デザインで、人の命は救えるか?
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このブログは、日本最大級のデザインカンファレンス Spectrum Tokyo Design Fest 2023の公募スピーカーとして登壇した私のスピーチをもとにしたものです。登壇自体は私の音声クローンの AI Hatake 2 が担当しています。
この記事が、あらゆる国のデジタルヘルスに関心を持つ多くの人々に届くことを願っています。
はじめまして、Hatake です!Ubie というデジタルヘルススタートアップでデザイナーやプロダクトマネージャーをしています。今日はせっかく登壇の機会をいただいたので、AI でどの程度豊かな情緒的表現ができるのか実験したいなというモチベーションから、わたしのクローンの AI Hatake に全て喋らせてみようと思います。本物の Hatake はスライドを進める係を担当します。
誰も知らない自分の健康寿命
まずは皆さんへのちょっとした質問から、今日の話を始めようと思います。あなたは自分が何歳まで健康に生きられると思いますか?50歳?80歳?それとも120歳?
私が高校2年生の頃、自分の親父は47歳で脳出血で倒れました。その後10年間、後遺症との闘いを経て、彼は亡くなりました。
親父は誰よりも健康な生活を心がけていました。毎日運動と栄養バランスに配慮した食事を欠かさず、小学校や中学校の同級生の親たちからは「若いね〜」と言われることをいつも自慢にしていました。そんな彼は、47歳で倒れました。このとき、自分は17歳の高校生だったので、生死を彷徨う親父のベッドの側で「自分が健康に過ごせる時間も、もしかしたら長くないのかもしれない。あと30年程度しか元気に生きられないのかもしれない」という恐怖を感じたことを鮮明に覚えています。
その後、私は大学生になりました。大学生になって読んだ何かの科学雑誌に「2050年、先進国の平均寿命は100歳まで伸びる」と書いてありました。それを読んだとき、「こんなの嘘だ。だって親父は47歳で倒れたじゃないか。何をどうしたら人間の寿命が倍に伸びるというんだ?」と強烈な違和感を持ったことを今でもよく覚えています。
元気な頃の親父は「自分が死ぬ時は、最後まで心身ともに元気な状態でころっと死にたい」とよく言っていました。彼の生き方はまるでその逆になりました。ベッドの上で自由に身体を動かせず、まともに声も出せず、年々弱って硬直する筋肉で体が痛み、「こんな人生はもう終わりにしたい」と子供の前で何度も暴れて点滴のチューブを自ら引きちぎりながら泣き叫んでいました。
いったいなんで親父はこんなことになってしまったんだろうか。こんな理不尽なことを、わたしは自分や自分の身近な人の人生で経験したくない。自分の健康寿命なんてわからない。でも自分の運命を誰かに委ねること以外に、何か道はないんだろうか。これが当時から現在に至るまでのモチベーションの在処であり、Ubie に入社した理由であり、今日この場に立っている理由です。
「ドラえもんの道具」との出会い
わたしが Ubie とはじめて出会ったのは、2018年の春のことです。その頃の私は前職のデザイン会社で働いていました。
当時はまだ共同代表の医師やエンジニアも含めて数人しかいない状況でした。彼らのチームには医師がいて、エンジニアもいる。事業開発の1人目も無事採用できたところでした。現在のアルゴリズムの基盤もでき、医師が行う問診をサポートするプロダクトのβ版もできところです。ただ、医師にとってのユーザー体験が酷すぎて、初期顧客がオンボーディングの初日で解約してしまったというショッキングな話を聞きました。このとき、「今が自分の出番かもしれない」と思ったことを今でもよく覚えています。
創業初期のプロダクトのユーザー体験は今振り返ってもほんとうにひどいものでした。医師の診療を支援するためのダッシュボードなのに、目の前に患者さんがいる状態でダッシュボードがフリーズして診療を止めてしまったこともありました。ユーザーからおもちゃと揶揄されるほどでした。それでもわたしはこのプロダクトが「ドラえもんの道具」、つまり人々の願いを叶えられる素晴らしい発明に化ける可能性があると確信して、飛び込みました。
デザインで、人の命を救えるか?
