見出し画像

小説「魔法少女舞隊マジカル・シックスティーン」37歴史と写真

 春野はしばらく目を閉じていた。何か思うことがあるのだろう。チロも彼女が何かを言ってくれるのをじっと待った。春野は初めて会った時に比べ顔の皺がさらに深くなったように見えた。

「そうか、あの男、やはり生きていたか」

 春野は力弱く立ち上がった。少し体制を崩し、テーブルに手を付いたのでチロは慌てて駆け寄り、彼女の体を支えた。その体は枯れ木のように細く、軽かった。

「霜永博士と最初にあったのは三十年ほど前のことだぞ」ポツポツと語りながら春野は歩いた。
「やっぱり、面識があったんですね」

 テーブルには賀欄堂がらんどう、マジカル・エイティツー、マジカル・テンフォーティーが座っている。賀欄堂ですら霜永の存在は知らなかったらしく、興味深そうに耳を傾けている。

「黙っていて申し訳ないが、口止めされていたんだぞ。しかしこの期に及んでは隠しきれるものでもないだろう。ワシが知っている限りのことは話すぞ」

 春野がたどり着いたのは、メンテナンス室の壁にある、天井まで届く高さの本棚だった。その一番下の段、もっとも大判の書籍が入る箇所から小豆色の表紙をした本を取り出した。縦横が30センチほどあり、厚みもあったため、彼女は少し引き出すことすら困難だった。チロが手伝い、完全に取り出すとテーブルの上まで持っていく。
 戻った春野は表紙をめくる。それはフォトアルバムだったらしく、中には写真が収められていた。目的のページにたどり着くと、一葉の写真を指差す。
 そこには背の高い三十代くらいの黒縁メガネの男と、その隣に立つ少女が写っていた。二人ともにまったくの無表情だ。仲の良い家族の写真、というわけではなさそうである。

「これが霜永博士だぞ。博士の資料はほとんど持ち去られてしまってな。残っている写真はこれだけだぞ」
「これが……」

 チロはまじまじと見つめる。男は白衣を着ていて、髪はオールバック。体は細く、運動ができるタイプには見えなかった。博士、というイメージにぴったり合う外見だ。しかし、悪事を働くような人間には見えない。
 チロは向かいにいる三人に見えるよう、アルバムを反対にして言った。

「これはどういった写真なんです?」
「隣にいるのがワシだぞ。ワシから魔力が検出され、魔法少女の第一号として研究所に来た時の記念写真だぞ」
「え!? これって春野さんなんスか?」

 マジカル・テンフォーティーが驚くのも無理はなかった。その少女はどう見ても十歳前後の少女のような外見をしていたからだ。これが三十年前ほど前だというのが本当なら、春野は四十代ということになる。

「そうだぞ。驚くのは無理もないぞ。ワシはまだ四十五だからな」
「え、えええ!?」

 チロは思わず大声を出してしまったが、すぐに失礼だったかと思い両手で口を塞いだ。

「これは、お前たちには酷だが、言わねばならんぞ。魔法少女になり、魔力を使い果たした者は、急速に老化するんだぞ。マジカル・ワン、お主、今年でいくつになる?」
「……二十五です」
「まだまだ若いんだぞ。だが、感じているだろう? 体に起きている異変を」
「ええ。なんとなく予感はしていました」

 賀欄堂はテーブルの上にそっと手をおいた。その手は節が目立ち、血管が浮き、若々しさが失われていた。

「魔力、魔法少女についてはまだまだ未知なことが多いんだぞ。ワシもこうなるまで、老化のことは知らなかった」
「他の先輩がたは、今どうなさっているのです?」

 マジカル・エイティツーの言う先輩とは、彼女たちが所属する以前にユエス・アムドにいた魔法少女たちのことである。正確な数こそ不明だが、彼女たちはほんの数年前まで活躍していた。そのことは報道で誰もが知っている。しかし今の現役メンバーが所属するころには、すでに姿を見せなくなっていた。

「死んだぞ。全員な。といっても老化によるものではなく、作戦でのことだぞ」
「それについては、私が隊長になる前の話でな。その責任を取る形で前任者が辞めたため、私が隊長になったんだ。その時は私も軍に所属し、学んでいた最中だったので詳しいことは知らん」
「すまんが、ワシもメンテナンス室室長という身、詳しい作戦内容は知らされてないぞ」

 ショッキングな話でチロの顔は青ざめていた。しかし、その話には少し違和感があった。

「でも、その霜永と名乗った男は、殺すのは人間だけって言ってたんです。魔法少女に危害は加えないと。戦闘しているのはポーズなんだって」
「そいつの言うことを完全に信じられるわけではない。作戦で死んでいるという事実を重んじよう」
「それは、確かにおっしゃるとおりです」
「ところで春野さん、霜永はなぜ、経歴を抹消されたのです?」
「詳しくは知らないぞ。だが、これまでの話を聞いていると合点がいくこともあるぞ。博士は常々、もっと魔法を広めたい。全人類が魔力を持つようにしたい、そんな夢を語ってくれたんだぞ。魔力の発見者としての願望だと思っていたが、それ以外の考えがあったのかもしれないぞ」
「それ以外、とは?」

 春野は少し疲れた、という風にどさりと椅子に腰をおろした。

ここから先は

0字
当マガジンでは各連載を基本週間ペースで更新していきます。初月は無料、各記事は開始三回分無料。更新一ヶ月間ほどは無料公開し、後に有料化する予定です。

誰もが安心できる場所を。そんなテーマで弱者によりそい強者と戦うマガジン。それが『週刊 弱男ドロップ』です。 週刊とありますが更新は不定期。…

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?