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気仙沼漁師カレンダー2021

2019年の一年間、気仙沼を訪れて写真を撮っていた。気仙沼の漁師さんを撮影して2021年のカレンダーにしましょうというお仕事だ。

いまだからいえることだけど。このお誘いをうけたときに、断ろうかとおもっていた。体調に不安があるとか、もっともらしい仮病はいくらでも使える。

断ろうとした本当の理由は、これまでに撮影されてきた気仙沼漁師カレンダーの質の高さにビビったからだ。実力があり、著名で評価の高い写真家がこれまで撮影をしている。いやになるほど、レベルが高いのだ。

写真業界の紅白歌合戦のような流れに自分が加わる自信がなく、2021年だけ質が低くなってしまったら、カツオやフカヒレに申し訳ないなぁという気持ちになった。

それでも断らずに撮影したのは、自分の写真がどれぐらい通用するのか試してみたいという、自我があったからだとおもう。それから漁船からの景色を見たかったのだ。

自信はないけど自我と好奇心だけはあって、フカがぼくの背中をヒレでそっと押してくれた。

あどけない表情の坊主頭の彼はこれから一年間日本に帰ってこない。

日本に帰ってこれないどころか、一年間に数回ほどしか上陸もできないらしい。
髪の毛は前日に丸刈りにしたそうだ。とても過酷だ、ぼくならきっと耐えられない。信用金庫に勤めていた彼が仕事を辞め、これからマグロ漁船に乗船をする。

「なんで漁船に乗るの?」とおもわず質問をしてしまった。世の中には仕事なんて他にもたくさんある、少子高齢化でどこの業界も若い人材は人出不足だ、いまは仕事を選べる時代になっている。

マグロ漁船に一年間のれば新人でも一千万円もらえていたという時代でもない。

「やりたい仕事だからです」迷いのない言葉で彼は答えてくれた。きっと耳のタコが水揚げされるぐらい何度もおなじ質問をされているのだろう。そして周囲の人から反対をされたかもしれない。

仕事を選べる時代だからこそ、彼は漁師を目指している。質問したことが恥ずかしくなるぐらい、とても純粋な動機と目だった。それでも緊張で表情は強張っている。大ベテランの先輩漁師と、屈強なインドネシア人漁師に囲まれ、新人は彼一人だけのようだ。

一昔前は借金返済ためにマグロ漁船にのる人が本当にいたそうだ。現在は日本で働く東南アジアの外国人漁師の存在によって人件費を抑えることができるうえに、彼らは漁業に必要な技術まで有している。

そういった背景があるので新人の若い日本人が高給ということはない。外国人漁師で人手不足を解消することができても、彼らはいつか帰国をする。日本人の後継者が不足していることが厳しい現実だ。

彼の緊張と厳しい現実を消すように港では盛大に出船式を祝っている。缶コーヒーや缶ビールなどが次々と持ち込まれ、彼はまわりに一歩遅れながらも船内に運んでいる。

彼は陸でたった5日間の研修しか受けていないのだ、なにをするにも一歩も二歩も遅れをとっている。そんな彼をインドネシア人の船員たちがフォローする、きっと言葉が通じなくともなんとなくわかるのだろう。

インドネシア人漁師たちに新人の彼を中心に囲んで写真を撮ってくれとお願いされた。ぼくも言葉はわからないけどたぶんお願いされてる。緊張がすこしほどけたのか、写真にはあどけない笑顔の彼がいる。

彼のような若者の存在が10年後の日本の漁業を支えるのだろう。漁師になりたくて漁船にのるのだ。10年や20年後にとても質の高い漁師になるのではないだろうか。

一年後に気仙沼に帰ってきたとき、このカレンダーを手にとって彼はなにを感じるのだろう。出船式のことや、髪を丸めた前日のことをおもいだしたり、はずかしかったり、大変だったことをおもいだしたり、きっといろんな感情が溢れてくるだろう。それが一年間で成長をした証なんだとおもう。

漁師さんの休日の過ごしかたや人柄を知りたかった。勝手なイメージだけどお酒をのんでいるか、ギャンブルに興じているような印象がぼくにはある。

パチンコ店に並んだり酔っぱらった漁師さんを撮影すれば、それは職業が漁師なだけのギャンブラーや酔っ払いの写真になってしまう。カレンダーのイメージ的にあまり健全ではない。

そこで釣りが趣味という漁師さんを撮影することになった。それはそれでプロ野球選手が休日に草野球に参加するようなもので、釣りバカ的なものを感じなくもない。

漁師さんと海に一緒にいった。使い込まれた釣竿を手に持っているものの扱いが不慣れだ。すると「釣りなんかしたことねーもん」と漁師さんがいいはなった。前日に友人から釣竿をかりたそうだ。

前日に入手した息絶えた魚に針をつけて、イキのいい魚を釣ってる演技までしている。つまりヤラセだ。どうせヤラセをやるなら釣竿をつかう漁師さんのほうが演技が巧いのではないだろうか。

「なんで撮影を断らなかったんですか?」と漁師さんに聞いてみた。どう考えても普通は断る。「だって、お前らがなんかいろいろ頑張ってるから、助けてやりたかったんだよ。」と答えてくれた。おもいもよらず漁師さんの人柄を知ることができた。

漁船にのってたくさんのことを知った。マンボウの肌はサメみたいにザラザラしていて、トビウオの羽は透明で光の加減で虹色に見える。イカは生きたまま食べるのがいちばん美味しいことを知り、魚をさわった手でカメラをさわるとカメラが魚臭くなることも知った。

写真はその場所にいかなければ撮ることはできない。漁船からの景色は素晴らしく貴重で、大切な思い出になった。知らない世界を知ることはたのしい、これは人生の醍醐味だとおもう。知らない世界を体感すると感動がある。

これをいまだからいえるのは、いい結果を残せたと自信をもっているからだとおもう。

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幡野広志
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