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第18回 君、音、朝方、etc 【私的小説】
忘れられたことを、
どうしても
忘れられない
ギターケースがベンチに立てかけられていた。ケースにギターが収められているかは分からないけど、あまりにも不用心だと私は思った。響一の物かは分からないけど、見張りをしていようと自然に思った。そうするべきだとも思わなかったし、そうしたいとも思わなかった。
だけど、世界に誰か一人くらいギターを見張っている人間がいてもいい、と私は思った。特に考えもせず。
近くのローソンでお茶を買い、参考書を読みつつ待った。待っているわけではないか、と一人で思う。私はその場所で過ごした。駅にはどこかに向かう人がいて、どこかから戻ってくる人たちがいた。その中には彷徨っている人もいるだろう。可能性はある。
帰る場所もなく、行く場所もなく、ただ放浪している人がこの街にいるのだろうか。
響一の顔が浮かぶ。少し遅れて、あの人の顔が浮かぶ。
本に目を通し、分からない箇所は響一に訊いてみようと思う。
日が傾き、夜が訪れようとしても、ギターの持ち主は現れなかった。確証はないけれど、それが響一の物だという確信はあった。
だけど、ギターは彼の物でもベンチに置いたのは違う人間だという、ある種の可能性を私は捨て切れなかった。もしそうだとするなら、ギターに触れることで何かに巻き込まれてしまう気がした。
誰かがここを見張っているだろうか。
被害妄想的だと思う。この小さな町にそんな可能性は不釣り合いだと考えを改める。ギターケースに触れ、持ち上げることは容易に出来た。軽さから、おそらく中には何も収められていなかった。
私と彼以外の誰かがこの状況に関与しているのだろうか。
「この街にその可能性はあるのだろうか?」
実際に言葉を口に出す。その後、私自身が一つの危険の形として顕れていると感じる。 この前、響一はこう言っていた。
「僕の人生に何かが顕在化するのはおそらく時間が掛かるだろう、と僕は思っている。悠長なことは言ってられないけど。でも良いんだ」
そう言って、彼は再び音楽に耳を傾けていた。
言葉は要らないと、誰かが言う。
その時、頭にあったことを私は言わなかった。私はあまりにも臆病だから、何かを言わないことで自分を守ろうとする。
「顕在化。隠れていたものが明らかになること、はっきりすること」
マーカーを引くように呟く。
ギターケースを彼に渡そうと私は決心する。
呼び鈴を三度鳴らしても、彼はなかなか出てこなかった。二階の部屋の窓を見ると、確かに明かりが灯っていた。きっと彼はいるだろう、音楽が邪魔して何も聞こえないという可能性はあるかもしれないと思った。
ギターケースだけ玄関に立てかけて、ここを後にするべきか、迷った。家に帰る理由もないと私は思った。