はたらくFUND 2022 Impact Report (1)
ご挨拶
はたらくFUNDは、少子高齢化、労働人口不足といった喫緊の社会課題に着目し、「働く人」を中心に据え、子育てや介護等の様々なライフイベントを経ながらも「働き続けられる」環境作りと人材創出につき、投資の面からサポートし促進することを目的に、2019年に設立されました。
日本ではまだ事例の少ない多様な投資家が参加する本格的なインパクト投資ファンドとして、インパクト投資の実践を通じ、社会課題の解決に寄与すること、インパクト投資のエコシステムの構築に貢献することを目指し、取り組んでまいります。
(はたらくFUND ホームページ http://hatarakufund.com/)
当ファンドでは、ファンド出資者様向けに年に1度インパクトレポートを発行しております。今回はnoteでも、2022年度のインパクトレポートの一部を公開させて頂きます。
尚、当ファンドは2020年12月にファイナルクローズいたしました。
インパクトレポート全体の目次
1. インパクトサマリー
日本インパクト投資2号投資事業有限責任組合(以下、「本ファンド」)は、日本ではまだ事例の少ない外部投資家参加型インパクト投資ファンドとして、新生インパクト投資株式会社(以下、「新生インパクト投資」)及び一般財団法人社会変革推進財団(以下、「SIIF」)を共同運営者とし、株式会社みずほ銀行(以下、「みずほ銀行」)を運営者のアドバイザーに迎え、多様なLP投資家を招聘して、2019年6月に設立された。
少子高齢化、労働人口不足といった喫緊の社会課題に着目し、「働く人」を中心に据え、子育てや介護等の様々なライフイベントを経ながらも「働き続けられる」環境作りと人材創出につき、投資の面からサポートしていく。
また、インパクト測定モデルの構築、データ収集の実施、意思決定への活用及びレポーティングを含むインパクト測定・マネジメント(IMM)の実践を通じ、インパクト投資の先行事例となり、日本のインパクト投資エコシステムの構築に貢献することを目指す。
本年度における本ファンドの活動ハイライトを以下の通り紹介する。
第一部 インパクトを巡る最新動向
2.最新動向
(1)インパクト投資の特徴と位置付け
The Global Steering Group for Impact Investment (GSG) 国内諮問委員会(以下、「GSG国内諮問委員会」)は、インパクト投資を「財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資行動」と定義している。
インパクト投資及びESG投資は、財務的リターンを希求しつつ、投資行動がもたらす「環境」や「社会」への影響を意識している点で類似している。ESG投資は「企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」と定義されることが多い。一方で、インパクト投資においては、投資主体が環境・社会面の課題解決(インパクト創出)の「意図(Intentionality)」を有し、かつ「インパクト測定・マネジメント(IMM: Impact Measurement and Management)」を通じ、投資先事業によるポジティブな課題解決を追求することが求められる[1]。
(2) インパクト投資のグローバル動向
世界のインパクト投資残高の増加
米国を本拠とするインパクト投資の国際推進団体、The Global Impact Investing Network(以下、「GIIN」)によれば、2021年12月時点の世界におけるインパクト投資の運用資産残高(AUM)は1.2兆ドル(約160兆円)となった[3]。2017年の1,140億ドルから約10倍に成長しているものの、世界のAUM 112.3兆ドル(約15,385兆円)の1%に過ぎない[4]。機関別の内訳を見ると、年金基金や生命保険等のファンドマネージャーが63%を占める一方で、従来から貧困削減や持続的な経済・社会的発展支援を担ってきた世界銀行等の開発金融機関は5%に留まり、民間資金のインパクト投資への参画割合が高い。地理的分布を見ると、計1,013の投資機関のAUMの内、55%が欧州に、37%が米国・カナダを含む北米に集中し、アジア、南米、アフリカにおけるインパクト投資の芽吹きは遅れており、今後の課題である[5]。
ESGへの逆風:米国での保守派の反発、欧州のESG規制の強化
