ゼロからはじめて ROI を100倍にする グローバル採用 虎の巻
「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」をミッションに、ヘルスケアプラットフォームを提供している Ubie 株式会社の Hatake です。最近は US 向けの Ubie AI Symptom Checker のプロダクトデザイン・マーケティングなどを雑多にやってます。
最初に確信をもって述べておきますが、採用ほど ROI が高く、事業を大きく前進させる企業活動は他になかなかありません。実際、世の中にもたくさんのノウハウが溢れています。それでもなお、ことグローバル採用を行う上でのリアルな話がほとんどググっても出てこないのは不思議なことです。
2023年は Ubie のグローバル採用が大きく進んだ年でした。採用に始まり採用に終わったといっても過言ではありません。結果として、今年は JP でプロダクトデザイナー (US からの移住) を1名、US で BizDev を2名、インドで SRE を1名採用しました。グローバル事業に携わっている人数がまだせいぜい10人程度であることを考慮すると、新しく入ってきたメンバーが現事業に与えているインパクトは計り知れず、優秀な同僚たちの活躍が事業戦略を書き換える場面を何度も目撃してきました。
私自身もこれら全ての職種の採用にさまざまな形で携わる中、一つの確信に辿り着きました。
日本のスタートアップのグローバル採用には障壁も多く、トップマネジメント以下組織の各レイヤーで覚悟が必要。ただ、それを補って余りあるだけの大きなポテンシャルがあります。実際、Ubie における採用の ROI は、グローバル採用の開始前後で約100倍になりました。
というわけで、今回はこのテーマについて筆をとってみようと思います。この手の記事が世の中にまだまだ少なく、私自身が各職種の採用で毎度毎度試行錯誤を繰り返していました。この記事がグローバル採用を既に初めている会社のトップマネジメントや人事責任者に届き、少しでも参考になると幸いです。
この記事は #Ubieアドベントカレンダー 19日目にエントリーしています。
Ubie にとって、2023年とはどんな年だったか
創業初期に Ubie に入社してからの6年間、国や職種を問わずさまざまな採用活動に携わってきましたが、中でも2023年は以下の3つで特異点とも言える年でした。
変化1: US テック企業の大規模レイオフ
これは日本でも特に今年上半期に話題になりましたが、US のテック企業を中心に大規模なレイオフがありました。Crunchbase によると、これまでのところ2023年全体で US のテック企業で失われた雇用は、191,017人にのぼります (US 全体ではなく、US のテック企業だけの数字です!)。これが意味するのは、通常は市場に出てこない人材が採用市場に登場するようになったことです。レイオフそのものは雇用主にとっても従業員にとっても辛い決断であることが多いですが、同時にあらたなマッチング機会が生まれていることもまた事実です。
変化2: 「小さな採用母集団の中でがんばる」の限界
Ubie は日本において全方位的に採用活動を継続しています。職種ごとフェーズごと必要な採用マーケティングのアプローチを切り替えてはいるものの、それでも特に採用母集団が小さい一部職種においては、いかに採用母集団そのものを広げるかが、今後のスケールに耐えうる採用における大きな論点になっていました。今回ご紹介する SRE もまさにそのような職種の一つでした。
変化3: Global 組織の大改造
別の note で同僚の Shoko が紹介している通り、2023年は「2022年以前に行なっていたシンガポール現地向け事業から US 事業に全振りする」「インド・シンガポール・日本でプロダクト開発を、US で事業開発・セールスを行う」と劇的にグローバル組織を改造した年でした。
この変更の中で立ち現れた新たなニーズが、「アジア拠点で活躍できる、US の医療体験に明るい US ネイティブのデザイナーの採用」でした。
以上を背景に、特に自分が深く携わった US ネイティブのデザイナーの採用と、インドの SRE の採用について、どのような取り組みを行なったかを簡単にご紹介します。
US から日本への移住を支援する採用
なぜ US ネイティブのデザイナー?
US のヘルスケアエコシステムは日本以上にサイロです。生活者と医療従事者の間に、保険審査機関や電子カルテベンダー等、中間のステークホルダーがおびただしい数存在しています。サイロ化されたヘルスケアエコシステムは、当然生活者のメンタルモデルに多大なる影響を与えます。いわば地層のように、無意識下で構成されている行動や思考の様式があり、それらが cultural difference として顕在化しています。これらにはどれだけユーザーインタビューや専門家インタビューを実施しても、言語の違い以上にある種の超えられない壁があります。私自身一人のデザイナーとしても、「これは US ネイティブあるいはそれに近いバックグラウンドを持つデザイナーがチームにいたら、デザインのレベルをもう一段引き上げられるだろうに….」という悔しい思いを何度も何度もしました。
これらを踏まえて、我々はまず「アジアに住んでいる US ネイティブのプロダクトデザイナーの採用」に取り組みました。
先に結果をお話しすると、結果としては求人の公開から1人のクロージングまで3ヶ月でした。以下では、この3ヶ月で何を行なったかをご紹介します。
まず最初の2週間は市場 (国) の選定に注力
最初の1週間程度は、前述の通り「日本、シンガポール、インドに住んでいる US 在住経験の長いデザイナー、または US ネイティブ」を求人要件にして、日本ではあまり使われていないですがグローバル採用では頻繁に使われている LinkedIn で各国向けに広告を出していました。
一方で、かなりトリッキーな求人ということも相まって、採用母集団が小さく、初速がいまいちでした。想像してみてください。日本で日本語話者のプロダクトデザイナーを採用するだけでも大変なのに、日本で US ネイティブのプロダクトデザイナーがいったい何人いるでしょうか?
