Brahms Symphony No.1 Movt.4

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」という小澤征爾・村上春樹両氏の対談があるのだが、その中でブラームスの第一交響曲第4楽章のホルンの息継ぎ問題が語られている。本には一切譜例がないのだが、著作権も切れているのだし、例示なのだから、ちょっとした譜例くらい載せればいいのにと思う。が、まーいろいろ事情があるのであろう。次の部分である。

「ホルンの患継ぎの真相

村上「ところでこの前のとき話した、ブラムスの交響曲一番四楽章で、ホルン ソロが一小節ごとに短く交代するという部分について、もう少し詳しくおうかがいしたいんです。あのあと映像を見てみたんですが、僕の目にはどうしても、奏者が交代しているみたいには見えないんです。これは1986年に小澤さんがボストン交響楽団と来日して、大阪でやったときの映像なんですが」

(二人でその部分を見る。ホルンのソロの部分。)

小澤「ああ本当だこれたしかに交代してないね。あなたの言うとおりだ。うん、そうだ思い出したこのホルンを吹いている人ね、チャツク・カバロスキーっていう大学の先生なんです、物理学とかそういうのを専門にしていて。それでもう、超変わった人なんだ。もう一度そこのところを見せてくれますか?」

(同じ部分を見る。)

小澤「いち、にい、さん…ほら、ここのところ音が鳴ってない」

村上「ホルン奏者が息継ぎをする部分が、空白になっているわけですね」

小澤「そうです。音が途切れている。これはね、ブラームスにとつては悪いことをしているんです。本当はここで空白をあけちやいけないんだ。ところがこれがなにしろ頑固な男で、自分はこうするんだ、ということで通しちやった。レコーデイングをするときに、この部をどうするかで問題になったんです。これに続くフルートのソロを見てみましょう」

(ホルンのソロが終わり、同じテーマのフルトのソロになる。)

小澤「いち、にい、さん…ほら、ここはちやんと音が鳴っているでしょう。この人は息継ぎをしている間、二番フルートに音を繋がせているんです。だから音が途切れない。それがブラームスの指定していることです。ホルンも同じことをしなくちやいけないんだ」

(画面を見ているとよくわかるのだが、奏者が楽器から口を離している間も音は鳴り続けている。レコードで聴いていると、これはまつたくわからない。)

村上 「息継ぎする間、二番がバックアツプする。一小節ごとに交代するというのは、つまりそういうことなんですね」

小澤「そういうことです。あなたいいところを見つけたね。これって、僕が言ったから見つけたわけでしょう?」

村上 「もちろんです。言われなかったら、そんなこと気がつきもしません。

(DVDを替える)

それから、これはサイトウ・キネンの演奏です。1990年のロンドン公演です」

小澤「いち、にい、さん…ほら、息継ぎをしているけど、ちゃんと音は続いて出ていますね。ほらね、音が途切れないそして二小節目と四小節目の頭は、二人で同時に吹いているそのように指定してあります。そこがね、ブラームスの面白いところなんだ」

村上「でもボストンのホルン奏者はその指示を無視したんですね?」

小澤「そう、個人的に無視した。これでいいということで、断固として押し通した。ブラームスの考えたトリックを排除したわけです」

村上「どうしてそんなことをしたんでしょう?」

小澤 「きっと音色が変わることを嫌がったんだね。そのときもけっこう問題にはなったんですが。ここにあなたが買ってきたスコアがあるから、ちょっとそのところを見てみましょう」

最初、ホルン2本で、それを引き継いでフルート2本で同じ旋律が演奏される。ホルンあるいはフルート一本だと、メロディーの息が長いためにどうしても息継ぎが発生する。それを避けるために、1stが旋律を吹いて、ブレスを取る時に2ndが音が切れないように同じ音を延ばして吹くという発想である。(赤枠で囲ったところ)

実はこのメロディーは曲の後半で形を変えて出てくる。こちらはやや複雑になっていて、2つのメロディーが交互に鳴るようになっており、ここでは息継ぎ問題は発生しない、とブラームスは考えたようである。ここではホルンの1と第一バイオリンがひとつの旋律を担当し、オーボエの1とホルンの2、さらにバイオリンの2がもう一つの旋律を担当して掛け合いになっている。


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