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戯曲「パンケーキ」

「夢を見ていた。その夢の中での僕は、穏やかな郊外にある、西洋風の一軒家で暮らしていた。季節は春なのかな?窓を見ると、穏やかな気候で。澄み切った青空に白い雲がいくつか浮かんでいる。車が走っている。遠くの方から緩やかに近づいて、通り過ぎるとまた耳の端に消えていった。曲がり角はないのだろう。どれもまっすぐに消えて行った。その音を聞きながら一つのイメージを浮かべてみた。肉眼では確認できないサイズの車が中空に現れ、形状を維持したまま、ゆっくりと膨らんでいく。そして膨らみ切るとまた、同じ速さでしぼんでいき、点となり空間に消えていく。
 そんな妄想をしながら窓辺に置いた一人掛けの椅子でタバコを吸っていた。キッチンから、パンケーキが焼ける匂いがする。甘い匂いだ。昼には少し早いけど、のんびりとしすぎた朝から一度立ち上がるにはなにか糖分をいれるのが必要だと思い、吸い寄せられるようにキッチンに向った。すっかり安心していたけれど、初めて来た場所だからなここは。どこをどう通ってきたのか、は、まるで覚えていない。が、気づくとキッチンはここだった。真っ白い壁に、備え付けられた棚、瓶詰の香辛料が並んでいる。クミン、ブラックペッパー、バイマックル、コリアンダー、何かのシードと、エトセトラ。角砂糖、はちみつだって並んでる。結構なもんだな。目線を落とす。フライパンでホットケーキが焼かれていた。さっき匂いがしてきた割にはまだ焼き始めたばかりのようだ。強火を弱火にして、ゆっくりと焼けて行くさまを見守もる。焦りは禁物だ。表面がゆっくりと固まりを帯びて乾いていく。もう少しだ。と思ったその時だった。生地に穴があき始めた。最初はぽつんと一つだけ現れ、ゆっくりと消えていった。続いて二つの穴が現れると、口を開けたままその場に居座った。穴の出る場所とタイミングに規則性はなかった。生地はどんどんと破けていくようだ。穴同士のつながりの部分だけで円の形は保たれて、連結したフジツボのようである。急き立てるように穴はどんどんと増殖していく。トリハダが立ち。呼吸が荒れた。動こうとしても足が震えて逃げ出すこともできなかった。動かせるのは手だった。手元の棚を引くと、スプーンやフォークがいくつも並んで収納されていた。つまようじを見つけた。みっしりとケースに詰まったそこから一本取り出した。穴の一つに刺してみた。楊枝の先がフライパンに触れると周縁の生地が引き寄せられて固まり、穴はふさがった。よし。うまくいったぞ。次々と穴につまようじを刺していく。穴をふさいでいく。すべての穴はふさがれた。ようやく安心することができそうだ。たばこが吸いたい。落ち着いた気持ちになって、僕はようやく生地をひっくり返した。

その時だった。  

生地が自立した。驚いた。まるで小さいころ創造した宇宙人のようにフライパンの上にそれは立っているのだ。焦げ付いた頭に無数の足が生えている。この部屋に現れた自立した生命体として僕らはしばらく向かい合っていた。僕は敬意を込めて挨拶をすることにした。

「こんにちは。」
すると彼はか細い声でこう言った。
「お父さん」
(男、絶句して口を押さえながら周囲をうろうろする。)
「い、今。い、今!」
(男、屈伸する。)