米国では、2022年よりESG投資に対する逆風が吹いている。背景として、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻やエネルギ―危機、物価上昇が挙げられる。党派や地域間の違いを反映し、広範なESG規制を設けている州がある一方で、ESG政策に同調する金融機関の排除を目指す州もある中で、特に年金基金や運用機関によるESG投資の採用に対する反発から「反ESG」の声も聞こえる。ESG投資、インパクト投資に積極的な世界最大の資産運用会社、BlackRockによれば、2022年の株主総会で米国の環境・社会問題に対する株主提案に賛成した割合は24%で、2021年の43%からほぼ半減した[8]。欧州では、グリーンウォッシュへの批判が更に高まり、当局が規制強化を進めている。2021年3月に施行された欧州連合(EU)のサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)に関しては、最も厳格な第9条の導入の影響を受け、BlackRockを含むファンド運用会社は計1,250億ドル(約17兆円)相当のESG資産の格下げを余儀なくされた[9]。
ベンチャーキャピタルからインパクトスタートアップへの投資額増加
世界におけるインパクト投資のアセットクラスの多様化において、ベンチャーキャピタル(以下、「VC」)による「インパクトスタートアップ」への投資は増加傾向にある。インパクトスタートアップとは、事業を通じた環境および社会課題の解決と持続可能な成長を両立し、ポジティブな影響を社会に与えるスタートアップである[10]。オランダを本拠とする企業情報調査会社DealRoomによれば、2016年から2022年にかけて世界のインパクトスタートアップへのVC投資額は約5倍に成長し、2021年の投資額は680億ドル(約9.3兆円)、内約50%は企業価値250百万ドル(約343億円)超のインパクトスタートアップへの投資であった。一方で、投資先としてイギリスや米国などインパクト投資先進国への偏りが目立っており、北欧含む欧州が44%を占めるのに対し、アジアは4%に留まっている[11]。
インパクト投資は従来型投資よりも企業の生存率を上げる可能性あり
イギリスを本拠とする企業情報調査会社Beauhurstは、「インパクト投資家に出資を受けた企業は倒産しづらい」と示唆している。ESGのみを追求するファンドを除外した46のインパクト投資ファンドを対象に行われた当社調査によれば、2011年から2020年にかけてエクイティ投資を受けた企業の内、事業停止または休眠状態となった企業は、従来型投資ファンドから出資を受けた企業が17%であったのに対し、インパクト投資ファンドから出資を受けた企業は11%であった。加えて、次の資金調達ラウンドに進んだ企業の割合は、従来型投資を受けた企業が18%であったのに対し、インパクト投資を受けた企業は23%であった[12]。
インパクト加重会計の発展
企業活動によって生じる環境的・社会的インパクトを定量指標によって測定し、貨幣価値換算をするインパクト可視化の有効なアプローチの一つとして「インパクト加重会計」が注目を集めている。インパクト加重会計は、米国ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授を中心に、GSGとImpact Management Project (以下、「IMP」)[13]が主導した「インパクト加重会計イニシアティブ」(IWAI: Impact-weighted Accounts Initiative)が2019年に発表した新しい会計制度である。①損益計算書や貸借対照表等の財務諸表に記載される項目で、②従業員、顧客、環境、より広い社会に対する企業の正と負のインパクトを反映させることにより、③財務の健全性と業績を補足するために追加されるもの、と定義される[14]。2022年には、財務分析におけるインパクトの統合を世界的に推進するため、上述IWAIプロジェクトから独立する形でInternational Foundation for Valuing Impacts (IFVI)が設立され、方法論の開発、インパクトの貨幣価値試算、企業・投資家・政策立案者の意識醸成等の活動を実施している[15]。
ESG情報開示枠組みの進展:国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の取り組み
