9時 向こうに見えるパンダ
もう何本目の前を電車が通り過ぎていっただろう。朝家を出て学校に向かったはずのコウは、まだ駅から先に進めない。
立っているのは駅のホームだけれども、視線の先にあるのはブランコに乗ったパンダのぬいぐるみなものだから、自分がどこにいて何をしているのか、よく分からなくなってくる。
目の前を快速電車が通り過ぎていって、急に現実に引き戻される。
現実に引き戻されてもホームの向こうの山の斜面にはやはりブランコがあって、パンダがいて、なんだか力が抜けてくる。
おーい。
思いきって声をかけてみる。ホームからあまり大きな声を出すわけにもいかない。こんな声では聞こえないか。そう思いながら、やっぱり声をかけてみる。
どうしてそこにいるの?
パンダは何も答えない。当然のことではあるのだが、それが今のコウにはひどく寂しかった。
距離があるから仕方ない。声が届いていないから仕方ない。どうしてパンダがブランコに乗っているのか、聞いてみるには近づいて直接聞かなきゃいけない、そんなことを思ったのだけれど、パンダの横まで行ってやはりパンダがぬいぐるみでしかないことを確かめるのもまた怖かった。
そのパンダを見ているだけでコウの感情は膨張し、心は縮小していった。
電車が来る。コウは反射的に足を動かした。こうすれば電車が今いる場所から自分を運ぶ。
今日は、電車に乗ることができた。
明日はなんだか、乗れない気がする。