さて、ここで少し視点を変えようと思います。ここの会場にいる人の多くはデザイナーのはずです。「デザイナーは人の生活をより豊かにする力がある」と信じている人は多いでしょう。では「デザインで人の命を救えるか?」これに対してあなたはどう答えますか?私の今日の答えは YES です。
なぜそのように考えるか?Ubie はこれまでのべ1億を超える生活者と、1,500以上の医療機関で働く医療従事者の体験を支えてきました。その膨大なストーリーの中から、今日は「デザインで人の命を救える」とわたしが確信するに至った4つのストーリーをご紹介します。
#1︰私の母
私の母は、親父に先立たれてから日本の田舎に一人で住んでいます。一人暮らしの高齢者の健康は社会的に孤立しやすいと言われており、特に高齢化率が高く一人暮らしの高齢者も多い日本では、一つの大きな社会問題になっています。難しい話はさておき、私は息子の一人として心配です。
母は元々とても健康で、自分が健康であることをいつも自慢していました。その意味で、少し親父に似ているかもしれません。彼女のようなケースでは自分自身が健康であると思い込んでいる分、早期診断早期治療が遅くなるケースもあることを私は知っていました。なので私は年末年始に実家に帰ったとき、母の Android を借りて、勝手にユビーのアプリをインストールしておいて、「体調がわるくなったときにとりあえず使ってみて」と本人に伝えておきました。
私の地元は日本でも有数の雪深い地域です。母は家の周りの除雪作業をしているときに、過って足首を痛めてしまいました。普段の母であれば湿布や市販薬を使って終わりなのですが、そのときはなかなか痛みが治らなかったようです。そこで母はユビーを使って自分の症状について調べてみました。Ubie でたまたま出ていた参考病名で思い当たることがあり、少し大きめの医療機関を受診したところ、単なる捻挫などとは異なるものであることがわかりました。これには母も驚いたのですが、開発者としての私ももっと驚きました。というのも、当時我々はまだベータ版としてこのプロダクトを提供していたにすぎず、ユーザー数はせいぜい今の1/100以下でした。ユーザー体験についても改善すべき点が多く、それでも身近な人の人生に良い影響をもたらすことができ、プロダクトの可能性、デザインの可能性に魅了されたことをよく覚えています。
#2︰人間性を剥奪された医師
あなたに医師の知り合いはいますか?その医師はどんな働き方をしていますか?
日本では、業界を問わず「働き方改革」と呼ばれる大きなトレンドがあります。医療の分野においても、医師の働き方改革が進んでいます。国が規定する過労死ラインをはるかに超える業務量をかかえ、バーンアウトしてしまったり、最悪の場合過労死に至るケースは日本でも毎年のようにニュースになっています。
ここで一つ、象徴的なエピソードを紹介しましょう。私自身が Ubie の医師向けのプロダクトをデザインするため、とあるクリニックで診察室のエスノグラフィー調査をしていたときのことです。私はこのとき、医師の診察前、診察中、そして診察後の一連の流れの中で、彼がどのようにソフトウェアを使いこなしているか行動を観察していました。私がこのとき衝撃を受けたのは、彼らはドロップダウンメニューを4, 5つもたどらないと目当ての情報にアクセスできない電子カルテを当たり前のように使っていたことです。一般的に、医師たちは皆難しい医師国家試験を突破してきているので、ユーザーとしてのリテラシーが概して高いです。多少使いづらいソフトウェアでも何とか使いこなしてしまいます。でも、彼らはもともとこんなソフトウェアを使いたかったのでしょうか?ソフトウェアが人間の能力を解放するのではなく、人間がソフトウェアの仕様に最適化する。この振る舞いのどこに人間性があるのでしょうか?