ESGを含む企業の非財務情報の開示の重要性の高まりを受け、イギリスを本拠として国際会計基準(IFRS)の策定を担う民間の非営利組織IFRS財団は、2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB: International Sustainability Standards Board)を設立した。同時に、様々な団体による基準の乱立による混乱を解消するため、2022年6月までに既存の開示基準の設定機関である価値報告財団(VRF: The Value Reporting Foundation)[16]と気候変動開示基準委員会(CDSB: Climate Disclosure Standards Board)を統合する方針を発表、CDSBを2022年1月に、VRFを2022年8月に統合した。また、2022年3月には、IFRSサステナビリティ開示基準の2つの公開草案を公表した[17]。
本ファンドとしては、以上のようなインパクト投資のグローバル動向を鑑み、ファンド活動の中で以下の点に留意している。
まず、インパクトスタートアップへの投資が世界的に成長する中、アジアへの投資はまだ限られていることにつき、これを今後の伸びしろと捉える。本ファンドとして、インパクトを含む企業のサステナビリティ経営を追求する海外投資家にサステナビリティ軸からも適切に評価されるように投資先企業を支援し、投資先企業が資金調達をする際に積極的にこれら海外投資家を紹介しながら、資金調達の成功を支援することが重要である。
そして、米国におけるESG投資への逆風、欧州におけるグリーンウォッシュ防止のための規制強化、サステナビリティ情報開示基準策定等の動向につき、インパクトを含むサステナビリティ情報の透明性がより厳しく求められる時代になっていることを意味すると考える。欧米政府による規制やサステナビリティ情報開示基準を意識しながら、本ファンドおよび投資先企業によるサステナビリティ情報の可視化と報告をより一層推進することが大切である。
(3) インパクト投資の国内動向
日本のインパクト投資残高の増加
イギリス・米国等のインパクト投資先進国と比較すると、日本はインパクト投資のプレイヤーが少なく、インパクト投資の認知・普及は緒についたばかりである。一方で、投資規模は着実に拡大しており、GSG国内諮問委員会の2021年度調査の結果、日本のインパクト投資残高は少なくとも1兆3,204億円あることが確認され、2020年度のインパクト投資残高3,287億円から約4倍に拡大した[18]。世界のインパクト投資残高の拡大と同様に、日本国内における残高拡大については、以下3点が主な要因と考えられる。
① 既存のインパクト投資家によるインパクト投資事業の拡大
② 新規のインパクト投資家の参入
③ インパクト投資のアセットクラスの多様化(特に規模の大きくなりやすい上場株式や融資の取り組み拡大)
③に関連し、非上場株式は回答機関数ベースでは39%を占めるものの、投資残高ベースでは5%にとどまっている。その背景として、上場企業を対象とするインパクト投融資残高の割合が、70%(2020年度調査[19])から84%(2021年度調査)に増えていることが挙げられる。上場企業を対象とする投融資は一般に未上場企業を対象とするものに比べ一件当たりの金額規模が大きいため、上場企業へのインパクト投融資件数の増加は全体のAUMの増加に大きく寄与していると言える。一方、岸田政権による「スタートアップ育成5か年計画」も発表され、その3つの柱の二つ目の中に「インパクトスタートアップのエコシステム整備」が盛り込まれる(後述)等、インパクトスタートアップへの注目度はますます高まっており、今後、未上場株式へのインパクト投資件数が増える余地はある[20]。
2022年は、岸田首相が1月17日の初の施政方針演説において、「新しい資本主義」における新たな官民連携の実現方法、民による公的機能の補完の手段として、インパクト投資に言及した。加えて、2022年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下、「骨太の方針2022」)、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、「グランドデザイン」)においてインパクト投資の活用が明記された。また、2022年11月には岸田内閣が「スタートアップ育成5か年計画」を発表し、その中で「インパクトスタートアップのエコシステム整備とインパクト投資の推進」が掲げられた[21]。これを受け、パブリック・プライベート両セクターにおいてインパクト投資推進の機運が高まっている。
