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第七話 終わり (そして新たな始まり)

 ライブ当日、僕は、意味なくウロウロ歩き回ったりと、かなり挙動不審だったらしい。(苦笑しつつも黙って見守ってくれたメンバーたちから、後で聞いた)

 開場から、最初のバンドの演奏が始まるまでの間に現れるのが、いつもの彼女の行動パターンだが、今日はそのタイミングで現れない。空振りか・・・。正直、がっかりはした。でも、ミュージシャンの端くれとして、今日僕らを観に来てくれた観客の為に、僕なりのベストを尽くそう。そう気持ちを切り替え、ステージに立った。

 何曲か演奏した後、僕は、やや緊張しながらマイクを握った。

 「次の曲は、初めて皆さんの前で演奏する新作です。実は僕、最近、ある女性に恋をしまして(笑)」ここでお客さんが優しく爆笑してくれたので、少しリラックスして客席を見渡した。

 ・・・彼女がいる!!!!!

 喉から心臓が飛び出そうになったが、僕はMCを続けた。「・・・でも、まだ気持ちを伝えられてなくて、片想いです。『この想い、あなたに届け!』という気持ちで歌います。僕以外にも、片想いしてる皆さんへのエールになればと思ってます。それでは聴いてください。『恋はギターの調べ』」

 どっと全身から汗が噴き出た。演奏の邪魔になりそうな手汗をデニムのお尻に擦り付け、深呼吸を一つし、メンバーと目線を合わせてカウントを取り、僕は彼女に向けたラブソングを歌い始めた。

 観客の熱い歓声と拍手を受けながらステージからハケるや否や、僕は血相を変えて「いた!」と、主語の無い叫びを発し、ギターをメンバーに押し付けて客席に走った。背後から「佑哉、頑張れ!」という叫び声が聞こえた。

 彼女は、ドリンクカウンターの前に所在無げに立っていた。いつもは澄まして、落ち着き払っているのに。ツンデレのツンはどこに行ったんだ、ツンは。

 僕の気持ちは逸ったが、客席のあちこちから「あの曲、良かったよ」と、面識のある人・ない人にかかわらず声を掛けられる。ミュージシャンとしては光栄で嬉しいことなのだが、なかなか彼女に近付けないのがもどかしい。

 ようやく彼女の前に辿り着いたら、暫く言葉が出てこなかった。ようやく発した一言目は、
「やっと、話し掛けさせてくれた」
不器用かよ・・・。慌てて重ねた二言目は、
「最後の曲、聴いてくれた?」
・・・って、おい。ステージの上から、あれだけガン見しといて、今更何言ってんだよ。また冷や汗が噴き出してきたので、慌ててシャツの袖で額を拭った。

 彼女は小さく頷いて、「素敵だった。曲も演奏も、佑哉くんのボーカルも」と言ってくれた。

 恋愛の神様は、きっと僕の味方だ。ナオさんを今日ここに連れて来てくれた。もう少しだけ、勇気を下さい。両拳を握りしめ、僕は思い切って告白した。

 「気付いたと思うけど、あれは、ナオさんのことを想って作った曲なんだ。前の彼氏と別れたばっかりだから、まだ次の恋愛する気分じゃないかもしれない。順番も色々違っちゃったから、男としていい加減な奴だと思われてるかもしれないけど・・・。俺、ナオさんが好きです」

「・・・いいの?私なんかで」今にも泣き出しそうに眉が八の字を描き、唇をわなわなと震わせている彼女の両肩をそっと引き寄せ、耳元で囁いた。

「俺、もう、ナオさんじゃないとダメみたいだ」

 彼女の顔を覗き込み、共犯者のように二人で微笑みを交わして、ハグをした。彼女を腕の中に閉じ込めて、僕は、拗ねたように訴えた。
「なんで、こないだは俺を無視したの?すげぇショックだった。むちゃくちゃ気持ち良い夜を一緒に過ごせたと思って、あの後ずっとナオさんのことばっか考えてたのに。俺の独り相撲だったのかって、凹んだんだぞ」

 ナオさんは、耳まで赤くなった。
「だって、あんな素敵な夜、初めてだったんだもの。ほとんど初対面だったのに。佑哉くんに溺れそうで怖かったの。私、年上だし、他の男に失恋してカッコ悪いところ散々見られたのに、真剣に好きになってもらえるなんて思ってなかったから。佑哉くんの気持ちを確かめるのが怖かった」

 僕は、彼女の涙を拭うように、その目尻にそっと口付けた。
「これからは、俺に大事にさせて。ナオさんのこと」

 僕ら二人の旋律を、今日、ここから、始めよう。

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