
同担拒否の話
波多瀬です。
同担拒否の話をする。
波多瀬が筋金入りの同担拒否であるという話は
何度もしているが
今回はそれに焦点を絞って話をする。
同担拒否とは
「同じキャラ(推し)を応援している人との
交流を望まない思考」
である。
一般的に「推しに恋愛感情を抱いている」状態を
指す「ガチ恋(リア恋)」とセットで話される
ことが多い。
同担拒否のファンが
現場(ライブやコラボカフェ等のイベント)で
同担を睨んだであったり同担拒否同士が
揉め事を起こすなどがあるため
「同担拒否である」というだけで
忌避されることもある。
正直たまったもんじゃないのだが
忌避する側の気持ちもわかるのはわかる。
今回は「波多瀬の同担拒否」について語る。
波多瀬は同担拒否な上にガチ恋である。
(正直ガチ恋どころの騒ぎではないのだが
それは前回の記事「限界人間が推しへの感情を
整理した」に散々書いているので
興味がある方はそちらもぜひ)
数ヶ月前までは「同担がいるかもしれない」
という理由で現場に行ったことがなかった。
(現場に推しが居ないからという理由も
あるにはあったが)
同担を見つけてどうこう、というのはSNSでも
現実でも全くやらない。
というか思いもよらない。
SNSであればブロックする程度である。
正直一度見るだけで苦痛レベルなのに
何故わざわざ絡みに行かなければならない
のかが本当に分からない。
グッズ量でマウント
というのもよく見かける例である。
グッズを集めるのも痛バを作るのも
(波多瀬は「推しは痛バにドン引きするだろう」
という勝手なイメージで
痛バを作ったことは無いが)
誕生日に祭壇を作るのも
全部こっちの自己満足でしかないと思っている。
何をやっても推しが2次元であることも
こちらが3次元であることも変わらない。
自己満足とは文字通り「自己」で「満足」する
ものであって別に他人に見せる必要は無い
というのが波多瀬の持論である。
なのでグッズは並べるだけ並べてにやにやして
終わっている。
日の目を見ることがなくてごめん、推し…。
ジャンルの人間が炎上したり揉めたりすると
(これは同担拒否に限らず)
悪く言われるのは
「ジャンル」と「ジャンルのオタク」と
「キャラ」と「キャラを推しているオタク」
である。
波多瀬のジャンルにも有名人は居て
その人のせいで「そのキャラ推しの人は怖い」
という話も割と聞く。
かく言う波多瀬も若干怖い。
波多瀬は死んでもそんなことにはなりたくない
と思っている。
推しとジャンルに迷惑かけるぐらいなら
マジでとっとと死のうと思っている。
推しに拾ってもらった命で
推しとジャンルに迷惑かけるなんぞ
恩を仇で返すもいいところである。
なので絶対に取引は飛ばないしSNSでも
過激なことは言わない。
(過激なこととは?になるが。そもそも)
穏やかに過ごしていて
勝手に何か言われる分には
こちらに罪は無いのでどうにも出来ない。
波多瀬にも独占欲はある。
しかしその独占欲は
「〇〇君は私のものだから取らないでよ!」
というものではない。
(「私のものではない」が公式だからである。
公式が絶対。)
じゃあ波多瀬の独占欲は?を文章化すると
「友人なり恋人なり別ジャンルの推しなり
別の趣味なり他に頼れるところがあるんだから
私の中の〇〇くんを否定しないでくれ」
である。
波多瀬には友人がほぼ居ない。
去年休学して今年復学したのだが
4月から今まで、
学内で教授とカウンセラーさん以外と
喋っていない。
LINEの1番上はバイト先の店長か母親
強いて言うなら
フォロワーが友達レベルである。
恋人もいない。
いるわけがない。割愛。
別ジャンルも触ってはいる。
(アニメ見たり漫画読んだり)
触ってはいるが触っているだけである。
別の趣味、あるにはある。読書と映画鑑賞。
しかしそれも推しほど命と全財産をかける
程ではない。
命と財産を削っているのは後にも先にも
推しだけなのである。
「推しの世界に私は居ないが
私の世界には推ししかいない」
が1番近い。
だから頼むからそのままで居させて欲しい。
推しは(強いて言えば)作者のものであって
オタクがごちゃごちゃ言うものではないのだが
「〇〇くん=私」であるとか
「〇〇くんは私のもの」みたいな同担を見ると
本当にやめてくれと思う。
「〇〇くんと言えば誰々さんですよね!」
と言ってる同担の周辺のオタク諸共
やめてくれと思っている。
オタクが出る土俵じゃないぞそこは。
「〇〇くんは誰々さんのものではない」
が公式の〇〇くんなのに、そういうのを見ると
その公式の〇〇くんという解釈が
間違っているのでは?と思ってしまうのが
波多瀬である。
原作厨とこういう独占欲を併発すると
最終的に同担を見るだけで吐くレベルの
同担拒否になる。波多瀬の話である。
ここまで書いていて
「これでは攻撃したい気持ちはあるが
攻撃はしていない」
みたいになってないか…?ということに
はたと気がついた。
攻撃の意思は無い、本当に。
私から見えなければ「私の中の〇〇くん」
は否定されないので。
それに私の場合は攻撃というよりは
勝手にダメージを受けているだけである。
同担に攻撃されたこともない。
ただ勝手にこっちがダメージ受けて吐いている
だけである。
アレルギーみたいなものだと思って欲しい。
蕎麦アレルギーの人にわざわざ
蕎麦を勧める人はいないだろうし
蕎麦アレルギーの人が蕎麦を食べている人に
向かって
「蕎麦を食べるなんて!!」
とは言わない。
そんな感じである。
「同担拒否をしている人は余裕が無い」
とよく言われる。
あるわけないだろう。
推しに全身全霊を持って応えている最中
である。
余裕があるなら推しに回したい。
余裕はないが、見えなくなれば
機嫌よく推し語りbotに戻るので
一概に「無理!」と言われると悲しくなる。
ただ、何度も言うとおり
同担拒否を忌避する側の気持ちもわかる。
ので「同担拒否を否定するな!」とは言わない。このnoteを読んで余計に同担拒否に対して
苦手意識が増した、みたいな人も
いるかもしれない。
思想の強制は出来ないしするつもりもないが
もし、どこかの誰かが
「こんな人もいるなら一概に同担拒否が
悪いわけじゃないかもな」
と思ってくれたらラッキーだ。
今回も長文乱文にお付き合いいただき
ありがとうございました。