本ファンドとしては、日本におけるインパクト投資の更なる拡大に向け、グローバル基準のファンド運営を意識することで、引き続き業界を牽引しエコシステム構築に貢献していくと共に、投資先企業が上場後も多様なインパクト投資家に適切に評価されるよう、インパクトIPO(後述)の支援を目指す。
パブリックセクターにおけるインパクト投資の取り組み
内閣官房の取り組み
2022年6月、内閣官房は、骨太の方針2022、並びにグランドデザインにおいてインパクト投資の推進を明記した。11月には、スタートアップ育成5か年計画も発表し、インパクトスタートアップ支援も強調している。
公衆衛生分野においては、2022年9月に、内閣官房内の健康・医療戦略室において「インパクト投資とグローバルヘルス」に係る研究会(以下、「IGH研究会」)が設置され、同月に初回会合が開催された。広島で2023年5月に開催予定のG7サミットに向けて、民間のグローバルヘルス分野への投資拡大を促す取り組みとしての紹介事例の創出を目的としている。IGH研究会メンバーとして、本ファンドメンバーが参画している。2022年12月に中間報告が発表され、今後はグローバルヘルス分野におけるインパクトの測定・可視化・マネジメントについて更なる研究を重ね、2023年3月までに具体的な方策提案を含め最終報告を提出する方針が示された[22]。
金融庁の取り組み
金融庁は、2020年6月よりGSG国内諮問委員会と共同で「インパクト投資に関する勉強会」を開催している。本ファンド共同GPのSIIFが事務局を務める。本会の目的は、「インパクト投資に関する金融市場関係者と行政の理解を深め、国内外の社会課題解決に向けたインパクト投資の取り組みの意義と課題を明らかにし、日本における金融業界の持続的な発展に資する推進の在り方を議論すること」にある[23]。
上述勉強会と並行して、2022年10月には、金融庁内でのサステナブルファイナンス有識者会議に「インパクト投資に関する検討会」が設置された[24]。骨太の方針2022にインパクト投資の推進が明記されたことを受け、「国内外のインパクト投資等の動向・事例を参照しつつ、金融機関や投資家がインパクト投資等の取り組みを行う際に有用な実務的な留意点等も含め、社会・環境課題の解決やスタートアップを含む新たな事業の創出に資するインパクト投資等の拡大に向けた方策について議論を行う」ことを目的としている。
本ファンドにおいては、勉強会の事務局・委員および検討会メンバーとして本ファンドメンバーが参画しており、日本におけるインパクト投資市場の健全な発展に貢献すると同時に、これらの会議で議論される日本におけるインパクト投資の動向を踏まえて、投資活動を進めていく。
プライベートセクターにおけるインパクト投資の取り組み
プライベートセクターにおいても、前述の岸田内閣における骨太の方針2022、グランドデザイン、スタートアップ育成5か年計画へのインパクト投資の組み入れを契機とし、上場・未上場を問わず、インパクト投資やサステナビリティ経営の推進に向けた取り組みが加速した。
日本経済団体連合会(以下、「経団連」)の取り組み
経団連は、Society 5.0[25]の実現を通じたサステイナブルな資本主義の実践を目指している。そのための道筋として、企業と投資家のサステナビリティに関するパーパス起点の対話を通じて双方の理解を深め、ビジネスモデルの変革や事業/イノベーションの展開、それらへの投資加速につなげることが重要とし、金融・資本市場委員会下の建設的対話促進ワーキング・グループにて30社以上と連携し2021年10月から事前勉強会等を開催している。
2022年6月、経団連は提言書「“インパクト指標”を活用し、パーパス起点の対話を促進する:企業と投資家によるサステイナブルな資本主義の実践」を公表した。サステナビリティに関して、日本企業が評価を求める点と投資家が重視する点のギャップに着目し、インパクト指標の「サステイナブルな資本主義におけるステークホルダーとの共通言語」としてのポテンシャルを活用し、如何にギャップを克服して建設的な対話に導くかを説いている。具体的には、SDGsやGIINのIRIS+等の国際指標を参考に、「横断指標」と「課題別指標(レジリエンス/ヘルスケア領域)」として計84個のインパクト指標例を提示している[26]。