信じられないことだが、だが事実なのかもしれない。もう一度彼を見てみた。不安そうにこっちを見ていた。じっと見つめているうちに不思議とからだの緊張がほぐれてきた。「そうなのかもしれない。」と僕はつぶやいた。途端、温かい蒸気が胸の内から湧いて出てきた。彼は小さく不安そうに震えている。慈しみの心に責任感が伴う気持ちを、その時生まれて初めて僕は感じました。しっかりと生きていこう。そう思った。(男、足を延ばし胸を張る)。「しっかりと足を延ばして」僕は彼を抱きしめてあげようとした。(男、手で支えてあげようとする)だがその時、背中に視線を感じた。とても大きな目で全身を睨みつけられている。振り返ることはできそうにない。とても冷たい視線だ。蛇ににらまれた蛙ということわざがあるが、あれは全身がにらまれてるのだ。単なる視覚の問題ではない。存在から抵抗の意思が抜き取られるような気分で、もう何もなすすべはないようで、すべて自分が間違っているような気分に襲われたその時、大きな手が現れて襟首をつかんで背骨を抜かれた。僕はへたり込み、ゆっくりと目を閉じた。ぼくは諦めた。」

【朝】

朝。一人暮らしのアパート

起きる。
顔を洗う。
歯を磨きながら、カーテンを開ける。
朝ごはんを食べようとするがフルグラ、ちょっとしか入ってない。
ファミレスに行こう。


【ファミレス】

入店

「モーニングの、えーとパンケーキのでお願いします。」

配膳される。

「二段か。二段のパンケーキってどう食べるのが正解なんだろうか?ナイフをどこまで入れるのか。浅く入れて一段ずつたべるのか。深くいれて二段重ねのままたべるのか。いつも迷ってしまう。真ん中に乗ったバターは余熱で溶け始める。じゃあナイフで少しめくってバターをパンケーキの間に挟めば良いのだろうけど、少しはしたないような気がしてね。
 シロップをかける。満遍なく。上のパンケーキにかけると、そこからこぼれたシロップがお皿に溜まり下のパンケーキの外側に染みこんでいく。こういう噴水あったよな。海外のなんか、宗教の。そう考えたらなんかありがたみもあるような。店内ではクラシック音楽がかかっている。僕は少し荘厳な気持ちになる。恵の水は満ちていき、また次の器を満たす。許される限り、その循環は時を超えて続いていく。悠久の時ですよ。悠久の時ですか。有給を使わないと。今度。年末、ローマでもいくかな。パスポートないけど。しかしこちらのお恵みには限界がある。限りがある。適当に生きてきたからなあ。でも、まあ充分すぎるくらいあるよ。俺にはこれでも贅沢すぎるくらいだ。朝っぱらから何を言ってるんだろう。くだらない。何を言いたいのかわからない。あそこのサラリーマン、俺を見ている。そりゃあ見るよなあ。ひとりでしゃべってるんだから。(挨拶する)あ、ドリンクバー。いっかまあ。めんどくせえや。水で、十分だ俺は。恵の水ですよ。これはね。」

男、窓を見る。

「公園で子どもたちが遊んでいる。お母さんたちはベンチに座っておしゃべりをしている。噴水、ブランコ、滑り台、子どもたちは思い思いに公園中を走りまわり、遊具を見つけて遊びはじめ、その魅力を他の子に伝えている。噴水あったんだな、昨日は動いてなかった。男の子が笑いながら噴水に向けて水鉄砲を売っている。その子のお母さんは噴水の水がかからない距離で見守っている。小さな女の子がゴムボールを砂場に埋めている。半分埋めてじっとそれを見ている。
 昨日そこのベンチで振られた。四年間付き合った。朝起きた時点で生きていく目的がはっきりしているような毎日だった。今朝、起きてそれは変わった。人は目的を持たなくては生きていけない、のかな?目的は外側にないといけない、のかな?誰にも必要とされていないことをつくづくと感じる。自分くらいは自分を大切にしないと、そもそも生きていくことすらできない。それならばいっそのこと、死んだ方がいいのかな?
 夕方の公園で子どもたちは暗くなっても遊んでいた。僕らはベンチに座って今日話すべきことを話した。彼女は言った。もう限界であること。荷物をまとめて送ってほしいということ、要らないものは捨てても良いということ。トキメキはもう無くなったということ。
 来年みんなでフジロックに行こうと彼女は言った。僕は、行こう。おれそれまでに彼女作るからその子と行くからみんなで行こう。と言った。彼女はどう返事していいかわからないような顔をしていた。そんな顔を見るのは初めてだった。鍵を返して貰い駅まで送った。ホームで分かれて、帰り道スーパーに寄って段ボールを二枚貰った。
 朝ご飯を食べたら、家に帰って荷物をまとめることにしよう。昼までに郵便局に出しに行って、それからは何をしようか。今日仕事がないことがいいことなのか悪いことなのかよくわからない。別にそんなに焦らなくてもいいか。もう少しここにいよう。勉強目的の利用はお断りさせていただきます。利用は90分までとさせていただきます。勉強、じゃないな、自問自答してまどろんでいるだけだ。大丈夫。大丈夫だよ。」

