「子どもに委ねる教育」の第一歩 〜 先生の役割は“練習の場をつくり、一緒に体験する"こと 【小林湧さんインタビュー:後編】
HatchEduとつくば市とのプロジェクトで外部アドバイザーを務めてくださっている、小林湧さん。(左から2番目;つくば市の皆さんとの一枚)
前編では加賀市教育委員会で「子ども主体の学び」の実現に奔走されていらっしゃる様子を伺いました。後編では、戸田市の小学校での教員時代に実践されていたこととその気づきをお話しいただきます。
子どもたちに、「学校や社会は自分たちの手で変えることができる」という実感を持ってもらえたら
—「子どもに委ねる」というキーワードが出てきましたが、そのように考えられるようになったきっかけや実践でのご経験を教えてください。
戸田市で小学校教員になった当初は、「外部サービス・ツールを学校に持ち込んだり、学校外の大人を教室に連れてきたりしながら、子どもたちの視野を広げたい」と考えていたのですが、担当した子どもたちが何にでも一生懸命に努力できる素敵な子ばかりで、「この子たちがこのまま育っていったら社会は良くなる」と本気で思えたんです。そこから意識が変わって、「自分が子どもたちに何を与えられるか」ではなく、「子どもたちにどれだけ委ねられるか」を大事にするようになりました。
—具体的に、「子どもたちに委ねた」実践の事例を教えていただけますか?
まずは、子どもたちに指導案や単元の計画も開示して、「どうすれば学びを深められるだろう?」と相談しながら授業をつくっていきました。学び手として優秀な子たちだったので、そのほうがより深いところに到達できると思ったんです。
さらに、授業の中で「ブロックアワー」(「イエナプラン」で実践されている、子どもたちが自ら計画を立てて自律的に学習を進める取り組み)も取り入れてみました。コロナで全国一斉休校があった翌年、「休校中の自主学習のレベルを高めるプロジェクトを考えてみよう」と子どもたちに投げかけたことがきっかけでした。子どもたちの間から、「そもそも普段の授業計画を教員だけで決めているから“自主”の力が育たないんじゃないか」という疑問が出て、ひとりの子が「ブロックアワーというものがあるらしい」と調べてきたんです。
「ルールメイキング」も子どもたちに委ねた事例ですね。一人一台Chromebookが配られた際に、教員の間で「使用制限をかけたほうがいいんじゃないか」という議論が出たのが発端です。それを担任していたクラスで伝えたところ、子どもたちから「禁止型のルールではなく、より良い使い方をするためのレベルアップ型ルールをつくったほうがいいんじゃないか」という提案があり、実際にその方式が採用されました。
子どもたちは、この経験を更に発展させていきました。社会科の授業で三権分立を学んだとき、子どもたちから「学校では先生が立法権も司法権も握っていて独裁になってしまう。自分たちも学校のルールを作る側になれないか」との声が上がり、「総合的な学習の時間」を使って校則を見直すプロジェクトが生まれたんです。彼らは、校則の分析や調査を行い、チームに分かれて新しいルールを考え、職員会議で提案して校則を変えていきました。
—ご自身が受け持ったクラスだけではなく、学校全体の取り組みになっているところがおもしろいですね。
学校としても、「総合的な学習の時間」を使って「協働力」「問題解決力」「自ら進んで学びに向かう力」を育てたいという目標があったので、そこにゴールを設定して同僚の先生たちと相談し、役割分担をして一緒に取り組みました。子どもたちには「枠組みを整えて大人を動かすのは先生たちが頑張るから、自分たちでできることは自分たちで頑張ってね」と伝えていました。小さくてもいいから、「自分のクラス、学校、地域社会は自分たちで変えていけるんだ」という実感を得てほしかったんです。
—とてもいい結果になったと感じますが、最初に子どもたちに委ねるときは、怖くありませんでしたか?
のびのびと自主性を発揮して頑張れる子たちだったので、怖いとは思いませんでした。例えば、2年目に担当したクラスは、自分なりのやり方をしたい子や興味に凸凹がある子など個性が強い子が多かったので、逆に「みんな同じ」に管理する方が難しかったですね。一方的に授業を進める形だったら子どもたちの力を引き出せなかったと思います。
ある時、社会の地域単元をまるっと渡して「自分たちで説明できるようにしよう」と伝えてみたら、パワーポイントや紙粘土や発砲スチロールなどそれぞれのやり方で楽しく取り組んでくれたんです。その様子を見て、「委ねたほうがいいんだな」と実感しました。
—子どもたちから見て、ご自身はどんな先生だったと思いますか?
いろいろな経験をしてきたせいか、子どもたちが敬意を持って接してくれていたのを感じました。一方で、机の整理整頓ができていなかったり、持ってくるべきものを忘れてきたりと抜けているところもあって、その時は子どもたちが助けてくれました。「普段は私たちが先生を助けるけど、私たちが困ったときは先生が助けてくれる」という意識を持ってくれていたんじゃないかな。自分がいないときに子どもたちが勝手に授業を進めてくれたりしました。
1年目は自分のキャラクターを出して、バラエティ番組のMCのように授業を進めていたのですが、まだまだ主導権が自分にあるなと思い、2年目からは子どもたちと「どんなクラスにしていこうか」と相談しました。本当に個性がバラバラだったので、合言葉はレインボー。人と違っていい、むしろ違うことがいい。でもそれを伝える術を持たないといけないから、1年を通して表現の練習をしていこう、と一緒に決めました。
—5年間現場で教員をされて、学校に対するイメージに変化はありましたか?
