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鮮魚街道七里半[ニ巡目]#3

 -利根川から江戸川まで-
 江戸時代から明治初期、銚子で水揚げされた魚をなるべく早く江戸まで運ぶため、利根川と江戸川を陸路で繋いだ鮮魚街道(なまみち)をめぐる旅の二巡目。
二〇二一年 阿夫利神社→軽井沢

鮮魚街道MAPハガキ

 二〇二一年五月一日(土)九時三八分。
 昨晩念入りに計画した予定通り、北総線千葉ニュータウン中央駅に着く。ここからちばレインボーバスに乗り、木刈小学校バス停で降り、徒歩で前回の続きの地点まで移動する予定だ。
 九時三八分に千葉ニュータウン中央駅に着いたが、バスが来るのは一〇時一分、約二〇分も時間を持て余すことになる。
 乗り込むバス停の位置を確認し、朝の空気を吸いながらふらふらとロータリー内にある他のバス停の路線図を見て暇を潰した。それとて五分ほどで終わり、残りの一五分を千葉NT中央駅北口と書いてあるバス停で時刻表を見ながらぼーっと過ごす。千葉NTをニュータウンと読ませたいのだろうが、残念ながら我々ガンダム世代にはNTはニュータイプとしか読めない。アニメ「機動戦士ガンダム」に出てくる都合のいい主人公の能力。宇宙に移民した人類が得ることのできる超能力、それがニュータイプだ。つまり、このバス停の名前、我々ガンダム世代には…

 千葉ニュータイプ中央駅と読んでしまうのだ。

 冗談だと思ってる非ガンダム世代には言っておくが、これ本当だぞ。試しに五〇前後のオッサンにNTと書いてなんて読むか試して欲しい。

 時刻表より少し早めにバスが来た。乗り込むなり電光掲示板をみて用心深く行き先を確認する。合っている。一巡目の時は何も考えずに来たバスに飛び乗って、鬼舞辻無惨にもバスはロータリーをぐるりと周り、遠心力を利用して真逆に向かって発車してしまったからだ。だが、今回は大丈夫だ。やがて私一人だけを乗せてちばレインボーバスは静かに出発した。
 土曜日の九時過ぎに木刈方面を走るバスに乗る私が相当に不自然な存在なのだろう。真ん中ちょっと前よりの座席に座った私を運転士はかなりの頻度でルームミラーをちら見する。

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 スマートフォンで確認すると木刈小学校バス停で降りるよりも一つ先にある終点の木刈四丁目バス停で降りて歩いた方が鮮魚街道に近いことが分かった。なので小学校前を通過して、終点までこのバスに乗り続けることにする。
 終点に近づくにつれ、運転士のルームミラーを見る頻度がさらに増える。ここで一つ問題が発生した。どうせ終点でさらに乗客は私一人なのに「つぎ、停まります」ボタンを押すのか押さないのか問題だ。私は人生でまだ一度も終点の停まりますボタンを押したことがない。常に誰かがボタンを押してくれるのを待っていた。ましてや、たった一人でバスの終点まで乗り続けたこともない。

無い無いづくしの子守唄。

 そんな私が終点バスのルールを知る由もない。とりあえず貴重な経験だと思い、終点ひとつ前の木刈小学校前バス停を発車して、しばらく様子を見、恐る恐る「つぎ、停まります」ボタンを押してみた。ボタンは鈍く桃色に光り、ノイズののったビンボォーンというブザーと機械的な女性アナウンスで「つぎ、停まります」と発した。緊張し過ぎたのか、この時のリアルな記憶がない。気がつくと広い操車場に吐き出され、ちばレインボーバスはゆっくりとUターンしていた。

 ツーブロック先にドラッグストアがあるので飲料水を買い、前回降りた木下街道と鮮魚街道の分岐点まで戻る。右手が鮮魚街道、左手が木下街道。鳥居の横を曲がり、ここから鮮魚街道の旅がまたスタートする。いきなり薄暗く、陰鬱な空気。白井市独特のほんまもんの田舎が口を開けて待っていた。

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 この場合、私の「ほんまもんの田舎」の定義を説明すると、“田や畑しかない”や“ビルや民家が少ない”や“物理的に東京から遠い”などの長閑な部類は、ほんまもんの田舎とは呼ばない。ほんまもんの田舎とは、幹線道路は通り車はバンバン通っても、商業施設やレジャー施設、果てはコンビニもなく、アスファルトの端はぬかるみ、得体の知れない産廃の施設が多数あり、霊園と高圧線が無数にあるようなデンジャゾーン(危険地域)を指す。

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 そんな白井の入口はペット霊園の看板が立ち、仄暗い樹々のトンネルから始まる。入ってすぐに阿夫利神社がある。前回寄っていないし、せっかくなので見てみようと鳥居をくぐった。車が2、3台駐車してあり、その先が森林になっている。参道ともいえないような道を進むと急に落ち込むような坂道で、遠く向こう側に寺らしき建物があった気がする。気がすると書いたのは、最後まで確認することなく一瞥して踵を返したからだ。多少の寄り道はしてもいいが、序盤から登り降りで脚を使いたくはない。この先道中は長いのだ。

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 すぐに鮮魚街道まで戻り歩き始めた。相変わらずの殺伐とした白井エリアの景色に痺れてはいるが一向に撮影は進まない。しかも二巡目なので大抵の廃棄物はすでに撮影済みだ。それが全く変わらない位置で雑木林に朽ちている。そんな雑木林を抜けて、梨園エリアに入る。そうそう、この辺りにかわいい感じの喫茶店があったはずだ。一〇〇メートルほど道を逸れるが、ちょうどいい休憩になるだろうと思い、店に立ち寄ることにした。

