2021/03/04 8:47 煙草の煙
どう切り出せばいいのか、わからない…。持て余したように、男は煙草に火をつけた。吐き出された煙が、飲み込んだ言葉の代わりのように、もみ合いながら上へのぼっていったー。
そんな雲が漂う本日の空。受動喫煙被害への関心が高まり、煙草の煙はほとんど目に入らなくなった。駅前や社内でも、喫煙スペースに集まって、もくもくやっている。30年前と比べて、一番鮮やかに変わった日常は、喫煙シーンだと思う。
昔のドラマを見ていて、印象に残るのは、喫煙の場面。刑事も、別れ話に切り出せないでいる中年男も、怒りにかられるスナックの女も、まあ吸うこと。
私は煙草の煙が苦手なので、昨今の風潮は有り難く思っている。そのことを断った上でだが、それとは別に、ドラマや映画で喫煙シーンが消えかかっていることは残念だ。
一本の煙草を取り出す、ライターで火をつける、煙草を吸う。一連の動作から独特の間が生まれ、登場人物のしぐさから無言の感情がにじみ出る。それが映像作品を味わい深いものにしていた小道具の一つだったと思うからだ。元ヘビースモーカーだった家人曰く、口べたな人にとって、間を保つのに煙草は便利なアイテムだったらしい。
往年のテレビドラマでは、煙草が生んだ名場面も数多くあった。代わりになる小道具が、今なら何があるだろう? スマホ? せかせかと画面をワイプしたり、タッチするシーンは、あまり絵にならないのではないだろうか。
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