今日私は自社のプロダクトのピッチをしにきたわけではないので、詳細は最小限にしますが、我々は医療機関向けにも AI による事前問診を提供しています。AI問診によって、待合室にいる患者は自らの症状を事前に、これまでより詳細に医師に伝えることができます。また、診察室にいる医師は、患者からのインプットを元に、より充実した診察の準備ができるようになります。Ubie はいわば両者のコミュニケーションの「翻訳者」の役割を果たしています。
2023年現在、Ubie は1,500施設を超える医療機関で、日本の全ての都道府県で、全ての診療科の現場で利用いただいてます。小さなクリニックから大きな病院まで、診察の現場は少しずつ変わりつつあります。問診にかかる書類仕事の時間は、1/3に減りました。Ubie によって、医師が書類の山やディスプレイではなく患者とより向き合って医療ができるようになる兆しがあるのです。これが、デザインで人の命を救えると考える理由です。
#3︰数百万分の一の患者
3つめのケースは、いわゆる未診断の難病を抱えたユーザーです。
発症が数百万人に一人で、一般的に病気の診断がつくまでなんと平均20年以上かかる、難病の中でも特に珍しい病気の持ち主です。
難病の Patient Journey は、かぜのようによくある病気の Patient Journey とまったく違ったものになります。なぜならこれだけ珍しい病気を診断・治療したことのある医師は、日本の中でもかなり限られているため、そもそも診断の選択肢としてこの病気を推論することが難しいからです。それに加えて、診断や治療に関する医学的知見は毎年凄まじいスピードでアップデートされています。どんなに勉強熱心な医師でも、人間の理解には認知的な限界があります。
ここで彼女の Patient Journey におけるもう一つの重要なステークホルダーを紹介しましょう。製薬企業です。製薬企業は彼女のような患者さんの治療を支えるべく、日夜新しい治療薬の開発をしています。ただし、彼らにとってのプロダクトである治療薬を開発することと、開発した治療薬を難病患者に届けることはまったくの別の活動です。適切なユーザーに、適切なマーケティングチャネルで、適切なタイミングで届けることには、プロダクト開発とは別の難しさが伴います。
Ubie は製薬企業が持つ病気や治療の啓発につながる情報を、ユーザーに向けてより適切な形で編集し届けるという、ある種の共同編集者の役割を担っています。
この患者さんのケースでは、ユビーが提供した情報を医師が参照したことによって、発症から診断までで平均20年以上かかると言われる病気にもかかわらず、たった数年で医師の診断がつきました。しかもこの病気は遺伝性であったため、この家族の将来世代に対してもユビーがポジティブな影響をもたらせたことになります。
#4︰10年を失ったアメリカ人患者
最後の登場人物は、日本ではなく、US のユーザーです。
私は2020年から Ubie のグローバル事業、特に US 向けの事業に携わっています。今日のオーディエンスの中にはアメリカ出身の方もいてご存知かもしれませんが、US の医療制度は日本と違って公的な国民皆保険がありません。また、日本のようにどこの医療機関に受診してもよいフリーアクセスの制度もありません。患者さんが適切な医療にアクセスするためには、日本と違ったペインポイントがあります。
そんな US ユーザーに向けて私たちがこれまで実施したインタビューの中から、ある象徴的なエピソードをご紹介しようと思います。彼女は、先ほどの患者とは別の、リウマチに関する難病の持ち主です。私自身いつも驚くのですが、一般的に、難病患者はその医師や職場から理解を得られることがとにかく難しいケースが多いです。彼女の場合、様々な医療機関への受診を経て、ようやく適切な治療に辿り着いていた時には、既に10年の時がたっていました。原因不明の病気を抱えて10年も彷徨っていたため、職場の理解も得られず、職も失っていました。US は医療費が高いので、この時の彼女は医療費をなんとかするのでとにかく人生が埋め尽くされてしまっている様子でした。この一連のエピソードを、彼女自身は ”I lost a decade.“ と小さな声を絞り出してインタビューで語っていました。
我々はまだ US で事業を開始したばかりなので、彼女に対して最適解を示すことはできていなかったのですが、文字通りペインポイント、夜も眠れない痛みは、厳然とこの世の中に存在しています。