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 店は営業時間前なのかガッツリ閉まっていたし、残念なことに夜はカラオケと書いてあった。大体の店は夜にカラオケスナックなら昼間は店を閉めているか、昼カラとして地元のジジババがたむろしているに決まっている。会員制とまで書いてあるし、きっとカランカランと重いドアを開けると客全員に睨みつけられるのだ。

 そもそもカフェ&スナックの
 カフェの部分を見たことがない。

 なので、店の前まで行ってUターンしてきた。そもそもモンプチといえば違いがわかるフードの名前だろが。

 しばらくは起伏もなく平坦な道を歩く。白井工業団地に入るとノイバウンテンのようなインダストリアルな工場ノイズが聞こえてくる。一巡目の時は雨で閑散としていたが、今回は工場から人が出て外で作業していて、なんならパイプからはスチームみたいな白い煙を吐いてるぐらいだった。

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 工業団地を抜けてすぐ遠くからマフラーを改造した原チャがパンパンパパパンパンパンパパパンパンパンパパパンパンパンパパパンパンパンパパパンパンパンパパパンとやたら景気の良い音で後ろから近づいてくる。こんな田舎を歩いているのは私ぐらいなものなので、私を意識したコールだろう。
 どこぞの工場のイキった若造かと思いきや、私と同級生ぐらいのいい歳コイたオッサンだった。音こそ威勢の良いものの、オッサンの原チャは一向に歩いている俺を千切れない。

 己れの自重がマシーンのポテンシャルに
 足枷をしているからだ。

 おっさんがやっと鼻くそのように小さくなり、鮮魚街道は再び静寂を取り戻した。

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 賑やかな国道16号線を越えて街道の中間地点の鮮魚街道常夜灯の前を通り、丘を降ったり上がったりすると鉛色の長いフェンスが見えてくる。下総航空基地だ。地図通りに進めばこの横断不可能な航空基地エリアを北にぐるっと迂回するのだが、今回は南に迂回することにした。本当はゲートがなかったので基地内のど真ん中をしれっと横切ろうと思って侵入した。雑草むしってるおばちゃんには何も言われなかった。

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 基地内を進むにつれてだんだん軍事的なヤバい雰囲気に変わってきたので、怖くなりUターンした。フェンス沿いに暫く歩くとクロアチア代表のユニフォームのような赤と白のチェク柄の滑走路用のド派手な建造物が緊張感を掻き立てる。

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 軽井沢(あの軽井沢ではない)に差し掛かった時、私の目の前に突然若い女性が現れた。髪の毛も金色に染めていて、およそこの裏街道に相応しくない出立ちだ。あっち行ったり、こっち行ったりとした私のふらふらした撮影歩行ペースとほぼ同じ、方向も同じなので追い抜かせずにしばらくすぐ真後ろをぴたりとくっついて歩く感じになっている。想像してほしい。こんなアヤシイおじさんが人の気配すらない田舎道でカメラをぶら下げてえっちらおっちらと若い女性のすぐ後ろを歩いているのだ。

 あゝ、気持ち悪い。

 しかし、田舎の一本道なので暫くはツインビーとウインビーのように一緒に黙々と歩いていた。いや、見る人によってはグラディウス本機とオプションに見えたかもしれない。
 神社が見えたので間隔を空けるために小休止することにした。すでに脚はかなりキテいる。今日のところは鮮魚街道から一旦切り上げることにしようそうしよう。次回はこの付近のバス停からスタートする。

 さて、問題は家に帰るためにどこの駅まで歩くかである。今いる地点はちょうど新鎌ヶ谷駅と西白井駅の真ん中あたり。どちらもイスカンダルかよというぐらい絶望的に遠いが、新鎌ヶ谷駅の方がほんのわずかに近くも見える。例え一歩でも近そうならと新鎌ヶ谷駅に向かって歩き始めた。すると目の前に大きな公園が見える。この公園は偶然にも来週娘が遠足に来るらしい。そんな娘の遊ぶ姿を想像しながらぼーっと北総線の線路っ端を歩いていたら、例の先を行かせた彼女がまたまた突然目の前を歩いていた。はて、何かの偶然なのだろうか、それとも運命的な出会いなのだろうか。少ない脳みそをなるべく自分の都合の良い方に回転させて考えていたら、西白井駅に向かって歩いていることに気がついた。私は線路っ端を逆サイドに歩いていたのだ。時既に遅し、今から戻るよりは西白井駅まで歩いた方が近い。近いのだがもの凄く遠い。

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 生ゴウヤを奥歯で噛み潰すような顔をして渋々と歩いたが、駅までの一本道は右側には全く同じ建売住宅がそれこそ気が遠くなるほど道に沿って並んでいて、左側は歩道もない国道四六四号線、賽の河原のような有様である。

 同じ様な小さな家、
 何処までも続くハイウェイ(国道)。

 写真を撮る者にとって、このなんの変哲もない平和な景色は拷問に近い。さらに全ての住宅が築30年はあるだろう。たまに人の気配がしてカメラのグリップに指をかけると、リタイヤしたおジジがランニングシャツに股引きで植木に水をやっている程度なのである。駅までの間、無数の戸建てでこのような人々の営みが連綿と続くだけだった。脚は棒、思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいよ。あの金髪の彼女は今度こそ本当にどこかファラウェイに行ってしまった。

 なんとか西白井駅にたどり着いた。西白井は1年ほど前に友達のお母さんがやっている飲み屋に来たことがある。それまで一度も来たことがない駅にこうして立て続けに来るというのもなにか不思議な縁である。

 帰りは乗り換えをする新鎌ヶ谷駅の駅ナカにある珈琲屋で珈琲をしばき、脚を休ませながら撮影メモを整理した。

 次は下総航空基地から始まる。

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