窓を見る。

「ん?なんだあれ?。」
「自転車に乗った禿げたおじさんが大声で歌いながら。公園のまわりをぐるぐる走っている。しばらく走ってから、入口の車止めのまえに駐輪すると荷台に突き刺したビニール傘を引き抜いて手に持ち公園の中に入っていく。叫んでいる。今度は歌ではない。笑う子供、泣き出す子供。悲鳴をあげる母親たち子供たちを抱きすくめて、震えながら状況をみている。周囲を威嚇しながらおじさんはまっすぐ砂場に向かっていくと、今度は足で砂場を慣らし始めた。埋められたゴムボールに気づくと引き抜いて投げ捨てた。ボールは4.5回跳ねてから誰もいない滑り台の陰で停止した。おじさんは慣らした砂場の真ん中に立つとビニール傘をさしてくるくると傘を回し始めた、どんどんスピードが上昇していく手元もまるで見えなくなった、その時だった。遠くの空からなにかがこちらに近づいてくるのだ。雲を抜けて不可解なブレかたをしながらこちらに降下してきた。その円盤はおじさんの真上に近づくと位置を固定してホバリングを始めた。円盤の中央のシャッターが瞼のようにひらくと、大きな目が現れてじっとおじさんのことを見ているようだった。とても冷たい目だ。そのままゆっくりと降下して砂場に着地する、駄目押しをするようにメリメリと回転して始めた。しばらくして気が済むと砂を巻き上げながら浮上していき空に消えていった。おじさんはレリーフのように砂場にプレスされていた。ボーッとした沈黙がしばらく続いて。そして猛烈な吐き気を催した。」

男、気分が悪くなってトイレに行く。

内臓を吐く。
「え、ちょっと。まじで?」
内臓水に流れちゃう。
「あーー!」

トイレから出てくる。
顔面蒼白になっている。
おなかを触りながら。

「内臓がないぞ。無い。内臓が。無い。内臓がないぞう。(なにか思いついて)内臓が無い象。アハハハハ。内臓が内臓されてなくなっちゃった。オレハ。あ、空っぽだ。俺。頭が働かないな。冷静に処理できない。(脳を見ようとする)入ってんのか?あれ?うん。応答せよ。応答せよ。いらっしゃらない‥ようですね。あ、大丈夫です、大丈夫ですー。また今度来ます。はいー、それでは。(軽めの溜息)骨と、皮と、脂肪、とあとスジ、筋っす。筋肉か。そんだけあれば充分なのかな。な?」

「さてと、えーと。進まなきゃ。進め!俺!」

ピクリとも動けない。
「右足。動いて。」
一歩進む
「左足。動いて。」
一歩進む
歩みを進める。
テーブルに近づく。
汚いものを掴むようにパンケーキを掴んで不思議そうに見つめる。もはや食べ物として認識できていない。
パンケーキを置く。
アウターを着てレジに向かう。
「いい感じだ。いいぞ、俺、頑張れ。いいぞ。おれ。」
歩みを進める。

お会計をする。

「あ、パスモでお願いします。」

「また来ますー」

男退場

終演。


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