岩田奎『膚』を読んで
岩田奎の活躍
1999年京都生まれの岩田奎は2015年に開成高校俳句部にて作句を開始。2017年、第20回俳句甲子園にて「旅いつも雲に抜かれて大花野」という句で最優秀賞を受賞。2018年、第10回石田波郷賞新人賞受賞、2019年には第6回俳人協会新鋭評論賞受賞、そして2020年には21歳の最年少で第66回角川俳句賞を受賞。凄まじい活躍ぶりである。現在は「群青」所属。この句集は2022年刊の第1句集であり、「群青」の櫂未知子代表が帯文を、佐藤郁良代表が跋文を寄せている。また、この句集は2023年に第14回田中裕明賞、第47回俳人協会新人賞を受賞した。私はそのあまりの受賞の多さに驚き、この句集を購入した。
句集について
句集の装幀を見てまず驚いた。表紙写真はコンドームの中の赤い液体によく分からない物体を浮かせたものである。扉は真っ赤なざらざらとした紙であり、これらはタイトル「膚」にもつながるこの句集のテーマである肉体を連想させる。装幀を担当したのは奎の会社の同僚である森相岩魚という人物だという。電通にこんな大胆なデザイナーがいたとは驚きである。
内容は「肉」「脈」「髄」の三章立てで、一ページ二句で310句ほどを収録する。私はこの句集が編年体であることに注目した。
奎は開成高校俳句部で俳句を始めた。開成高校といえば俳句甲子園の最強高校で四連覇を果たすなどすさまじい実績を残している。それを率いる顧問は佐藤郁良、コーチに櫂未知子と群青とずぶずぶの学校である。(開成俳句部の方が古いため開成OBが多く参加して群青が結成されたが。)しかし、私は編年体のこの句集を読んで奎の開成高校への反抗を感じ取った。奎は開成高校で思うように俳句を作らせてもらっていたのだろうか。俳句甲子園では多くの流派の審査員が混ざって審査に当たるから万人受けする句の方が勝ちやすく、高校時代の奎は俳句甲子園に合わせた俳句を作っていた(作らされていた)のかもしれない。実際に最優秀賞を取るくらいだから、素晴らしい作品を作っていたことは間違いないのだが、句集の最初の方の高校時代の句と中盤以降の東大入学以降の句を比べると自由さというか作者性のようなものがかなり後者の方が秀でている。
私が奎の開成高校への反抗を感じ取ったのは装幀にもある。コンドームを用いるのはかなり攻めた表紙で、紳士学校である開成高校とは雰囲気が違う。また、開成俳句部ОBが開成俳句部に俳句指導をするのに対して奎は山形東高校に俳句指導を行い俳句甲子園に送り込んでいるため、そこでも奎の母校に対する反抗心が見える。それだけでなく、開成高校が俳句甲子園常連校を集めて開催する「中高生俳句バトルinあらかわ」に審査員として現れた奎は髪型、服装ともに奇抜でスーツをしっかり着た他の開成ОBたちとは一線を画していた。
とはいえ、奎は群青で佐藤郁良、櫂未知子の選を受けているから確執、あるいは因縁があるとしたら開成俳句部の方であろう。編年体、奎の行動を見ると、何かがあるのは確かだ。
それでは十五句選。コメントがある場合はコメントも。
十五句選
をりからの夜空の色の日記買ふ
→「をりから」という言葉を使うとは、さすが東大生である。
まだ雪に気づかず起きてくる音か
→雪を見るたびに思い出す句。
紫木蓮全天曇(どん)にして降らず
絵の美女は永久の去際避暑の宿
白式部手鏡は手を映さざる
バーベキューかの人の火を褒めて去る
噴水はだれにも肖てゐない裸像
いづれ来る夜明の色に誘蛾灯
寒卵良い学校へゆくために
→奎は高校から開成に入って東大に進学した。
煮るうちに腸詰裂けて春の暮
夏痩や宝物なべて火を知らず
→こういう句を見ると奎が群青なのだなと思う。
山の襞スカートの襞休暇明
運動会再び肉の塔興る
弁当の脂凝れり冬の蠅
白鳥は脱臼自在雪解風
→前書きに網走監獄とある。吟行句もユーモアがあり、面白い。