二人きりのホテル 第三話

というわけで、冒頭の状況になった。ホテルの一室。これから何も起きないなんてことはない。複雑な気持ちを呑み込み、玉虫さんに向き合おうとする。

「あなたの文章はいつもつまらない」玉虫さんの俄に発した言葉がぐさりと胸に突き刺さった。
「感情の起伏のない駄文を生産してどうなるのかね?」
確かにそうだ。平坦な人生を追うばかりで、自分のあるいは他人の感情を揺さぶるような生活は必死に脱ぎ捨てていた。この状況も正しくそうだ。私からすれば玉虫さんをホテルに誘ったことは自分でも意外だった。しかし玉虫さんにとってみればこれも想定済み、予定調和というわけだ。それは確かにつまらない。
「人生とは、つまらないものですよね。」私は玉虫さんに同意を求めた。「意外な選択をしても、あとから振り返ってみれば普通の選択なんてことはままある。自分ができることは結局なんにもなくて、自分がちっぽけだと再確認するしかない。」
「つまらないから何もしないんですか?」
そんなことはない。勢いよく玉虫さんの服を引っ張ると艶やかな肌が首元から覗かせた。「つまらなくても踠いて生きるしかない!」

玉虫さんは頬を赤く染め、ベッドに倒れ込んだ。そのあとはほとんど覚えていないが、お互いに柔らかい身体を重ね合わせ、その熱を滑らせた感触だけが刻まれた。

目を醒すと、北向きの小さな窓から僅かな陽の光が差し込む。少し身体が冷えるが悪い心地はしない。
「つまらないことは駄目なことではない。」

裸でいる二つの女体がそれを物語った。

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