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第13回 君、音、朝方、etc 【私的小説】

越境していく人、幾つかの閃光、
僕は埋もれたままで壊れていく。
「悪くない」

「叔父がいて、という話は前にしたよね」
 私は頷く。「はい」
「その人が音楽を教えてくれたようなものなんだ。薫陶を受けたというか、やや古めかしい言葉を使うなら」
「クントウ、ですか」
「後で調べてみて、」と彼は控えめに笑った。

「中学の途中まで、十勝にいたんだ。両親と僕と。それで、叔父も近くにいた。月に一度くらい彼は我が家に訪ねて来てた。いつもお土産を渡してくれた。ちなみに僕から彼に何かを渡したことはない」
 彼はCDを何枚か見せてくれた。
「海の向こうは近いぞ、と叔父は言ってた。けど、想像力も必要だってね」
 彼は楽しげに言った。
 この後、不吉なことがなければいいのにと私は思った。

 響一は、これまで出会ってきた人のことを話す。
「英語ができたかは分からない、叔父さんは僕よりずっと頭の良い人だったから、彼が何を出来て、何を出来なかったかは僕には分からない。2001年9月。叔父が20代の時に、ニューヨークで飛行機が建物に突っ込んだ」
「知ってます」
「彼はそれなりの衝撃を受けたらしい。けど、あくまで海の向こうの出来事だった。当時、今みたいにインターネットが全てを繋げていたわけではなかった」

「だから、」と言って彼は息を吐き出した。
「それは現実ではなかった、ある意味では。テレビのスイッチを切れば消えていった」
 部屋では優しく音楽が響いた。
 私は適切な振る舞いのように黙っていた。
「なぜこんな話をするのか、君は怪訝に思っている」
 私は、全てにつながりがあるんだという、いつかの響一の言葉を覚えている。あるいは、それは誰かの言葉だったかもしれない。

「全てはつながっているから」と、それだけを私は言う。
「君は分かっている」
 彼が誰なのか、私には分からなくなっている。

「ある人が、叔父さんだと君は思っている」
 彼は静かに言う。

 その言葉に私は反応できずにいる。言葉を忘れ、ただ呼吸をしている。
「そういう風に君が思っているということにしておく。これは勝手な僕の考えだ。実際は違う。じゃあ、ある人は誰なんだろうと君は思う。当然の疑問だ、」
「そして、君は僕がその疑問の答えを握っていると思っている、」
「違う」

 彼は疑問符をつけずに言う。それは私に向けられた訴えのように聞こえる。彼が意図した通りに。
「違わないです」と私は言う。
 湯呑に口をつける。お茶は随分温くなっていて、そばの風味が和らぐ。
「彼のことを知っている。よく知っている、とまずまず知っているの中間位に。話したことがある。ある意味では、彼は僕の恩人だった。その話を聞きたい?」
 今度は、語尾を上げて私に訊ねる。
 私はコクリと頷く。空気は彼に伝わる。
「最後の曲を聞こう」と彼は言う。
「今話して」と私は言う。
「焦ることないよ」
 彼は黙っている。曲が終わった後、口を開く。

「この曲はある映画で使われた曲なんだ。僕が生まれた頃に作られた映画。最近、歌詞を改めて見てみた。感銘を受けたよ」
「好きなんですか?」
 質問はひどく間の抜けた感じがしたけど、大事なことだと思った。
「僕の魂。大袈裟か、」
 彼の声に明るさが戻っていた。
「原点にして目標、くらいにしておこう。それでも大袈裟か」と彼は笑う。
「良い歌ですね、言葉で表せないくらい」

 彼は私を見る。
「映画もいいよ」と教えてくれる。
「今度一緒に観ましょう」
 彼は、今度は私を見ない。
「始めよう。何か掛ける?」と彼は訊く。

「音楽はいらない」と私は教える。

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