二人きりのホテル 第二話

 駅前広場から、玉虫さんの後ろについて15分ほど歩くと、とあるアパートに到着した。アスファルトの横からはタンポポやスギナが顔を出している。鉄製の階段は、少し錆びていて、ちくりと剥がれ落ちる塗料が皮膚に刺さりそうだったので手すりを触るのは遠慮した。
 2階に上がると日本何処でも見られるピンクがかった重い扉が並んでいて、見た目だけでは正解がわからない。玉虫さんに「どうぞ」と言われ開けられた扉をくぐり抜けて正解へとたどり着いた。
 玉虫さんの部屋に入ると、まず気になったのは、モーターの音だ。水槽にポンプが入っていて、快適にウーパールーパーが泳いでいる。ウーパールーパーが不自由なく過ごせるのはこのポンプのおかげだろう。床には少々の紙とティッシュペーパーが散乱しており、台所はお世辞にも綺麗とは言えない。埃が舞う壁には、とある方のサインが書かれた色紙が飾られてあった。「これが玉虫さんの部屋か。」音越しでしか知らない玉虫さんの部屋の生活感を感じ、思いっきり息を吸った。
 「これからご飯食べに行きます?」私が重い荷物を置くと、玉虫さんはそう言った。断る理由もない。長旅でお腹が空いている。「行きましょうか。」私は玉虫さんに従った。

 玉虫さんと来た道を戻る。地方都市なので、繁華街は一つしかない。駅前から一本奥に入った道にお店が立ち並ぶ。洒落た店はなく、赤い提灯を掲げた居酒屋と細長いビルにひっそりと佇むバーがある程度。あとは、目を開けられないほど眩しいネオンが光るパチンコ屋と風俗くらいだった。私たちは、うるさいネオンを通り過ぎ、小さな居酒屋の暖簾をくぐった。
 居酒屋は、10人くらいしか入れないこじんまりとしたところだった。カウンターに腰かけると、ビールメーカーのロゴが描かれたコップと茶色い瓶ビールを出された。泡の量が人の価値を決めるという古い昭和の考え方は嫌いだけれど、私が玉虫さんに注いだビールの泡は薄く伸びるばかりで、自分の不甲斐なさを思い知ったような気がした。
 気分の沈みとは裏腹に、二人の世界に閉じこもれば、会話は弾み、最近あったことや普段の生活など他愛もないことを喋り、初対面ではないような息の合う会話を続けていた。

 そんな調子だったから、ふと時計を見るといつの間にか日付を越えようとしていた。気分も良くなったし、玉虫さんの家で寝れば熟睡できるなと思ってはいたが、「玉虫さんの家に帰りたくない。」と、口を衝いてしまった。

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