そこで、市場 (国) の選定をあらためました。「US ネイティブを採用するなら US にいま住んでいる人を採用して、リロケーケーション (移住) を支援するほうがより効果的かもしれない」と最初の2週間で思い直し、US に広告を張り直してみたところ、LinkedIn 経由での応募が10倍程度まで急増しました。「十分に大きく、採用要件と相性が良い採用母集団にアクセスする」というまず一つ目の関門をここでクリアできたといえます。
採用の局面を変えた労務のファインプレー
「うーん、ざっと調べたかんじ、たぶん US から日本へのリロケーションできそうだが、実際そんなことできるのか?!」
自分自身も日本とシンガポールの間でリロケーションは経験していましたが、日米間でのリロケーションは Ubie にとってもはじめてでした。ここで大きな突破口となったのは、同僚である労務のぎっしーのファインプレーです。
このへんの実務に関しては自分もよくわからなかったため労務に泣きついたのですが、彼は実は US への留学経験もあり、前のめりかつなんとわずか数営業日でリロケーション支援エージェンシーとの契約をとりまとめてくれました。このような社内からの後押しも、スピード感を持ってグローバル採用を推し進めることができた要因の一つです。
この件の彼の視点からの振り返りもあるので、以下の記事を読んでみてください。
目的と状況に最適なマーケティングチャネル選定
日本へのリロケーションが feasible (実現可能) であると判明した次に直面した課題が、最適なマーケティングチャネルの特定です。
直応募・スカウト・リファラル・ジョブボード・エージェントと、対候補者コミュニケーションではさまざまなチャネルを試しましたが、最初の1ヶ月の反応はどれも渋いものでした。
特に採用活動でコンタクトをとったデザイナーの約200人の大半はこのスカウト経由でしたが、「Ubie は面白そうだし、個人的には北海道とか大好きなんだけど、家族もいるし移住はむりだね!」という返事ばかりでした。
リファラルについては社内の Big Tech 出身者のリファラルなどで、おりしもレイオフされた直後のプロダクトデザイナーも何人か選考のご縁がありましたが、最終的には採用には至りませんでした。
デザイナー特化型エージェントについては、US, UK, 日本とそれぞれ数社と同時期に契約をとりまとめ、それぞれ数人ずつ候補者を紹介していただきました。
結果論ではありますが、今回のケースは「米国から日本へのリロケーションを前提にするなら日本に拠点があるエージェンシーが一番よかった」と言えます。なぜならば日本の生活費と報酬のバランスの両方に勘所があり、エージェント自体が候補者に対して十分納得感のあるコミュニケーションをとってくれたので。最終的に入社に至ったマイケルも、このエージェント経由でした。
当時の採用候補者であり現在の同僚デザイナーであるマイケルの視点からの振り返りもあるので、ぜひ読んでみてください。
この過程で心がけたこと
以上がある種のハイライトなのですが、他にも心がけていた点はいくつかあるので、以下で簡潔にご紹介します。
「探索と深化」を高速で切り替える
デザインプロセスでいうところの発散と収束に近い話かなと思います。これを今どっちをやっているのか「チームで」共通認識を持てていることが、トップスピードで採用活動を行う上でとても重要です。
採用オペレーションをシンプルに保つ
候補者とのマッチング機会を最大化できるよう、採用のプロセス全体を制御するようにしました。たとえばマーケティングチャネルの探索ではスカウト・エージェント・ジョブボードなどそれぞれで複数サービスを試し、初速を見て有望でないと判断したチャネル・チャネルは仮にランニングコストが小さかったとしても、適宜整理をして全体の採用オペレーションをシンプルに保つようにしました。惰性で継続しがちですがコンテキストスイッチが地味にしんどいので、限られたリソースでマッチング機会を最大化するためには意外に重要です。
面接官同士で採用基準の認識をすり合わせる
グローバル組織が大きく変わる節目でもあり、デザイナー採用に初めてアサインされる他職種のメンバーが大半でした。Ubie の採用面接の場合、面接官が複数人出ることが原則です。あくまで採用基準をもとに候補者とのマッチングを図っているのですが、面接官の間で基準の認識がずれていたら採用における偽陽性や偽陰性が容易に起きてしまいます。そこで Ubie の全社共通採用基準である Ubieness をベースに、ペアを組む面接官と毎日少しずつでも面接前後の時間をとり、チームとしてマッチング精度を高められるよう継続的に改善をしていました。
コスパを重視しすぎず学習に投資する
狙うべき採用候補者像を元に、スカウト・エージェント・ジョブボード・リファラルなど3ヶ月で200人の世界中のデザイナーにコンタクトしました。