インパクトスタートアップ協会の取り組み
2022年10月、本ファンドの投資先であるユニファ、ライフイズテックに加え、READYFOR、ヘラルボニー、五常・アンド・カンパニーの計5社を発起人・幹事社、ほか18社を第1期正会員として、計23社が「インパクトスタートアップ協会(ISA)」を設立した。同協会は、「社会課題の解決」を成長のエンジンと捉え、共有、形成、提言、発信を活動の4つの柱とし、インパクトスタートアップエコシステムの構築、持続可能な社会の実現を目指す[27]。2023年1月には一般社団法人化し、新たに15社の第2期正会員が加わり、計38社の体制となった。本ファンドの共同GPであるSIIFおよびGPアドバイザーであるみずほ銀行も、2023年2月に賛同会員に加盟した[28]。
日本企業のB Corp認証取得数増加
経済的利益だけでなく、環境と社会への影響に配慮した新たな企業形態として、米国で始まり世界各国に広がっているBenefit Corporation、イギリスのCommunity Interest Company(CIC)、民間認証のB Corp(Certified B Corporation)等に関心が集まっており、特にB Corpは注目されている。B Corpは米国の非営利団体B Labが設計・運営している国際認証制度であり、環境的・社会的パフォーマンス、説明責任、透明性に関する基準を満たした企業に対して付与される。2023年1月末時点で、英語圏を中心に約90カ国、約6,300社が認証を取得しており、日本企業は18社で、そのうち10社が2022年に認証を取得した。その中には、本ファンド投資先であるライフイズテックも含まれる[29]。
インパクト志向金融宣言の取り組み
インパクト志向金融宣言は、2021年11月に金融機関21社の経営トップの署名により活動を開始した。「民間金融機関が組織の目的として、環境・社会問題を解決するという意図(インパクト志向)を持ち、金融機関の経営を推進するとともに、投融資先の生み出すインパクトの測定・マネジメント(IMM)を実践し、投融資活動や金融商品提供を推進する」という目的の下、運営委員会、ワーキングレベル会合(会社実務者会合)を重ね、分科会の設立も含めて活発な活動を続けている[30]。2022年11月には、宣言発足から一年間の活動・進捗をまとめた「インパクト志向金融宣言プログレスレポート2022」を発行した。2022年9月末時点のインパクトファイナンス残高総額は3兆8,500万円と公表され、2022年10月時点で署名機関は38機関(内6社は非公開、1社はレポート非掲載)に達した[31]。2022年12月現在の署名機関は43機関であった。
本ファンドとしては、投資先企業に対する投資後の支援として、企業目線でのインパクト測定・マネジメントやESGの取組みを含むサステナビリティ経営の知見開発に注力しており、上述のような企業によるインパクト創出に向けた機運作りや知見共有を牽引する団体組織とも適宜関係を構築し、情報共有をしていく。
インパクトIPOの研究・開発
近年、環境・社会インパクトを創出し上場を目指すインパクトスタートアップが増えている。加えて、サステナビリティ情報開示基準等の進展により、既に上場している企業の環境・社会インパクトの可視化・発信、投資家との対話の重要性も高まっている。一方で、企業側には上場後の事業成長の維持、株主や資本市場との対話に課題がある。また、上場株を対象とするインパクト投資家側も知識レベルにばらつきがあり、投資判断のための情報が不足している。
2022年7月、GSG国内諮問委員会は事務局たるSIIFの調査に基づいて「インパクト企業の上場 コンセプトペーパー」を発行した[32]。また、同年11月には、SIIFが国内外のインパクト企業や投資家の事例を掲載した「インパクトIPO実現・普及に向けた基礎調査」[33]を発行した。これら調査資料が、上場していくインパクト企業、及びインパクト上場企業が、上場市場においてインパクトを創出し続けられること、そのためにインパクトに関する情報が適切に生み出され、流通し、市場での対話や投資判断に活用されるために必要な環境整備に資することを企図している[34]。
本ファンドでも、調査資料を活用しつつ、投資先企業のインパクトIPO実現に向けて支援している。具体的には、上述のSIIF基礎調査に関し、希望する投資先に対して情報を提供し、意見交換を行った。本ファンドの投資先が目指すIPOの方針策定等の検討に資するよう、継続的なフォローを行っていく。