学校ってもっと固い組織なのかと思っていましたが、教員の熱意や戦略次第で色々なことができるし、クリエイティビティを発揮しやすい職場だなと感じました。ただ、校長や教頭、教育委員会の姿勢に大きく左右されるところはあると思います。幸い戸田市は柔軟に後押ししてくれる自治体だったので、必要だと思ったことを形にできました。
子どもたちが自分の身の回りのことを解決していけば、自然と社会は良くなっていく
—教育に関わる上で、小林さんが大事にしている価値観はありますか?
その人の人生もその人の学びも、主役はその人自身です。こちらが何かを押し付けたり、道を指し示したりするのではなく、自分で自分の人生をコントロールできるように、その練習ができる場をつくる、一緒に体験してみる。こうした関わり方を大事にしています。
—「自分にはできない」と思っていたことも、誰かが背中を押してくれることでできたりしますよね。小林さんは子どもたちに対しても先生たちに対しても、背中の押し方が上手なんだろうなと思います。ご自身で意識していることはありますか?
基本姿勢がポジティブというのはあるかもしれません。「あなたのここを変えないといけない」と迫られたら身構えてしまいますよね。「いまもいいけど、プラスワンでここもできるといいね」というスタンスなので、受け入れてもらいやすいのかな。「変える側」「変えられる側」という立場が分かれてしまうのは嫌で、子どもでも大人でもフラットに一緒にがんばろう、という関係性を築こうと心がけています。
—今回お話していても、小林さんからは「自分がすごい」ではなく「子どもたちがすごい」「先生がすごい」といった言葉が自然と出てくるなという印象を受けました。そうした相手を信じる姿勢やフラットな関係性を好む価値観はどのように醸成されていったのでしょう。
大学生のときに高校のラグビー部を指導していたのですが、「誰かにやらされる」だけだと最後の苦しいときに頑張れない、自分の中に目標がないと強くなれないと思ったんです。
また、大阪市立大空小学校で学ばせていただいたときに、木村泰子校長先生(当時)から「クラスのイメージを箱ではなく風呂敷で考えたほうがいいよ」と教えてもらいました。「いろんなところに行きたい子、いろんな方向に伸びたい子がいるから、硬い四角い箱だと窮屈になる。かと言って、完全に自由にして子どもたちが迷子になってしまうのもよくない。みんなが学びにアクセスできて、一定の距離感でいられる風呂敷のイメージでいるといい」と。それが教育に対する考え方の軸になっています。
ただ、そんなふうに「学びの主体は学び手」という意識はずっと持っていたつもりですが、「子どもたちのこういう力を育てたい」といった考えも強かったように思います。本当の意味で子どもたちを信じられるようになったのは、戸田市の小学校に赴任した最初の年ですね。すばらしい子たちだったので、先生をするうちに自分自身も変わっていきました。
—経験や人との出会いの積み重ねによって価値観が醸成されていき、いまそれを体現されているのですね。HatchEduとつくば市との協働プロジェクトでもアドバイザーを務めていただいていますが、そんな小林さんが子どもたちや学校、社会に対して願うことはありますか?
HatchEduとつくば市との協働プロジェクトは、これまでの経験から何か貢献できることがあれば…ということでお受けしました。つくば市の先生方は非常に熱意が高く、スピード感のある変化が起きていて素晴らしいと思います。つくば市では、教育大綱の「教えから学びへ」というビジョンを実現するべく、いくつかのパイロット校で「子どもに委ねる学び」を実現するための伴走支援を展開していますが、指導主事の先生方が学校伴走の主体となっているところに特徴があります。指導主事は全国の大半の自治体に配置されているので、他の自治体でも展開可能なモデルになっていくポテンシャルも秘めている取り組みだと思っています。
一方、加賀市でいうと、「子どもに委ね、子どもが育っていく」という教育観が浸透して、自分がいなくなっても続いていくといいなと思います。コンテンツだけをまるっと渡すとやがて古びて形骸化していってしまうので、文化として根付いていくところが見たいですね。
子どもたちに対しては、「大人が積み残した社会課題を君たちが解決してくれ」とは思っていません。大きな社会課題を解決しようと意気込まなくても、それぞれが自分の場所で人生を楽しく生きながら、目の前で起こっていることを解決していってくれたらそれでいい。人の痛みや苦しみに寄り添える子が増えたら、おのずと社会も良くなっていくんじゃないでしょうか。
自分で学び、自分が関心を抱いたことを、自分たちで解決していく。いま学校でやっていることを、社会に出ても楽しくやっていってもらえたら嬉しいですね。
構成・編集:飛田 恵美子
※こちらの記事は HatchEduからの転載です