単純に数をこなすためにテンプレメッセージを大量に送るというようなことはせず (そもそもそんなメッセージをもらって嬉しい人はいないはずです)、「候補者候補者がどの点に魅力を感じてくれているか」「時差を考慮して全体のコミュニケーションの流速はどうか」「返事をくれる候補者とくれない候補者の違いは何か」など一つひとつのインサイトを取りこぼさないように、細心の注意を払いました。
大量採用が必要な場合はオペレーション効率に振り切って一部の細分化されたプロセスをアウトソースするでも構わないかもしれません。ただ、今回の我々の場合はたった1人の最高人材に出会いたいという思いで採用活動を行っていたので、薄くてもいいのでできるだけ自ら end-to-end でプロセス全体の設計と実行両面で関与するようにし、Ubie としての学習機会を最大化するよう心がけました。
あらゆるタッチポイントで候補者と対話する
カジュアル面談や採用面接の過程で候補者からよく聞かれること、特に魅力を感じていると思われることは、彼らがファーストタッチで触れるだろう Hiring Deck に都度更新して次の候補者には共有できるようにしました。大量のカジュアル面談を通じて、リアルな FAQ を構築することができました。参考までに、以下の Hiring Deck もご覧ください。
「グローバル SRE 採用」への拡張
デザイナー採用の成功を経て、2023年の暮れには SRE でもグローバル採用の機運が高まってきました。
SRE の場合、日本に絞った場合の職種人口がそもそも小さいこと、かつ業務レベルでは日米のプロダクトを複数のタイムゾーンで見ることができるメリットが大きいため、そもそも日本市場にこだわる必要もないのでは、というのが背景でした。
上述でのデザイナー採用での経験から、最初に複数市場で応募をクイックに試してみました。まず台湾・ポーランド・ウクライナ・インド。で試し、1-2週間の検証を経て最終的にインドでの SRE 採用に国を絞りました。
さて、結果はどうだったでしょうか?
日本と比べて応募が約100倍に増えました。通知が鳴り止まず、同僚が慌てて採用要件のスクリーニングの基準を引き上げていたのを今でも覚えています。
CPA ベースで見ても、日本の採用マーケ費用と比較して驚異的な水準の ROI でした。
最終的には正味3ヶ月で、Ubie にカルチャーマッチするインドのトップエンジニアを採用できました。
だいじなこと
市場を理解し、自分たちの強みを理解し、最適なチャネルを見極め、チームをつくり、プロセスを制御し、成果が出るまで徹底してやる。これに尽きると思います。
裏返すと、採用できないケースはだいたい、各職種の市場の解像度が低いか、自分たちの強みを自分たちが理解していないか、チャネルが適切でないか、チーミングが不十分か、プロセスが冗長か、成果が出るまでやりきってないか、それらの組み合わせ。
採用 ROI が100倍になるならやってみようかと思うかもしれませんが、たとえば単純に「国」という変数が1つ増えるだけで、時差を考慮した開発体制の設計、チーム・組織の英語化、報酬設計、雇用規制への準拠などさまざまな論点が湧き上がってきます。
Ubie の SRE 採用に関しては、チームの英語化をゆるやかに進めていた、そもそも英語化に前向きな日本メンバーを事前に採用していたこともクイックに開始できた重要な要因と言えます。
Ubie は幸いリターンに見合う投資であれば前例がなくても前向きに GO の判断ができるカルチャーがありますが、いざやるとなるとこれはトップマネジメント以下、組織のどのレイヤーにおいてもそれ相応の覚悟が必要になるはずです。なかなか不可逆性のでかい意思決定なので、小さく検証できるところや小さくやりつつも、覚悟をもってやりましょう。
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Ubie がグローバル採用をやっている中で、採用候補者から「自分は日本の企業で働いている知人がいて、日本企業って何も意思決定しないし、スピード感遅いと聞いたことあるけど、Ubie は大丈夫?」という趣旨で何度も煽られたり無用な心配をされことがよくあります。
あまり誰も言わないですが、ジャパンアズナンバーワンなんていうおじさんたちが好きな時代はとうの昔に終わっており、採用シーンでいちいち各企業がネガティブなイメージを払拭しなければいけないくらい日本のスタートアップは最初から「国としてのブランドの負債」を背負っています。
そんな中でも、Ubie にはグローバル市場においてまだ何者でもない日本のよくわからないスタートアップに飛び込んでくれた仲間たちがいます。日本のスタートアップとしてこれほど運のよいこと、恵まれていることもないでしょう。
さて、HR としてのこれまでの経験の貯金で飯を食べていけてしまうそこのあなた、世界に誇れる組織をそろそろつくってみませんか?
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