3.本ファンドによるインパクト投資のエコシステム構築への貢献
本年度、本ファンドは、日本におけるインパクト投資のエコシステム構築への貢献を目的として、以下の活動を行った。
(1)金融庁とGSG国内諮問委員会共催の「インパクト投資に関する勉強会」への参画
2020年6月より、金融市場関係者や行政関係者等によるインパクト投資に対する理解を深め、日本の金融業界の持続的な発展に資する推進の在り方について議論することを目的に、2か月に1回程度開催。SIIFが事務局を務め、ジェネラルパートナー及びGPアドバイザーが委員として参画し、日本の先端的なインパクト投資ファンドとしての投資活動を通じて得られた実務経験をもとに、日本におけるインパクト投資等の拡大に向けた方策を提案している。
(2)GSG国内諮問委員会への参画
GSG国内諮問委員会は、The Global Steering Group for Impact Investment (GSG)の日本における国内諮問委員会としてSIIFが事務局を務め、調査研究・普及啓発・ネットワーキング活動を通じて、インパクト投資市場やエコシステムの拡大を目指す組織である。本ファンドからはこれまでも賛同メンバーとして参画していたが、2020年度よりジェネラルパートナーが委員として参画している。
(3) 国内金融機関による「インパクト志向金融宣言」への参画
2021年11月29日に金融機関21社(2022年10月時点38機関)が署名する形で発足した「インパクト志向金融宣言」において、SIIFが事務局を担い、新生インパクト投資の親会社であるSBI新生銀行は発足メンバー21社のうちの1社として署名を行った。2022年は本ファンドパートナーがIMM分科会の共同座長を務めている。
(4) 金融庁の「インパクト投資等に関する検討会」への参画
2022年10月、金融庁は2020年12月に設置したサステナブルファイナンス有識者会議の下、社会・環境課題の解決やスタートアップを含む新たな事業の創出に資するインパクト投資等の拡大を目的とし、「インパクト投資等に関する検討会」を新設した。本ファンドのジェナルパートナーが委員として参画している。2022年11月の検討会で、本ファンドの取組みの発表を行った。
(5) 内閣官房の「「インパクト投資とグローバルヘルス」に係る研究会」への参画
2023年のG7開催に向け、民間のグローバルヘルス分野への投資拡大を促す取組として紹介できるような成果を出すことを目標に、内閣官房健康・医療戦略推進本部は、2022年9月に「「インパクト投資とグローバルヘルス」に係る研究会」を設置した。本ファンドのジェネラルパートナーが委員として参画している。
(6)その他の登壇・寄稿等
本ファンドメンバーは、日本におけるインパクト投資ファンドの先駆者として、インパクト投資の認知向上や、実践知の開発・共有のため、最先端のインパクト投資実務や学びについて、様々な場で登壇・寄稿をしている。例えば、日本証券アナリスト協会の『証券アナリストジャーナル』 2022 年5 月号のインパクト投資特集に論文「ベンチャー企業へのインパクト投資の実際」を寄稿、社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)による日本初のインパクト・アナリスト研修で講師やメンター、ベンチャーとVCが集うIndustry Co-Creation ® (ICC) サミットにおけるセッションの企画・登壇をした。
[1] GSG国内諮問委員会「インパクト投資について」https://impactinvestment.jp/impact-investing/about.html (2023年3月閲覧)
[2] GSG国内諮問委員会「インパクト投資拡大に向けた提言書2019」(2020年4月、修正版2021年2月)を基に一般財団法人社会変革推進財団(以下、「SIIF」)作成。
[3] 本レポートでは為替レートとして、1米ドル=137円、1ポンド=162円を適用する。
[4] Chris McIntyre, Simon Bartletta, Ishaan Bhattacharya et al., “Global Asset Management 2022: From Tailwinds to Turbulence,” Boston Consulting Group (May 2022), p.4.
