造2025、一帯一路、そして軍事戦略を踏まえて考えると、極めて合理的なものであり、決して妄言やロマンでないことがわかります。
2021年10月、中国海軍はロシア軍と10隻の大艦隊を組み、日本列島と堂々と一周するという示威行為に踏み切りました。
これの言外の主張を書き起こすと「俺たちは極東アジアを管理する実力を持っているし、する権利がある」といったところです。噴飯ものですがパワーポリティクスの観点で言えば、これも合理的な主張です。そして中国の軍産複合体はこれを実現するために作られており、それを維持するために今後も示威行動を活発化させるのです。
ハト派で親中な岸田首相が変わったのはこう言った事情があったのです。今までの親中派日本人の理解を超えたところに彼らは進んでいるのです。
(2024/5/6 大見出し修正、見出し絵追加、2024/5/16 AIIBや一帯一路、太平洋二分割案について加筆、5/22 日米貿易摩擦について修正)
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