別のユーザーのストーリーですが、アメリカでは誰もが知っている WebMD や Mayo Clinic といったサービスではなく、Ubie によって肺がんが早期発見早期治療できたというユーザーも最近では現れ始めました。
これらは、「適切な医療へのアクセス」が人生に与えるインパクトが計り知れないことを物語っています。未来の兆しは、日本だけではなく US でも既に我々の足元にあるのです。
デザインで、人の命は救える
Ubie は、日本では毎月700万人のユーザーが利用しています。アメリカでは、AI Symptom Checker をリリース後最初の1年だけで200万人が試しました。全世界での累計利用回数は1億回を超えました。すべてのストーリーを共有する時間があればいいのですが、このように多くの Patient Journey に直面する中で、私たちのチーム内では私たちがどのようにユーザーの早期発見や早期治療に貢献したかという話をよく耳にします。そして、このような話はほとんど毎日寄せられます。だからこそ、私は自信を持ってこう言えるのです: デザインは人の命を救えます。
人類の夢:適切な医療へのアクセス
私が尊敬する企業はいくつかありますが、その一つが Google です。
実は Google は今から17年も前の2006年から、ヘルスケアの事業に取り組んでいます。Google Maps の立ち上げが2005年、YouTube が2006年、Google Drive が2012年なので、これらと比較してもかなり早期からこの分野に取り組んでいることがわかると思います。
私はオタクなので、彼らがヘルスケア事業を始める際に発表した一番最初のプレスリリースを発掘しました。2006年11月30日に発表された “Heath care information matters” というタイトルのプレスリリースです。そこにはこんなことが書かれてあります。
その後現在に至るまで、彼らは医療領域の情報検索をより良いものにするべく、長い長い旅を続けています。医療アクセスの分野は Google のミッションのど真ん中に位置しながらも、「医学的な正しさ」と「ユーザーにとっての納得感」を両立する必要がある特に難易度が高い領域です。
このことから、医療アクセスは Google ですら即時的な解決が難しく20年近く取り組んでいる、ある種の「デザインの難題」であることがわかると思います。
翻って、Ubie のミッションは「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」ことです。
Ubie が医療アクセスの分野で目指している方向性は、彼らと限りなく近いです。我々は、あと数年もすれば「我々が人と医療を適切に繋ぎなおせば、病気の早期発見早期治療が実現でき、本来治療可能な病気が治る」という世界を実現できると信じています。
「適切な医療へのアクセス」はまさに人類の夢です。大きなデザインの難題ではありますが、その実現は決して不可能ではないことが、今日の話で少し感じていただけたかと思います。
時計の針を動かす
さて、冒頭の問いに戻りましょう。あなたは自分があと何年間、健康に生きられると思いますか?「そんなこと知るか」とあなたは考えているかもしれませんし、正直なところわたし自身も明確な答えを持っているわけではありません。それでもなお、わたしは自分や自分の大切な人が1日でも長く健康に過ごせる人生の時間を伸ばしたいので、この6年間医療と AI の領域でデザインをし続けています。
未来は待っていてもあちら側から歩いてやってきません。人間の歴史には、いつも時計の針を動かした人たちがいます。素敵な未来が日本にやってくるのを待っているだけの人生は、少なくとも今の私にとってはかなり退屈です。今日、我々はデザインで人の命が救えることの証拠をいくつか見てきました。この新しい時代の兆しを大きくすることは我々に委ねられています。日本は1990年から経済成長が停滞し、「失われた30年」と言われてきました。そんな時計の針が止まった日本から、次の時代へと針を推し進めるデザインをしようじゃありませんか。
最後に、わたしの大好きな言葉で今回の話を締めようと思います。Death Stranding という数年前に世界的にヒットした名作ゲームの一節です。
"Tomorrow is in your hands."
ご清聴ありがとうございました。我々はデザイナー関連職種を積極採用しています。興味のある方はぜひあとで私に声をかけてください。
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