[5] The Global Impact Investing Network(GIIN), “Sizing the Impact Investing Market 2022,” (October 2022), p.1-4, https://thegiin.org/assets/2022-Market%20Sizing%20Report-Final.pdf.
[6] GIIN, “GIIN Annual Impact Investor Survey” 2017-2020年度版、”Sizing the Impact Investing Market” 2019、2022年度版を基にSIIFが作成。2022年数値11,640億ドルは、2021年12月末の投資残高である。尚、2017、2018年数値は、GIINの投資家アンケート調査に準拠する一方で、2019、2020、2022年数値はGIINの市場規模調査に基づいており、データの性格が異なる。
[7] GIIN, “Sizing the Impact Investing Market 2022,” p.4.
[8] Brooke Masters, “BlackRock Pulls Back Support for Climate and Social Resolutions,” Financial Times, July 26, 2022, https://www.ft.com/content/48084b34-888a-48ff-8ff3-226f4e87af30.
[9] 足達英一郎「ESG投資に逆風:高まる「グリーンウォッシュ」批判」日経産業新聞 (2023年1月30日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC24CH90U3A120C2000000/; 杉山大志「ESGは資本主義と民主主義の敵なのか」AGORA (2022年1月) https://agora-web.jp/archives/2054859.html; Greg Ritchie, Steven Arons, and Natasha White, “Fund Bosses Vent ‘Mass Frustration’ as ESG Tumult Grips Industry,” Bloomberg, December 20, 2022, https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-12-19/fund-bosses-vent-mass-frustration-as-esg-chaos-grips-industry?leadSource=uverify%20wall.
[10] インパクトスタートアップ協会「インパクトスタートアップ協会について」https://note.com/impact_startup/n/na61a6557b957 (2023年3月閲覧)を参考に、当ファンドにて言葉を足した。
[11] Laura Joffre, “VC Investment for Impact Pulls Back in 2022 Worldwide – New Research,” Pioneers Post, November 17, 2022, https://www.pioneerspost.com/news-views/20221117/vc-investment-impact-pulls-back-2022-worldwide-new-research.
[12] Lucy Wilson, “The UK’s Most Active Impact Investing Funds,” Beauhurst, September 28, 2022, https://www.beauhurst.com/blog/impact-investing-funds/.
[13] 2016年に設立された、インパクト・マネジメントに関する国際的イニシアティブ。5年間の期限付きフォーラムであり、2021年にImpact Management Platform、Impact Frontiers、IFRS、GIINの4つの後継組織に引き継がれ、発展的に解消した。
[14] George Serafeim, T. Robert Zochowski, and Jen Downing, “Impact-Weighted Financial Accounts: The Missing Piece for Impact Economy,” Harvard Business School, 五十嵐剛志(一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ)抄訳・まとめhttps://simi.or.jp/grc/wp-content/uploads/2021/03/004.-Impact-Weighted-Financial-Accounts-JPN-summary.pptx.pdf.
[15] Harvard Business School, “International Foundation for Valuing Impacts Holds Inaugural Board Meeting,” July 12, 2022, https://www.hbs.edu/news/releases/Pages/IFVI-IAWI.aspx.
[16] 2021年6月、非財務報告基準を開発してきた「米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)」と「国際統合報告評議会(IIRC)」の統合によって設立。
[17] IFRS, “ISSB Delivers Proposals that Create Comprehensive Global Baseline of Sustainability Disclosures,” March 31, 2022, https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2022/03/issb-delivers-proposals-that-create-comprehensive-global-baseline-of-sustainability-disclosures/.
[18] 2020年度GSG調査で採用したインパクト投資参入基準に基づいた場合、2021年度のインパクト投資残高は5,126億円となるが、2021年度との比較のため、同年度の新参入基準を適用した場合の残高3,287億円を参照する。
[19] GSG国内諮問委員会「日本におけるインパクト投資の現状と課題―2020年度調査―」(2021年4月) http://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2020.pdf
[20] GSG国内諮問委員会「日本におけるインパクト投資の現状と課題―2021年度調査―」(2022年4月)
https://impactinvestment.jp/resources/report/20220426.html.
尚、本調査における2021年投資残高は、アンケート回答に基づき確認できた分であり、日本のインパクト投資市場規模の実際値ではない。また、インパクト投資残高は、個別回答組織の直前期末時点の数字の積算であり、2021年末時点の積算値ではない。
[21] 内閣官房「スタートアップ育成5か年計画」(2022年11月) p.19-20, https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai13/shiryou1.pdf.
[22] 内閣官房「インパクト投資とグローバルヘルスにかかる研究会中間報告:新しい資本主義のグローバルな展開を目指して」(2022年12月16日) https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/global_health/pdf/tyuukanhoukoku_20221216.pdf.
[23] GSG国内諮問委員会「金融庁共催「インパクト投資に関する勉強会」」https://impactinvestment.jp/activities/fsa-study.html (2023年3月閲覧)
[24] 金融庁「インパクト投資等に関する検討会」https://www.fsa.go.jp/singi/impact/index.html (2023年3月閲覧)
[25] 内閣府「Society 5.0とは」https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/ (2023年3月閲覧)
[26] 経団連「”インパクト指標”を活用し、パーパス起点の対話を促進する:企業と投資家によるサステイナブルな資本主義の実践」(2022年6月14日) https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/060_gaiyo.pdf.
[27] PR TIMES「ユニファ、ライフイズテック、READYFOR、ヘラルボニー、五常など23社で「インパクトスタートアップ協会」を設立!」(2022年10月14日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000109519.html.
[28] HEDGE GUIDE「SIIF、インパクトスタートアップ協会の賛同会員に加盟」(2022年2月21日) https://hedge.guide/news/siif-impact-startup-202302.html.
[29] 日経産業新聞「インパクト投資、日本のスタートアップに新風」(2023年2月3日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC257920V20C23A1000000/.
[30] 2023年3月現在、7つの分科会(①定義・参入基準分科会、②インパクト測定・マネジメント(IMM)分科会、③ソーシャル指標分科会、④アセットオーナー・アセットマネジメント分科会、⑤地域金融分科会、⑥ベンチャーキャピタル分科会、⑦海外連携分科会)が活動している。
[31] インパクト志向金融宣言「インパクト志向金融宣言プログレスレポート2022」(2023年1月)https://www.impact-driven-finance-initiative.com/wp-content/uploads/2023/01/Progress-Report-2022.pdf.
[32] GSG国内諮問委員会「インパクト企業の上場 コンセプトペーパー」(2022年7月) https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/concept-paper_final.pdf.
[33] SIIF「インパクトIPO実現・普及に向けた基礎調査」(2022年11月)
https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2022/11/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%88IPO%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E3%83%BB%E6%99%AE%E5%8F%8A%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%9F%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E8%AA%BF%E6%9F%BB.pdf.
[34] 一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)「インパクト企業の新規上場/インパクト上場企業の調査・研究・推進」https://www.siif.or.jp/case_study/impact_ipo/ (2023年3月閲覧)
はたらくFUND 2022 Impact Report (2) はこちら